城主④

 ケンタは両親と暮らしている。

 優しい母と無口な父のもと、変化のない、だが落ち着いた日々を過ごしていた。

 そんなある日、ケンタは2人に呼ばれ、食卓に向かい合って座った。

「えっと……どうしたの?」

 両親の普段とは違う空気に、ケンタはまばたきを繰り返す。

「話しておくことがある」

 父はそう言って、1冊のファイルをテーブルに広げた。

 中には写真……静止画の写真が何枚も収められている。

 学校や図書館で見たことのある、昔の城下町によく似ていた。

「お父さん、これは」

「昔の城下町だ」

「でも」

 最初のページに写っている人々の額には、石が無い。

 ページを進むうちに石を持つ人々がちらほら増えてきたが、大きさが自分たちのものとは段違いだった。

「外のことを、あなたに伝えておきたいの」

「……外?お母さん、何を言って」

「私たちの家は、城下町の正しい歴史を語り継ぐお役目を、初代の皆様からいただいているのよ」

「正しい……歴史?」

「いつか町が開かれた時のために、な」

 父は真っ直ぐにケンタを見つめる。

「お前にもそろそろ知っておいてもらいたい」

 そうして両親から聞いた話は、むしろそちらの方が嘘なのではないかとケンタは感じてしまった。

 外は呪いにかかっていないこと。

 先祖たちは戦火から逃れてきた存在だということ。

 その戦争も、おそらくはもう終結しているだろうということ。

「じゃあ、外に出ることが出来るの……?」

 不安げに問うケンタに、両親は顔を見合わせた。

「不可能ではないわ。でもそのためには、色々な許可が必要になると思うの」

「許可?」

「あぁ。外への門を開けることができるのは城主様だけだと聞いている。それに、二代目の方が黙っていないだろう」

「……二代目?」

「えぇ。城下町に来て、二代目の世代の方がお1人、いらっしゃるのよ」

 ではその人は、どれだけの時間を生きてきたのか。

「これから先のことは誰にもわからない。もしも城主様がこの町を開くことを決めた時、誰一人として真実を知らなかったとしたら、それはとても危険なことだ。……ケンタ。お前はこれからこの家の一員として、とても大切なお役目を継いでいくんだよ」


「待って。それじゃあケンタは、最初から知ってたの!?」

「えっと、うん……」

 アイに詰め寄られ、ケンタは手提げを体の前に抱き抱えた。

「どうして言わなかったの!?」

「あ、それは……」

 口ごもり、俯いてしまう。

「ケンタ!」

「おい、落ち着けよ」

「まさか、ダイスケも知ってたの!?」

「オレだって初耳だよ!」

 ケンタは自分の前に立つアイと視線を合わせることが出来ず、握りしめた自分のこぶしを必死に見つめていた。

「とりあえず座ったら」

 ショウの言葉に、アイは大きなため息をつきつつ、ユウコの隣に戻る。

「それで?君はどうするの」

 城主に問われたケンタは、おそるおそる顔を上げた。

「君は最初から知っていた。そして間近で、真実を知っていく彼らの様子を見てきた。その中で君は、どうしたいと思ったの?」

「僕……は、」

 唇をかみ締め、言葉を飲み込む。

 5人の視線が肌に痛い。

 このまま押し黙って、時が過ぎるのを待っていようか。

 誰かが……ダイスケが、助けてくれないだろうか。

「別に黙っててもいいけど」

 城主は興味を失ったのか、先程飲み干した空のマグカップを覗き込んでいる。

「君は、語り継いでいく役目を負えるの」

 役目。

 父が、母が。

 祖父母が。

 先祖たちが継いできた、役目。

 自分がもっとしっかりしていたら。

 ダイスケのように。アイのように。ユウコのように。

 自分の考えや思いを、きちんと言葉に出来ていたら。

 そうしたら、ダイスケやアイにはもっと早く町の真実を伝え、授業参観の発表ももっと上手く、聞いた人が外のことに気付けるようなかたちに出来たかもしれない。

 ユウコだって、こんなにショックを受けなくてよかったかもしれない。

 自分が、もっとしっかりしていたら。


「……僕は……!」

 勢いよく立ち上がったケンタの膝から、ずっと抱きしめていた手提げが落ちる。

「僕は、今の城下町が好きです……!閉鎖的で、外に比べたらたしかに不自由なところがあるのかもしれないけど、でも……!父さんや母さんが守ってきたこの町を、僕も、守りたい……!」

 初めてかもしれない自分の力強い言葉に、3人が驚いているのが伝わってきた。

 だが決して、嫌な気分ではない。

 俯き黙り、自分の気持ちに蓋をするより、ずっとずっと、心は軽かった。

「そう」

 城主は席を立つと、4人の前をゆっくりと歩く。

 人差し指を口元にあて、考える素振りを見せる。

「町からは処遇を求められてる。いちよう管理人として、君たちを放置することは立場的に駄目らしいんだよね」

 城主の瞳の色が頻繁に変わった。

「ボクからいくつか提案するから、それぞれどれがいいか、選んでくれる?」

 新しい遊びでも思いついたような様子で笑う城主は、最初に座っていた揺り椅子にぴょんと座り直した。

「1つ目は、外に行くこと」

 アイが頷く。

「2つ目は、記憶の処理……外のことを忘れ、色々と辻褄を合わせた別の記憶を持って、町で今までと同じように生活すること」

 ユウコが息を飲んだ。

「そして3つ目。全ての記憶を持ったまま、町で生活していくこと」

 ケンタはダイスケと視線を交し、頷いた。

「君たちの好きにしたらいいよ、君たちの人生だもん。二代目にはボクから言っておく」

 城主は心底楽しそうに笑っている。

「もし他の案があったら教えて」

 誰よりも強大な魔力を持ち、たった一人で長い時間を生きてきた魔術師は、無邪気な笑顔で両手を広げ、さぁ、どうする?と4人に問うた。

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