城主③
「ボクは、もうよくわからないんだ」
その声は穏やかで
「随分長いことここにいる。どうしたいのか、どうするべきなのか、ボクにもよくわからなくなっちゃった。……母さんを奪った外は恐い。町の人たちも、今ではだいぶ変わっちゃった。でも」
そしてあまりにも、哀しかった。
「でも、独りはやっぱり、寂しいんだ」
城主の言葉に、ユウコがゆっくりと顔を上げる。
「それで?君は……君たちは、どうしたいの?」
城主はアイから視線を移し、ユウコ、ダイスケ、そしてケンタを順番に見つめ、表情を変えた。
無邪気な子どものようだった彼の顔に、驚きと、僅かな警戒の色が走る。
ケンタは膝の上に乗せていた手提げを強く握りしめ、城主の視線から逃れるように俯いた。
「私は、外に行ってみたい」
「アイちゃん」
「戦争は終わってる。呪いもない。見せてもらった外の人たちはとても幸せそうだった」
アイの隣に座るユウコは顔を歪め、ぽつぽつと涙を流している。
その右手は縋るように、アイの腕を掴んでいた。
「城下町の生活が不幸だというわけじゃないの。父さんも母さんも、ユウちゃんや他の友だちもみんな大好き」
ユウコの手を両手で包むように握り返し、アイは晴れやかに笑う。
「でもね。知りもしないで、それが全て悪いことだと決めつけることは、私にはできない。たしかに外では悲しいことがあったんだと思う。もしかしたら今も、恐いことや嫌なことがあるのかもしれない。でもそれは、ここにいても同じでしょう?私は自分の目で見て、耳で聞いて、考えたい」
城主は優しく微笑んで、ゆっくりと頷いた。
ユウコに視線を移し「君は?」と問う。
「……私、は」
ユウコは溢れる涙を拭って、どこかすっきりした顔のアイを見つめる。
「大丈夫。ユウちゃんが思ってることを、言っていいんだよ」
「アイちゃん……」
ユウコは城主に向き直ると、俯いて、目を閉じた。
顔をあげた時には、ずっと堪えていたのだろう恐怖や悲しみが、その瞳からはっきりと伝わってきた。
「私は、今のままがいいです」
「今のまま?」
「はい。……新しいことを知ることは大切なことだと思います。選択肢が増えることも、悪いことだとは思いません。でも私は、変わっていってしまうことが恐い」
「変わること?」
「はい。自分でも驚いたけれど……。私は、今の生活が大きく変化することが、純粋に恐いんです。何が起きるのかわからない、はっきり見えない先のことが、恐い。経験したことのないことや、予測できないことが起きるかもしれないことが、とても、恐怖なんです」
「うん、そっか。わかった」
城主は柔らかい声音でそう言い頷いて、次にダイスケに視線を移す。
「オレは、みんなの様子を見ながら、本当のことを話してもいいと思う」
ダイスケは今までと変わらない、明るい調子で話し始めた。
「ユウコみたいな人もいるだろうからさ。この人は大丈夫って感じの人たちに、少しずつ外のことを伝えていけばいいと思うんだ。その中で、きっとアイみたいに外に行きたいって人もでてくる。それはそれで構わないさ」
アイとユウコに視線を向け、次いでケンタを見る。
「でもオレは、今の生活が大事だし、外に行きたいとも思ってない。だって」
言葉を切ると、城主に向かってニッカリと笑って、
「友だちや家族に、会えなくなるかもしれないだろう?オレ、この町のみんなのこと、すごく大切なんだ」
城主は抱えていた膝を下ろし、いつの間にか現れていたサイドテーブルに置いてあったマグカップを手にする。
「そうだね。今までも片手で数えられるくらいの人が外に出たことがあるけれど、戻ってきた人はいなかったよ」
一息に飲み干すと、音を立ててカップをテーブルに戻した。
「外に出た町の人たちは、みんなそれぞれに生きて、それぞれに死を迎えたよ」
「戻ってくることも出来たと思うんです」
ダイスケは笑みを消し、いつになく真剣な表情を見せる。
「でも今の城下町では、それは難しい」
「そうだろうね」
「だからまずは、外のことを正しく知っている人を増やして、でも町は今まで通り生活ができるようにすることが、一番なんじゃないかなって」
「なるほど」
「オレも、やっとわかったんだけど。そういうことがしたい。オレは、町の中で」
そっか、と笑って、城主は隣で静かに座っているショウを見る。
穏やかに微笑んだショウが、応えるように頷いた。
城主も微笑んで、「3人の気持ちは、なんとなくわかったよ」と頷いた。
そしてダイスケの横で小さくなっているケンタに、
「で、どうして君はここにるの」
そう問いかける城主の瞳の色は、白く変わっていた。
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