授業参観②

 昼休み。それぞれに昼食を終え、空き教室に4人は集まった。

 本来なら教員がいなければ使用できないはずの空き教室だったが、アイが担任に「授業参観の発表についてメンバーだけで相談したい」と伝えると、すんなりと許可がおりた。

「で、どうする?」

 アイは机に座り、3人を見る。

 ユウコも同じように机に座った。

「オレはこのままでいいと思う」

 ダイスケは椅子に腰掛けつつ、

「城下町の人たちのインタビューを追加して、それでいいと思うんだけど」

「どうして?」

 アイの声音は不自然なほどに冷静だ。

「今のままで何が駄目なんだよ、むしろ」

「真実を知ったのに、それを隠しておくの?しかもその真実は、私たちがもっと広い世界を知ることができるものなのに」

「たしかにそうかもしれないけど、本当のことを言うことが全部正しいわけじゃないだろ」

 ケンタは、言い合いの様相を呈してきた2人を交互に見る。

「真実を知った人たちが自分で決めればいいでしょう?選択肢を最初から消してしまうのはおかしいよ」

「今のままで充分幸せだろ」

「幸せだけど、それは自分で選んでない、誰かに作られた幸せじゃないの?」

「アイちゃん」

「ユウちゃんは?どう思う?」

 不安そうにしているユウコに、アイは問答無用で問いかける。

「どうしたい?」

「私は……」

 ユウコの視線はアイを離れ、何もない空間をさまよった。

 普段は意思の強さを示す瞳が、涙で潤んでいる。

「このままで、いいと思う」

 両手を握りしめ、絞り出すように言う。

「たしかに真実だよ。それを知ることは、ひとつのきっかけになると思う。でも」

 頬にぽつりと、涙が落ちた。

「私は、今のままがいい。新しい事を知ることは大事なことだとは思うけど、でも、今は怖い」

 そのまま顔を覆い、静かに泣き崩れてしまう。

「……ケンタは?」

「え、あ、ぼくは」

 眼鏡の位置を直し、手元にあったメモ帳に視線を落とすケンタ。

「ぼくも、今のままで……インタビューだけ追加すれば、いいと思う、よ」

「……そう」

 アイはひとつ溜め息を落とし、立ち上がった。

「わかった。じゃあ授業参観は、今までの内容でまとめよう」

 そう言い残し、アイは1人、空き教室を出て行ってしまった。

「ユウコ、大丈夫?」

「うん……」

 ハンカチで涙を拭い、ユウコは顔を上げる。

「ダイスケは、本当にいいの?」

「なにが?」

「ショウくんの言ってたこと、発表で言わなくていいの?」

「だってオレは今のままですっごく楽しいし、みんなのこと大事だもん」

 胸を張って答えれば、ユウコは「そっか」と呟き、そのまま黙りこんでしまう。

 昼休み終了の予鈴が鳴るまで、そのまま静かに、握りしめたハンカチを見つめていた。


 それ以降、アイが発表内容の変更や追加について話題にすることはなかった。

 授業参観までの日数も少ない上に、学校に来なくなった(しかしなんの騒ぎにもならなかった)ショウの担当していた分の作業もあり、慌ただしく、しかし特に大きな変化もなく、日々は過ぎた。

 ダイスケはアイが納得してくれたのだろうと思って安心したし、ケンタも自分と同意見なのはわかっていた。

 ただしユウコだけはすっかり沈みこんだ様子で、常になにかに怯えているように見えた。


 発表用の模造紙は、授業参観前日の昼休みに書き上がった。

 急いで仕上げたので、所々でインクが滲んでしまっていたが、内容としては問題ないだろう。

 放課後に通しでリハーサルをしていたため、この日も帰宅がいつもより遅くなってしまった。

「そこそこ上手くまとまったと思うんだ」

 ダイスケは夕食の唐揚げを頬ばりつつ言う。

「揉めたりもしたけどさ。まぁ、大丈夫だと思う」

「あんたまた煩いこと言って、周りの子たちに迷惑かけたんじゃないの?」

 母はダイスケの器におかわりのご飯をよそってくれた。

「なにもしてないよ。たぶん」

「明日は父さんと母さんで見に行くからな」

「え、じいちゃんとばあちゃんは?」

「私は公民館で、お友だちとの集まりがあるのよ」

「仔牛がもうすぐ生まれる。目が離せん」

「そっかー……」

 気落ちしたふうのダイスケに、祖母は優しく笑いかけ、

「ダイちゃんなら上手に発表できるわよ。明日帰ってきたら、たくさんお話を聞かせてちょうだいね」

「うん、まかせて!」

 ミニトマトを口に放りこみ、ダイスケは自室にさがった。

 翌日の学校の準備を終えて、乳白色の薄い板を手にしてベッドに寝転がる。

 板に触れると、ばっと明かりが点き、読みかけの漫画のページが表示された。

 ユウコが何を怖がっているのか、自分にはさっぱりわからない。

 だが、リハーサルは上手くいった。アイも落ち着いていたし、ケンタが担当して説明する場所は、自分もひととおり説明できるようにしてある。

 多少のミスはあると思うが、大丈夫だ。

 緊張や不安よりも楽しみの方が大きくて、この日ダイスケは、遅くまで寝付くことができなかった。

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