授業参観③
いつもより化粧や服装に気合いの入った担任が、今日の授業について説明をしていた。
ダイスケたちのグループは3番目に発表がある。
両親はすでに到着していて、思わず頬が緩んでしまう。
アイとケンタの両親ももちろん来ていたし、ユウコの母はダイスケたちが発表の準備をしている時に教室に入ってきた。
模造紙の四隅を、透明なキューブのスリットに差し込む。
キューブが淡く光ったのを確認し手を離すと、それはふわりと浮いて、教室中から見やすい位置に模造紙を固定した。
ユウコの合図で4人は一礼し、発表を始める。
「私たちのグループは、城下町の歴史について調べました」
時折手元のノートに視線を落としつつ、ユウコが続ける。
「教科書や資料集、そして図書館の年表などをまず確認し、そのあと、色々な方にインタビューを行いました」
顔を上げ、
「インタビューにご協力いただいた皆様、ありがとうございました」
全員で再び頭を下げた。
隣でケンタが焦ったように眼鏡を直している。
「この発表も、まずは調べたものからお伝えし、そのあとでインタビューについてお話していきます」
ユウコがダイスケとケンタに視線を向ける。
「これを見てください」
ダイスケの言葉に合わせ、ケンタがポインターで模造紙を示す。
「これは、城下町ができたばかりの頃です」
遠くからでも見やすいように拡大された写真は、その枠の中で様々なものが現れては消えていく。
静止画の写真もあるが、動画の方がわかりやすいだろうということで、ここでは動画の写真を取り入れた。
まず映し出されたのは城門と、その前で座り込んでいるたくさんの人々。
皆いちように疲れた顔をしており、幼い子どもたちの頬には涙の跡が見て取れた。
「この人たちは、外から城下町に逃げてきた人たちです」
ダイスケは顔を上げ、動く写真を見る。
人々の額にある石は、自分のと同じくらいの大きさだ。
それはつまり何を意味するのか。
「えっと、外では、大きな戦争がありました」
ケンタがポインターのスイッチを切り、手元のメモ帳に顔を近付けて読み上げる。
「それで、敵国の王様がひどい呪いをかけたのです」
顔を上げて眼鏡を直し、
「世界中が毒に満ちてしまい、生き物が住めなくなってしまいました」
ケンタが喋るパートはここまで。
よし、大丈夫だ。上手くいってる。
ダイスケは手元のノートを見て、
「戦争や毒から逃げてきた人々を城主様が助けてくださることで、この城下町はできました。そして外の世界は、今でも毒で満ちています」
再びケンタがポインターで模造紙の写真を示す。
これも動画だ。
枠の中では、たくさんの魚が水に浮いている画に始まり、あらゆる生き物が死に絶えていく様子が次々と映された。
「この城下町は、城主様のお力で、生き物が快適に生きていけるように保たれているのです」
ダイスケはケンタを見て、“よし”と頷く。
ケンタも珍しく笑って頷き返し、2人は揃ってアイに視線を向けた。
アイは手にしていたノートに目線を落とすこともなく、真っ直ぐ前を向いたまま話を始めた。
「インタビューしたことについてお話します」
こういう時のアイは本当に頼りになる。
本人に直接伝えることは絶対にないが、説得力のある話し方はクラスで一番だとダイスケは感じていた。
「私たちは、図書館と公民館、そして畑で作業をしていた方たちにお話をうかがいました。そして皆、同じようにお話をしてくださいました」
ケンタが模造紙を示す。
そこには太字で“戦争+呪い=城下町”と書かれている。
「しかし1人だけ、少し違うことを教えてくれた人がいます」
「あ、え?アイさん?」
ポインターを操作していたケンタが戸惑いの声をあげる。
前日のリハーサルでは言わなかった。
即興のアドリブか?やめろよ、ケンタはそういうの苦手なんだ。
「誰から聞いた話なのかは言えません。しかしその内容は、驚くべきものでした」
ケンタの後ろにいたユウコがアイの隣に移動する。
「森に、魔女がいると」
教室がざわめく。
クラスメイトたちはもちろん、保護者からもひそひそ話が聞こえてきた。
「……アイちゃん」
ユウコが小声で名前を呼び彼女の腕に触れるが、アイは構わずに続けた。
「私たちは森に行きました。立ち入ることがタブーなのは分かっています。ですがそこで、真実を知りました」
アイはノートと一緒に手に持っていた歴史の教科書を、教室中に見えるように掲げる。
「“戦争があり外の世界は呪われてしまった”という、何度も聞かされてきたこの城下町の歴史。しかしこれは、創られた物語でした」
掲げていた教科書を放り棄てた。
「私たちは、魔女と呼ばれた女性と、そしてつい先日までこの教室で一緒に学んでいた、城主様と同じ魔術師のショウくんから、外の世界ではすでに戦争は終結し、そして呪われてなどいないことを、聞いたのです」
教室のざわめきが大きくなる。
保護者たちと同じように教室の後方に控えていた担任が、慌てた様子で教壇にいるアイに近付いてきた。
「私たちは、魔力によって、城壁の中を通り抜けました。そしてその中で、外を見たのです。外の人々は」
「ここまでにしましょう!」
アイの横に立った担任が教室全体に向かって、
「みんな、落ち着いて」
「先生は知っていたんですよね?」
アイは担任を見上げて言い、続いて教室の後方……自分の両親を見つめる。
「お父さんとお母さんも、知ってたんじゃないの?」
「アイさん!!」
「……っ」
普段が穏やかな担任の滅多に聞かない大声に、さすがのアイも驚いた様子だ。
ケンタも同じように驚き、手にしていたポインターを落としてしまう。
担任は無言で、模造紙の下部分を支えていたキューブに触れ、発動を止める。
ゆっくりと降りてきた模造紙からキューブを外し、くるくるとまとめた。
「アイさんたち4人は荷物を持って、すぐに第一空き教室に行ってください」
担任の顔からは表情が消えていたが、その瞳は何かに怯えるように揺れていた。
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