第三章 授業参観①
額に石を持たない人々の、穏やかな生活を呆然と眺めながら歩いているうちに、いつの間にか暗いトンネルは抜けていた。
そこは第一門の事務所裏で、城壁と事務所に挟まれた狭い路地だった。
そっと表通りをうかがえば、アイの父が心配そうに外を見ている。
「早く行ったほうがいい」
ショウは、眠ってしまったように見える老婆を抱えたまま、顎でそちらを示した。
アイとユウコは手を繋ぎ、複雑な表情でショウを見ている。
ケンタはメモ帳を握ったまま、いつも通りダイスケの隣で立ち尽くしていた。
「ショウは?どこ行くんだよ。ってか、おばあちゃん大丈夫なのか?」
ダイスケの問いにショウはうっすらと微笑むと、
「僕は城に戻る。この人のことは心配しなくても大丈夫」
ショウが城壁に向き直ると、そこには再び暗いトンネルがぽっかりと口と開けた。
トンネルに足を踏み入れつつ、ショウは肩越しに四人を振り返り、ゆっくりと見回した。
「君たちは知った。これからを決めるのは、君たち自身だよ」
「あぁ、よかった。迎えに行こうかと思ってたんだ」
閉門ぎりぎりに戻ってきたダイスケたちを、アイの父は心底心配した様子で出迎えてくれた。
アイの頭を撫で、顔を覗きこむ。
「どうした?なにかあったのか?」
「……疲れただけ」
そっけなく返すアイに、父は一瞬困惑した様子を見せたが、
「そうか。早く帰って休みなさい。みんなも」
ダイスケたちに笑顔を向け、次いで手にしていた名簿に視線を落とす。
「全員戻って来たな、よし。……おーい、閉門だ!」
「え、待って、おじさん」
「ん?」
首を傾げて言葉の先を促されたが、ダイスケはショウのことをどのように説明すればいいのか思いつかない。
“五人”で外に出て“四人”で戻ってきたのに、アイの父は“全員”戻ってきたと言った。
なぜ一人減っていることに気付かないのだろう。
視線をさまよわせ、どうしようかと頭をフル回転させるダイスケの隣で、アイが父の手を引いた。
「ねぇ、私たちで最後だったの?」
「そうだ。心配したぞ」
「遅くなってごめんなさい。……先に帰るね」
「あぁ、気を付けてな」
「おじさん、さようなら」
「さようなら、ユウコちゃん」
何事もなかったかのように挨拶をし、アイとユウコは第一門に背を向け歩き出す。
「待てよ!……おじさん、さようなら!」
「あ、えっと、遅くなってごめんなさい、さようなら」
ダイスケとケンタも慌ててアイの父に挨拶をし、先を歩く2人を追った。
後ろから、重い石の扉が閉ざされる音が響く。
灰色の城壁に切り取られた細長い空は、すっかり日が落ち、所々に星が見えた。
だが、城下町が真に暗闇に落ちることはない。
あちらこちらに淡い光が灯っている。
白い光を放つまあるいものが、ふわふわと浮いているのだ。
触れることは出来ず、手を伸ばしてもすり抜けてしまう。
熱を持っているわけでもない。
幼い頃は不思議に思い、なんとかして触ってみようとあれこれ試したが、今となっては当たり前の景色になっていた。
「……これも、魔力なんだよね」
アイがぽつりと呟き、わざと光の玉を通り抜ける。
「あの真っ暗なトンネルも、ショウくんがいないのに訊かれなかったのも、全部魔力」
「アイちゃん」
「そして外は、呪われてなんかいない」
「……アイちゃん」
なぜユウコは、今にも泣き出しそうな顔をしているのだろう。
「大人は全部知ってるのかな。知ってて、ここにいるのかな」
「アイちゃん、それは……」
アイは立ち止まり、ユウコを真っ直ぐに見つめた。
「それならみんな、嘘をついてるってことだよね?」
「あ、でも、それは違う……んじゃないかな」
「なんで?」
「あ、えっと」
強い口調で問われ、ケンタはどもってしまう。
ずり落ちていた眼鏡を神経質そうに直し、肩に提げていたトートバックを体の前に抱きかかえた。
「お前、もうちょっと言い方考えろよ」
「そんなこと言ってる場合なの?」
ひどく冷静に言い返され、ダイスケも困惑してしまう。
「そんなことって……」
「私たちが見たものがなんなのか、あんたは本当にわかってる?」
「わかってるさ!わかってるよ!」
「なら、私たちは選ばなきゃ」
アイの言葉も声も冷静なのに、その瞳だけは苛烈にダイスケを見つめた。
怯えたようなケンタを見、そして、ユウコに視線を戻す。
「授業参観の発表、どうやってまとめるか、それぞれに考えておいて。明日の休み時間に話そう」
いつもより遅くなった家路を急ぐ。
どこからともなく漂う香りは、自分が空腹だったことを思い出させた。
隣合う家々と同じ作りの、だが見間違えることのない自宅の玄関を、ダイスケはいつものように開けた。
「ただいまー」
「おかえり、ダイちゃん。遅かったのね」
白髪をお団子にまとめた祖母が、優しい笑顔と共に出迎えてくれる。
「うん。授業参観の準備してた」
「ダイスケ、おかえり」
「じぃちゃん、ただいま!」
「すぐにお夕飯だから手を洗ってきて」
台所からエプロン姿の母が顔を覗かせた。
「今日のご飯なに?めちゃくちゃお腹すいた!」
「お前を待ってた父さんたちも腹ぺこだ。お喋りはいいから、早く手を洗ってきてくれ」
苦笑をうかべる父に促され、ダイスケは慌てて洗面所に向かった。
城下町の家は、全て同じ作りをしている。
引き戸の玄関を開ければ間口いっぱいに三和土がある。
その向こうにはすぐ居間(リビング、という言い方をする女子もいる)があり、その奥には台所や風呂などの水周りがあった。
そして1番奥まった場所に、何も無い、半畳ほどのスペースが設置されている。
夕飯に出されたカレーを2杯たいらげ、ダイスケは「宿題をする」を言いおいて自室がある2階に足を向けた。
お手洗いの隣にある、その何もないスペースに立ち、
「2階」
まばたきひとつ、ダイスケは2階の廊下の突き当たりにいた。
階段を使っている家もあるが、今はこの移動システムが主流だ。
広いスペースは不要だし、なによりも転がり落ちる心配がない。
2階は二部屋で、どの家庭でもひとつを子ども部屋に充てる。
自室に入ると、ダイスケはベッドに身を投げた。
今日聞いた事、見た事を反芻してみるが、アイがどうしてあれほど“何か”を決めることに拘り、ユウコが悲しそうな顔をしていたのか、さっぱりわからなかった。
自分は家族が好きだ。
口うるさく言われることもあるが、それは全て結局は、自分のためを思ってのことだと理解している。
その場ですぐにわからなくても、あとになってなるほど、と納得できた。
だから、今回だって。
「理由がなきゃ、嘘なんてつかないだろ」
どことなく張り詰めていた気が緩み、腹も満たされた。
秒針は心地好く時を刻み、ダイスケはとろとろと微睡みはじめる。
母に揺り起こされ風呂に入るよう言われるまでの短い眠りの中で、ダイスケはたった1人、あの暗いトンネルを延々と歩く夢を見た気がした。
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