決着

 最終組は甲陵倶楽部が先攻。松本さんだけど、これは鮮やか。まさに危なげないって、こんな感じかも。あのオクサー障害も難なくクリア。一六〇センチの垂直障害もあっさりと。


「さすがはアジア代表ね。レベルが違うわ。減点無しでクリアしちゃったよ」


 松本さんの競技終った後に甲陵倶楽部の応援席に勝ったの空気が、


「ユッキー社長、これでコトリ先輩が減点無しでクリアしたら引き分けですよね」

「そうはならないの」


 勝敗の第一基準は減点数だけど、もし同点なら総タイム数になるんだ。


「えっと、えっと、二組までの差が十八秒ぐらいで、松本さんのタイムが五七・八九秒だから・・・コトリ先輩は四〇秒を切らないと勝てないじゃありませんか」

「そうだね」


 なにを気楽な。ユッキー社長が八三・五九秒だから足を引っ張ってるんじゃない。


「シノブちゃん、誰が馬を走らせると思ってるの。よ~く見ておきなさい」


 コトリ先輩は颯爽とスタートじゃなく、あれは猛然とスタートじゃない。すごいスピードだけど、あれじゃ、障害を飛んだ後の方向転換が出来ないよ。あれっ、なんて鮮やかな方向転換。殆ど速度を落とさずに次の障害に向ってる。


 速度は凄いんだけど、乗ってるコトリ先輩の騎乗姿勢は優美。見ようによっては乗ってるだけに見える。それなのに馬は猛然と走り、勝手に方向転換して、跳んでいるようにしか見えないもの。会場もあまりの速度に騒然。


『ゴール』


 タイムは、タイムは、


『三九・七五秒』


 驚異的なんてもんじゃない記録だけど、どっちが勝ったんだろう。えっ、タイムも同点だとすると、


「ユッキー社長、やっぱり引き分け」

「いや北六甲の勝ちだよ」


 勝敗の基準は


 ・減点数

 ・合計タイム


 この二つが同じなら、


 ・減点ゼロの選手が多い団体


 こうなるのだけど、これもまた同数。そうなると次の基準の、


 ・最小減点者(同点の場合は時計の早い者)が所属する団体


 勝っちゃった。松本さんのタイムを十八秒以上も上回っての勝利なのよ。北六甲の応援席は奇跡の逆転勝利に狂喜乱舞状態。小林社長も泣いてる。奥さんも、娘さんも。表彰式で、松本さんがコトリ先輩に握手を求めてる。


「完敗です。このコースで、あの馬で、あの時計は信じられません。あなたならオリンピックでも勝てます」

「ありがとう。でもオリンピックには興味ないから」


 もう一つの焦点はこの勝負に賭けられたもの。クラブの看板と名称変更なんだけど、


「黒田、看板はいらん。名前も変えんでエエ。勝利と言う名誉だけ頂く」


 えっ、要らないの。まあ、看板もらっても役に立たないし、甲陵倶楽部をウンコ・クラブに名前を変えるのも趣味悪いし。それにしても、負けてたら黒田会長はホントにクソ駄馬クラブに変えてたんだろうか。


 でもね、そう言ってのけた小林社長は格好良かった。小林社長はどうみても田舎のおっさんにしか見えないけど、間違いなく漢よ。奥さんや娘さんが、あれだけ小林社長を愛している理由が良くわかった気がする。夜はクラブの食堂、もといレストランで祝勝会。その時に、


「それにしてもコトリ先輩は凄かったですね。社長やシノブのコーチに手を取られて、ほとんど練習してなかったのに」


 ユッキーさんは少し寂しげに、


「コトリならあれぐらい当然よ。でも乗りたくなかっただろうな」

「どうしてです」

「昔を思い出しちゃうからだよ」


 そこにコトリ先輩が来て、


「ユッキー、ハンデやりすぎやで」

「イイじゃない、勝ったんだから」

「そういう問題か」

「そういう問題じゃない」


 でもユッキー社長が参加してなかったら勝てなかった。六人の中ではダントツに遅かったけど、曲りになりにも大障害を完走したんだもの。これは他の会員じゃ到底無理だもの。小林社長が向こうで泣いてる。もう泣きっぱなしじゃない。


「今日は積年の怨みつもりが吹き飛んだ気分や。あれだけのメンバー相手にうちが勝ったんやで」

「そうよ、あなた。負けた瞬間の黒田の顔見てスカッとしたわ。表彰式の時も格好良かった。看板いらんと言ってのけたもの。惚れ直したわ」

「そうやお父ちゃんの勝利や」


 えっと、実際に競技をやったのはシノブたちなんだけど、ま、いっか。懸けてたのはクラブの名誉だし。シノブもクラブ員だし。今回は女神の仕事じゃないけど、なんかイイことした気がする。これだけ喜んでもらったもんね。


 それとシノブもスッキリした気がする。たしかにあの夜に伊集院さんに振られたけど、これで終わらせてなるものか。そうよ、欲しいなら奪いに行くのが女神の恋。たった、あれだけの事で終わらせてなるものか。


 女神に取って恋は至上の楽しみってコトリ先輩も言ってた。いや生きがいだと言ってた。恋は一直線に実ることもあるけど、あれこれあった末に結ばれるのあるのよ。伊集院さんとの恋もまだ続きがきっとあるはず。落ち込んでる場合じゃない。


 コトリ先輩だって、婚約指輪までもらいながら別れ、さらにユッキー社長と結ばれてもなお追いかけたじゃない。シノブもあれを見習う。もっとも、最後にシオリさんがさらっちゃうところだけは真似したくない。いないよね、そんなバカ強力なライバル。

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