運命の日

 今日は思いっきりおめかし。ついに、ついにだよ、北六甲クラブのレストランじゃない、普通のレストランに食事に誘ってくれたんだ。それもだよ、あの店は忘れもしない、ミツルと初めてデートに行った店なんだ。まだあったのに驚いたけど。


 今日こそ運命の日だよ。それ以外に考えられないじゃないの。さすがにベッドインまで行かないと思うけど、ファースト・キッスまで行ったっておかしくない。いや、行って欲しい。ベッドまで誘われたって付いて行く。


 店は同じだけど、建て直しされてて、内装も変わってる。場所と名前だけは同じだけど、昔の面影は残ってないか。そりゃそうだよね、あれから七十年ぐらい経ってるもんね。月日の経つのは早いよねぇ。食前酒はシャンパン。


『カンパ~イ』


 オードブルから始まって、コースは進むんだけど、会話は無難に馬の話題。いきなりは切り出しにくいものね。なんかドキドキしてきた。ううん、来る前からドキドキしてたけど、もっともっと強くなってる。


 伊集院さんの緊張感が高まってるのも伝わって来る。これって、ひょっとして告白じゃなくて、いきなりプロポーズのサプライズとか。あってもおかしくないよね。歴史ムックから、乗馬クラブまであれだけ逢ったんだもの。


 こういう時は、無難な会話が段々煮詰まって行って、言葉が途切れた時に切り出すんだよね。メイン・ディッシュが終わる頃にはそんな感じになって来てる。そして、ついに、


「結崎さんは素敵な女性です」


 うんうん、


「歴史ムックも乗馬も楽しかったです」


 うんうん、こういう時は沈黙が金よね。だって伊集院さんだって、一生の思い出になるセリフを考えて来たに違いないもの。ここは邪魔したら良くないもの。


「お願いがあります」


 やったぁ、この瞬間をずっと待ってたんだ。後はヴァージン・ロードをまっしぐら。ちょっと早いか、いや歳が歳だから遊びじゃないはず。


「今日で終わりにしてください」


 えっ、えっ、なんて言ったの。シノブの聞き違い。


「ゴメンナサイ、ここまで引っ張ってしまったのは謝ります」


 そこからシノブが何を話したのか、どうやって帰ったのかまったく覚えてない。気が付いたら自分の部屋で泣いてた。ただひたすら。どうして、どうしてなの。シノブじゃダメなの。


 どこを嫌われたんだろう。歴史ムックを勉強しすぎたから。もっとおバカの方が良かったとか。でも、でも、一緒に考えようと言ったじゃない。だから、だから、あれだけ頑張ったのに。


 それとも馬。自慢しようと思ってたのに、自分以上にあっと言う間に乗れるようになっちゃったからウンザリしたとか。でもシノブが上達するのをあれだけ喜んでくれてたじゃない。だから張り切ってたのに。


 やっぱりホワイト・レディの呪いとか。あのカクテルは男を呼んでも、決して実ることがないとか。ああ、終わっちゃった。あれだけ運命の人って信じてたのに、伊集院さんは去って行っちゃった。


 もう何もする気がしない。仕事もそう。クビになったってかまわない。女神を取り上げられてもかまわない。シノブの、シノブの世界一大切な恋が終わった。シノブの人生もこれで終わり。

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