馬の女神の神髄
「メンドイやんか」
「だから競技じゃなく模範演技だけ」
「馬はどうするんや。甲陵にはクラブのレンタル馬なんておらへんやん」
「メイウインドを使います」
予想通りコトリ先輩は渋る渋る。愛梨の希望は会長杯と同じコースを走って欲しいだもんね。
「あんまり甲陵倶楽部には関わりたくなんや」
「でも正会員でしょ」
「あそこはガタガタうるさいとこやし」
コトリ先輩はたとえロイヤル・ファミリーとの謁見であっても完璧な礼儀作法を振舞えるんだけど、そういう堅苦しい会は好みじゃない。だから皇室主催の園遊会さえ出たことがないぐらい。
「神崎愛梨にそこまでやったらんでもエエやん。敗れた恋敵やんか」
「今は友だちです」
実はシノブもコトリ先輩の本当の本気を見てみたい。団体戦の時もかなり気合を入れてたけどユッキー社長に言わせると、
『馬が馬だし。それに借り物だから大事に扱わないといけないし』
今度の模範演技も借り物なのは変わらないけど、メイウインドに乗るとどれだけ違うかは興味あるもの。渋りまくるコトリ先輩だったけど、そこにユッキー社長が口を挟んでくれて、
「コトリ、シノブちゃんのお願いだよ」
「それはわかっとるけど」
「これだけシノブちゃんが頼んでるんだよ」
顔中が渋面になって、
「今回はこんなんばっかりやないか。団体戦の時も無理やり出場させられたし」
「そう言わないの。小林社長も喜んでくれたじゃない」
「まあ、そうやけど」
そこから三時間ぐらいかかって、
「そこまで言うんやったら、一回だけやで」
甲陵倶楽部の準備が整って愛梨がメイウインドを曳いて出て来たんだけど、コトリ先輩はいきなりヒラリと跨り、
「サッサと済ますで」
「コトリ先輩、ヘルメット」
「いらん。見たいんやろ。コトリの本当の馬術を」
言うなりいきなり駆け出したのにビックリ。そのまま障害コースに。あれはギャロップ。あんなスピードで飛んだらと思ったら、スピードをまったく落とすことなく次の障害へ。なんか障害が異様に低く見える。いや、障害が低いんじゃなくて、コトリ先輩のジャンプが高いんだ。
「あれがコトリだよ」
「なんてスピードとジャンプの高さ、切れ味・・・」
「あれが出来なきゃ、魔王の餌食だったんだよ」
あっという間に戻ってきて、ヒョイと飛び降り、
「エエ馬や。コトリが乗った中でも指折りやと思うで」
手綱を愛梨に渡すと。
「済んだ済んだ。帰ろ」
コトリ先輩が古代エレギオンで馬の女神とも呼ばれていたのは知ってたけど、騎馬隊を作り上げただけではなく、馬術もダントツだったんだ。ダントツなんてもんじゃない、あれこそ女神の馬術。愛梨も、
「あんな走りされたら、障害馬術が根底から変わってしまう」
そしたらユッキー社長が、
「コトリはどんな馬でも即座に乗りこなし、その最高の能力を引き出すことが出来るの。メイウインドはイイ馬だけど、あそこまで走らすことは出来るってこと。愛梨さんも精進しなさい」
「あ、はい」
「オリンピック、期待してるわ」
帰りのクルマの中で、
「コトリのあんな走りは二度と見れないかもしれない」
「どういうことですか」
あそこまで全速力で走らせるとアングマール戦の悪夢が甦るからだって。だからあれだけ乗馬クラブに行くのを渋ったんだ。それにしても、あれだけの速度で走らせても、魔王は追い迫って来たっていうから驚き。
「馬の差が大きくてね」
エレギオンの馬より、アングマールが北方騎馬民族から調達した馬の方が大きかったんだって。次座の女神の馬はエレギオン随一だったそうだけど、
「クソエロ魔王の馬はとくにデッカくて、化物じみてたよ。よく乗りこなせるもんだと敵ながら感心するぐらい。その馬はデカイだけじゃなく、とにかく早くてさ。コトリが武装外して全速力で逃げても追いつけるぐらいだったんだよ」
平坦地の直線勝負じゃ敵わないから、生き延びるためには、荒れ地に逃げ込み、あの曲芸のような馬術を使わなければならなかったんだ。
「でもわたしも一度ぐらい見たかったんだ」
「見たことないのですか」
「誰もいないんじゃないかな。魔王も死んじゃったし」
コトリ先輩があそこまで走らせると、誰も付いていける者はなく、唯一見れたのは魔王だけじゃないかとしてた。つまり味方でさえ見ることが出来なかったで良いみたい。
「あれは女神の力を使ってるのですか」
「使ってたら、あんなもんじゃ済まないよ。魔王との直接対決の時には女神の力がかなり封じられてしまってたからね」
馬の女神が駆使するのは、生き延びるために編み出された実戦馬術そのもの。エライもの見せられた。それにしても人相手には女神の力ってホントに使わないんだね。使ってたら、団体戦も楽勝だったのに。
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