アカネの試練再び

「お~い、アカネ」

「デマです」

「何がデマなんだ、今度の週末だけど」

「爪楊枝があります」

「昼飯の唐揚げが歯に挟まったか?」


 あれっ、日本語が通じない。ツバサ先生も歳かな。


「用事があれば予定は変更にしろ。コトリちゃんから是非にの要望だ」

「いやだって・・・」

「犬小屋に住みたいか」


 しばらくなかったから、もうメンバーから外されたと思ったのに。


「コトリさんからの用事って」

「詳しくは教えてくれなかったが、マルチーズにはしないって言ってたぞ」


 ギャフン。誰がされてたまるか。もっとも、抵抗しようもないけど。


『コ~ン』


 あぁ、また来ちゃった。恐怖の三十階。どうしてマドカさんじゃなくてアカネなのかは毎回の疑問。


「いらっしゃい、アカネさん」

「よう来てくれた。もう、ちょっと待っといてな」


 何の用事だろ、


「ツバサ先生、ビールを入れましょか」

「いや、自分でする」


 どうもアカネはビール・サーバーってのが苦手で、いつも大変なことになっちゃうんだよね。料理もそろって、


『カンパ~イ』


 今日はカメラ係もないみたい。いつもの通り女神どもの遠慮のない飲み食いが始まったんだけど、


「アカネさん、ちょっと聞きたいことがあるんや」


 聞かれたのは高校時代のこと。たしかにあの高校に入学したけど、受験の時には大失敗してるんだ。今は知らないけど、あの頃の願書はマークシート式で一覧の中から志望校を選ぶ方式だったんだよ。


 それから受験票が送られて来るんだけど、それ見て泣きそうになったのは今でも覚えてる。マークミスしてたんだ。そんなとこ絶対無理だったんだけど、泣く泣く試験は受けたんだ。ところがだよ、何がどうなったのかわかんないけど合格しちゃったんだ。中学の担任には、


『間違いなく、誰かと取り違えられてる。それ以外に考えられない』


 アカネもそう思う。お蔭で勉強も定期試験にも散々苦しめられたけど、間違いなく卒業生。よく卒業できたもんだ。どうもアカネの人生にはこの手の事が多い気がする。


「伊集院優って覚えてる?」


 覚えてる、覚えてる。とにかく頭のエエ奴だった。ずっと一番だったんじゃないかな。アカネとは頭の出来が違うというか、こんな高校生がこの世にいるものだと思ったもの。なんで灘行かんかったのかな。アカネと逆で誰かと間違えられて落ちたとか。


「他は?」


 他はと言われても困るけど、中学は違うし、同じクラスになったのは一年の時だけだし、アカネは優等生グループとは殆ど接点ないし。


「どんな感じの人?」


 いかにも秀才ってイメージで、年齢の割には大人びてた感じ。アカネにはちょっと近寄りにくい感じもあったかな。


「もててた?」


 う~ん、どうだったっけ。アカネの好みでもなかったから関心薄いけど。醜男じゃなかったけど、恋愛対象としてキャーキャー言われるタイプじゃなかった気がする。


「じゃあ、神崎愛梨って覚えてる」


 誰じゃ、そいつ。そんなん同級生にいたっけ。


「ゴメンゴメン、アカネさんが三年の時の一年生」


 二つ下なんて写真部の後輩ぐらいしか覚えてないけど、どっかで聞いたことがあるような名前だ。えっと、えっと、えっと、誰だっけ。


「思い出した! 東野の野郎が凹まされた奴だ」

「どういうこと」


 東野は東野工業の社長の孫で、家が金持ちなのを隠しもしない嫌味な野郎だよ。その東野が神崎愛梨の前ではヘーコラしとった。アカネにはわかりにくい話やったけど、神崎愛梨は神崎工業の一族で、東野のところは下請けの関係になるとかならないとか。


「神崎愛梨って、どんな人」


 金持ちのお嬢さんってところかな。でもマドカさんとはかなり感じが違う。そうだな、マドカさんがお嬢様なら、神崎愛梨はお姫様ぐらい。


「伊集院先生と神崎愛梨が付き合ってたとかは」


 さぁ、ないと思うけど。ん、ん、ん、なんか聞いたことあるような。


「付き合ってたかどうかは、わかんないけど・・・」


 伊集院君の家と神崎愛梨の家がなんかもめたとか、もめなかったとの噂は耳にしたことがある。


「なにをもめたん」

「そこまでは・・・」


 十七年も前の話だし、アカネは関係無いし、興味もなかったし。だけど、たったこれだけの話で感謝され過ぎて事態はトンデモない方向に、


「アカネさんありがとう。参考になったわ。なにかお礼をしなくちゃ」


 いらないって。前の時のお礼でマルチーズ寸前まで行ってたんだから。


「お礼なんてしてもらうほどの事じゃないです」

「遠慮しなくてイイよ」


 いや断固として遠慮する。とにかく女神どもの発想は人の常識を超えすぎてる。


「アカネ、遠慮するな」

「全力で遠慮します」


 そしたらユッキーさんが、


「前にシオリがやった時に、どうしても気になる点があったのよ。初めてだったからしかたがないけど、そこだけ直しとくね」


 アッと思う間もなく、アカネの体に何かが流れ込んで、


「おい、ユッキー、ちょっとそれは」

「あらやだ、少しやり過ぎたかも」


 や、やられた。お前ら人相手にやり過ぎだぞ。


「でも悪くないわ。鏡で見てきたらイイよ」


 体は人のままだけど、洗面所の鏡を見ると、


「ぎょぇぇぇ、コイツは誰だ!」


 アカネだよね。本人が見れば面影あるもの。ツバサ先生に綺麗にしてもらった時も別人かと思うほど美人になってたけど、首座の女神がやればここまでになるんだ。これはまさしく天女じゃない。これのどこがちょっとなんだ。そしたらユッキーさんの声が、


「顔に合わせて、スタイルも少し絞っといた」


 なんだ、なんだ、このスリムなのにダイナマイトなボディは。


「アカネ、そろそろ男を作れよ」


 ウルサイわい。でもここまでなっても、男が出来んかったらたしかに問題かも。まさかと思うけど背中に羽根生えてないよな。いや羽根が生えるのは天使か。天女はなにが生えるんだっけ。


 そっちはともかく、これでアカネがアカネだとみんなに認めてもらうのに一苦労するじゃない。やっぱり三十階は嫌いだ。

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