シータ計画
アカネさんの情報で伊集院先生の実家である伊集院製作所と、神崎愛梨の神崎工業の間でなんらかのトラブルがあったのがわかったんや。これは会社の業務に関与する事やから調査部が使えたんやけど、
「それにしてもシータ計画絡みなのにビックリした」
「エライもんに絡んでるわ」
シータ計画とは三十六年前の第二次宇宙船騒動の時に無傷で鹵獲したエラン宇宙船の研究応用計画のこと。あの時の日本政府は諸外国の干渉、共同研究をすべて退けて単独研究にすることに成功してるんや。なんか警察の押収品やから提供出来んとか、なんとかの理由やったっけ。あんなものでよう突っぱねてるわ。
ほいでも誰の目から見ても宝の山にしか見えんかった。そりゃ、エランから飛んできただけで、どれだけ先進のテクノロジーが詰め込まれているか想像も出来んぐらいやった。そやから官民合同でやったんや。
武器関係は国がやったけど、その他のものは民間企業にも広く委託されてて、エレギオン・グループも参加してた。科技研が請け負った人工眼球技術もその一つで、そこから生み出された及川の新型イメージセンサーは、従来のCCDやCMOSを一挙に陳腐化させるほどのものやった。
そやけど調査・研究、さらに実用まで漕ぎ着けたのは殆どあらへんのよね。それぐらいエランと地球の技術格差は大きかったんよ。さらにの問題があって、エラン語のマニュアルはあっても誰もエラン語が読めへんのも壁やった。
エラン語解読の研究も並行して行われたけど、専門書の類になるとお手上げ状態。読めるんはユッキーとコトリぐらい。ミサキちゃんやシノブちゃんでも日常会話は出来ても、読み書きとなるとガクンと落ちるんや。
さらにさらに調査研究を阻む最大の問題は、殆どの機器にロックが掛かってたんよ。ロックが掛かっていたのはシータ計画が始まった時からわかっててんけど、
「あの頃はすぐに外せると思ってたのよね」
「そういう目論見がシータ計画の前提やったもんな」
それがどんなに頑張っても外れへんのんよ。つまりほとんどの機器がウンともスンとも動かんてこと。これは今でもそうで、コトリがアダブからロック理論を習い、さらにディスカルの協力を得てだいぶ外せたけど、外せるのはうちだけだし、当時はお手上げ状態。
シータ計画はスタート直後から困難を極めることになったんや。そりゃ、動かへんから、そもそもどんな働きをする機器かもわからへんのが多かったんや。科技研でも苦労しとった。
そんなシータ計画やけど、官民ともに一番力を入れとった目玉事業がスペース・シップ・バイ・エラン・テクノロジー(SSBET)やってん。そう、エラン船の小型のコピーを作ろうって計画。
請け負ったのは丸菱重工。ここは日本の宇宙開発の老舗やし、最大手やねん。劣化コピーでも出来上れば地球でダントツの宇宙技術を持てることになるから、国も丸菱グループも力こぶを入れまくってた。
幸いやけどエランの宇宙船も構造は地球型に似とった。離着陸にはロケット・エンジン使とったからな。エンジンもロック掛かってて動かへんかったけど、バラすのは出来たからコピーぐらい作れると思たんやろ。
ほいでも丸菱も大苦戦しとった。技術の差は巨大で、形だけ似たもの作っても失敗の連続、十五年かかってなんとか動くもん作り上げたけど、これが馬力こそ従来の地球型を凌駕するものの、壮大なぐらい燃費が悪いんや。
ディスカルにも聞いたんやけど、エラン技術の一つの特徴は少量の燃料で大きな出力を得ることと、燃費が極端に良いことが並立してるそうなんや。資源の窮迫がこの技術を極限まで高めたぐらいでエエみたいや。
丸菱というか、地球の技術では大きな出力を得るところまでマネできても、燃料制御技術はエランから見れば原始的過ぎたんやろと思てる。まあ、こんなもんすぐに追いつくんは無理やろ。
船体の方も丸菱は苦戦しとった。往復型にすると船体の強度が問題になるんやけど、どう頑張ってもエラン船のようにはならへんのよね。丸菱もなんとかエラン船の材質・構造の秘密を探ろうと頑張ったみたいやけど無理やったみたいや。
仕方がないから地球の既存技術で作ったんやけど、エラン船に較べると重くて、軽く十倍ぐらいはあったんや。十倍あってもなおかつエラン船に較べると脆いんよね。
当初の計画はエラン船のように船単体で離着陸できるのを目指しとってんけど、エンジンだけでもエライことになったみたいやねん。馬力こそ上がったけど、エラン製エンジンより五倍ぐらいは重く大きくなり、推定やけど出力は三分の一程度。
そのうえ燃料がテンコモリ必要やから燃料タンクも巨大。そのうえ船体重量が重い。船単体の離陸なんて到底無理で補助ブースター付けても、宇宙飛行士が乗り込むのが精いっぱいやってんよね。
これやったらエラン技術を使う意味がないぐらいやってんけど、丸菱も政府も粘りに粘ってんよ。課題となったのは燃料制御技術。ディスカルも言うとったけど、エランの技術の核はエネルギーの高々度の効率利用。
エンジン本体の性能もそうやけど、これを制御する技術も両輪やねん。そういう発想は地球でも定着してるんやけど、地球とエランでは技術差が巨大すぎる上に、エラン船の燃料制御機構はロックが外れず完全なブラックボックス。
丸菱も巨額の資金を突っ込んでたから必死でやってたけど、自社開発ではニッチもサッチもいかへんようになって、藁をもすがる思いで系列企業にエンジン構造の情報を知らせ、アイデアを募ったんよ。
「やっと話がつながってきた。神崎工業のKR制御ね」
「そうや、ありゃ画期的なもので、燃費を半分に抑えてくれた」
神崎工業のKR制御を取り入れることにより丸菱の宇宙船の荷物搭載量は増え、毎月宇宙ステーションに飛ばしてる宇宙トラックとして運用されてる。この成功で丸菱もなんとか面目を保ち資金回収の目途が付いたぐらいや。
「でも神崎もよくKR制御を発明出来たわね」
「そやねん。あれは神崎が売り出したけど、発明したんは別や」
丸菱の技術募集は採用されれば巨額の取引が出来るから系列も必死で頑張ったらしい。神崎工業も取り組んだんやけど、言っちゃあ悪いけど、丸菱重工が無理なものを子会社がそうそう出来るもんやなかったんや。そこで神崎工業はさらに自分の下請けにも情報を流したんや。
「世の中に埋もれた天才っているのね」
「いや、ありゃ、埋もれてたんやない。まだ掘り出される前の原石状態やったんや」
「そうよね。信じられないけど、まだ高校生一年生じゃない」
基本となる燃料制御理論を編み出したのが、なんと高校時代の伊集院先生。
「でもあれね、神崎工業はかなり買い叩いてるね」
「下請け関係やし、伊集院製作所では実証実験も製品化も出来へんからしょうがない部分もあるけど、かなりやな。これが後でもめた原因やろな」
神崎工業やけど燃料制御理論も買い取ったけど、これを編み出した伊集院先生にも目を付けたんや。これだけの天才を引き抜けたら、この先どれほどの利益を産むかわからへんもんな。
「でもコトリ、引き抜くったって、伊集院先生は跡取り息子だよ」
神崎工業はKR制御の成功で会社としても大きくなり、これを編み出した伊集院製作所とも関係を修復してる。そういう友好関係の中で持ちだしたのが伊集院先生と神崎愛梨との結婚話。より関係を強化しようとの婚姻政策やねんけど、
「関係強化に婚姻戦略使うのは常套手段だけど、伊集院先生はまだ高校生だし、神崎愛梨に至ってはまだ中学生じゃない」
「だから婚約予定だけや。そやけど伊集院製作所も乗り気やったみたいやねん。親会社との関係強化やもんな」
KR制御に関連するゴタゴタ、さらに頭ごなしに決まって行く婚約話に伊集院先生は嫌気がさしたでエエと思う。技術者の道をやめてしもて医学に進んでもてんよ。伊集院家でも相当もめたそうやけど、伊集院先生は医師になってる。
伊集院先生が医学部に進学した事で婚約話も立ち消えになってんよ。これでこのまま伊集院先生が平凡な臨床医になってたら話は終ってたはずやねんけど、伊集院先生の天才性は医学でも遺憾なく発揮されてもたんよ。
ここで再び神崎愛梨が登場するねん。神崎愛梨は中学生の時に出てた婚約話には興味がなかったらしい。そりゃ、まだ中学生やし。高校の時にも顔ぐらいは見てるけど、恋愛対象には遠かったぐらいでエエわ。
神崎愛梨はお嬢様と言うよりお姫様として育ったのはアカネさんの言う通り。それでも神崎工業の娘やから、大学卒業後は結婚話も幾つかあってんけど、
『この程度の男が私の夫だって。冗談も休み休みにしてくださる』
こんな調子で全部蹴飛ばしたみたいや。そんな愛梨が伊集院先生を再発見したんや。そりゃ、ノーベル賞さえ狙える逸材やもんな。親も行き遅れになりそうな娘が本気やから全面協力って感じで、かつての婚約話を蒸し返したんよね。
「伊集院先生はどうなの」
「この辺がようわからん」
神崎愛梨ははっきり言わんでも美人や。まあ、金持ちのお姫様やから気は少々キツイかもしれんが、相手としては悪くはあらへん。そやけど伊集院先生は逃げ回ってる感じがするんよね。
「好みの問題?」
「それもあるけどしれんけど、因縁を嫌ったのかもしれん」
高校時代の婚約話なんてガチガチすぎる政略結婚みたいなもんやから、同じ相手と結婚するのは気が乗らんかったんかもしれん。
「だから同じ手を」
「結果的にはそうなりそうや。表向きは今後の研究のために臨床経験が必要ってなってるけど」
高校時代はKR制御の理論が婚約話になり、今度は自分の医学研究が結婚話になったのにウンザリしたぐらいかもしれん。
他にも理由があって、伊集院先生は寄附講座の資金で研究してはったんよ。そやけど寄附講座やったから、期間が過ぎれば閉じられてしもてん。港都大は一流とはいえ、東大とか京大なんかに較べたら研究費は桁が違うから研究を続けるのが難しくなったのもありそうや。
「でも海外に出なかったから」
「そう思う。神崎愛梨との結婚話が立ち消えになるのを待ってたと思う」
臨床に転じた伊集院先生やけど、やっぱり研究やりたいみたいやねん。それとこれは伊集院先生の好みとしか言いようがあらへんねんけど、日本で、港都大でやりたいと言うのがあるらしいねん。トットと海外に出れば良さそうなもんやけど、好みやからしゃ~ない。
そこに目を付けた神崎家は魅力的な条件を提示したみたいやねん。港都大に寄附講座を設け、伊集院先生を特任教授として迎える話や。
「その代り」
「そう、その代りや」
伊集院家も経営のために大賛成みたいで、伊集院先生もだいぶ心が揺らいでるらしい。まあ、こんだけ外堀埋められたらそうなるかもしれん。
「そんな時にシノブちゃんに会ったのね」
「そういう事になる」
工学も医学も研究の道が塞がってもた状態やったから、伊集院先生はヒマ潰しに歴史を研究しとったみたいやねん。
「シノブちゃんにも魅かれてはいたんだよね」
「それでエエと思うで。伊集院先生はホンマに女っ気があらへんみたいで、いくら調べても神崎愛梨とシノブちゃんぐらいしか出てけえへんみたいや」
「女医とか看護師とかは」
「あだ名はダイヤモンドらしい」
ココロは価値こそ途轍もなくあるけど、堅物もエエとこぐらいみたいなんや。まあ、それだけやなくて、醜男とは言わんけど、顔もスタイルもイマイチ。あんまり社交的でもなさそうで、そのうえオタクやからな。オタクいうても歴史やなくて、研究ばっかりやってるようなものやからな。
「まさか童貞」
「そこまではわからんけど」
シノブちゃんとの偶然の出会いを大切にしてたんだけは確認できるんよね。これも、もてへん理由の一つやけど、ファッションにもかなり無頓着みたいやねん。それこそ、同じ服とズボンを何着も買うものやから、いつも同じ服装なんも有名やったみたい。
身だしなみはそんなに悪くはないみたいやけど、服装の変化があるのは半袖か長袖の違いぐらいだっていうから制服状態。そんな伊集院先生がシノブちゃんに会うために服買ってるんよね。靴まで新調したっていうし。
「それとやけど、伊集院先生はかなりどころやないぐらい無口やそうなんよ」
「そうなの? シノブちゃんとの会話は弾んでたみたいだけど」
仕事に必要な会話はするけど、他は最小限みたいやねん。伊集院先生が無駄口叩いてる姿を見たことがないってのが評判や。
「そこまでだったのになぜ」
「わからん。シノブちゃんと神崎愛梨を天秤にかけて神崎愛梨を選んだんかもしれん」
「どっちも選んでないとか」
ユッキーと考え込んでしもた。
「ひょっとしたら、周囲で勝手に沸き起こる結婚話にウンザリしたんかもしれん」
「かもしれないね。ここでシノブちゃんを選んだら、今度は神崎家と一悶着あるのは確実だし」
ユッキーがしばらく考えてから、
「シノブちゃんにもチャンスが残ってる気がする」
「そやねんけど、爆沈状態やし」
そうなってまうのはわかるけど、
「難しいね」
「ホンマに」
なんとかしてやりたけど、どこから手を付けたらエエものなのか。
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