記憶の中の馬術
三十階に帰ると待ち受けるのは野次馬二人。
「やったの」
「馬に乗っただけです」
「えっ、最初からシノブちゃんが馬乗りでやったの!」
「やってません。乗馬体験しただけです」
そしたら、
「ほらみい、まだやったやろ」
「今度は絶対と思ったのに」
こらっ、シノブの初体験で賭けなんかするな。それはともかく、初めてなのに思いの外に上手に乗れた話をしたら、
「そりゃ、そうや。女神は記憶を受け継がなくても技能は受け継ぐんや」
「シノブも馬に乗ってた時期があるのですか」
コトリ先輩はニヤッと笑って、
「乗ってたどころやあらへん。騎馬隊の教官やってんやから」
なるほど。四座の女神は教育担当。これには軍事訓練も含まれてて、その中には騎馬隊の訓練も入ってたんだ。
「エレギオンでも屈指の腕前やってんよ」
コトリ先輩が笑いながら話してくれたんだけど、アングマール戦でマハム将軍とリューオン郊外で戦った時に人の柵戦術で次座の女神は勝利を収めてるんだけど、あの戦争は一度使った戦術は二度目には研究対策されちゃうんだって。四座の女神は、
『こうやれば打ち破られます』
次座の女神の目の前で、なんと四座の女神は人を飛び越えちゃったそうなのよ。
『ビックリしたで。そやから、その訓練したんや』
馬で人を飛び越える馬術の訓練だけど、完全に飛び越えるには馬と乗り手の技術のハードルが高くて、実際のところは人の胸あたりに飛びかかるぐらいになったそうなのよ。それも、そこまで馬を操れるのは十人ぐらいだったそうで、
「あれでも効果あったで」
実戦でもアングマール軍は人の柵作戦をやって来たそうなんだけど、十騎でも飛びかかられると人の柵は崩れたんだって。そりゃ、そうよね、馬が飛びかかってきたら逃げるか、踏み潰されるしかないもの。そうやって崩れたところに騎馬隊を突っ込ませて勝利を得たみたい。
「今でも出来るのですか」
「出来る。でもな、技術の継承はキッカケがいるんよ。アレみたいに、いきなり全開になることもあるけど、徐々に取り戻すもあるんや」
シノブの現代エラン語がそうだった。まあ、あれはエラム語を思い出して、さらに現代エラン語を覚えるってステップが必要だったにしろ、いきなり全開じゃなかったもんね。
「コトリ、わたしたちもやろうよ」
「馬か・・・」
あれっ、こういう遊びにはいつもノリノリのコトリ先輩が珍しく渋ってる。
「楽しそうじゃない。それに馬と触れ合うのはホース・アシステッド・セラピーって、心を癒すのに効果があるんだよ」
「そやけど馬は」
「イイじゃない、イイじゃない、一緒にやろうよ」
コトリ先輩はそれでも渋って、
「行ったらシノブちゃんのお邪魔虫になってまうやんか」
「シノブちゃんの彼氏が来る時は避けたらイイじゃない」
ユッキー社長はシノブにも、
「イイでしょ、シノブちゃん」
シノブも三人一緒の方が楽しいと思うから、
「もちろんです」
「ほら、シノブちゃんもそう言ってるし。コトリも行こうよ」
「ユッキーがそこまで言うんやったら付き合うけど・・・」
歯切れが悪いのが気になるけど、コトリ先輩も一緒に行くことになりました。
「木村由紀恵です」
「立花小鳥です」
「お二人とも体験コースですね」
「は~い」
あれだけコトリ先輩が馬を渋ったから苦手なのかと思ったら、
「踏台はいらんで」
そういってヒラリと飛び乗り、いきなり颯爽と走り出しました。
「コトリ、待ってよ」
ユッキー社長も同様だったもので、インストラクターが大慌て、
「お客さん、待ってください、いきなりは危険です・・・」
そんなもの聞いちゃいない二人は、トロットからキャンター、さらに見事な輪乗りを。
「調教の仕方がちょっと違うけど、よう仕込んであるわ」
「ホントね」
シノブも唖然としてんだけど、考えれば乗れて当然か。コトリ先輩は次座の女神。エレギオンの騎馬隊を、それこそ馬の輸入から始めて作り上げた人。女神のゲラスでは、追いかける魔王を振り切って、ゲラスからマウサルムまで走り抜けてるし、マシュダ将軍が重傷を負った時にもエレギオンからシャウスまで急行してるし。
「ユッキー社長も乗れるのですね」
「まあね、首座の女神も後ろにいただけじゃないからね」
アングマール戦の前線の指揮は次座の女神が殆ど執ってたけど、宿主代わりの不安定期には首座の女神も陣頭に立ってたんだ。
「コトリや、シノブちゃんには及ばないけど、それなりに乗れるよ」
慌てたインストラクターに呼び出された小林社長も顔を出し、
「こ、これは、一体全体・・・」
三人が自由自在に馬を駆け回らせる姿に唖然としてた。この日にユッキー社長もコトリ先輩も入会。見た目だけは若い三人が馬を乗り回す姿は、北六甲クラブの名物になったみたい。なんかギャラリーみたいなのが増えたもんね。
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