第9話

翌日彼の部屋を訪れた私が感じた、あの時の気持ちを

私はきっと生涯忘れることはないだろうと思った。


がちゃり、と鍵が外れる音。


中から顔を出す謙也。

そして、その後ろには。


「…朱音、なんで」


朱音は透き通るように白い腕を彼の腕に滑らせていた。

謙也はその腕を何事もないかのように受け入れている。


「なんで…」

「お姉ちゃん、実は」

「いいよ、朱音。俺から言う」


朱音?いまそう言った?


私の唇が急速に乾いていくのを感じた。

そして視界がぐにゃりといびつに歪むのを私は感じた。


「なあ、真波。俺、朱音と結婚する」

「…え」

「実は婚姻届ももう書き終わったんだ。

来週、提出しようと思ってる」


それから、彼はこれからのことを努めて事務的に話し始めた。

結婚式は上げないこと。都内の高級マンションに引越しすること。

朱音とのこれからを淡々と話し続けた。


私はそんな彼を定まらない視点で見つめながら思っていた。


ねえ。

私、そんなこと言ってほしいんじゃない。

私、今泣いてるんだよ。

悲しくて、泣いてるんだよ。

あの時みたいに、励ましてよ、ねえ…。


私はそれからのことを覚えていない。

ただ、考えていたことは一つ。


リミットは、来週だということを。







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