第2話
謙也と付き合ったのは、私が大学3年生の頃だった。
当時の私は、オーケストラサークルでバイオリンのリーダーを任されるようになっていた。
50年以上も続く歴史あるサークルだった。
部員全体で100名以上、私のバイオリンパートだけでも、ゆうに30名は超えていた。
人生で初めて、リーダー役を任された私は当然のことながら上手くメンバーをまとめ切ることが出来なかった。
9月。一月後に控えたコンサートを前にして、私のパートだけが、明らかに足を引っ張っていた。
そんな日々の重圧の中で押しつぶされそうになっていた時、手を差し伸べてくれたのが指揮者の謙也だった。
ある日の練習終わり。
私は謙也と、今後の打ち合わせのために2人きりで
練習場所に残った。
私はあくまで気丈に振る舞いながら、謙也と話した。
知られたくなかったのだ、抱えている葛藤を。
初めて任された、大役。それに押しつぶされそうで仕方ないことを。
そしてそんな自分を私は認めたくなかったのだ。
まだ、できる。これくらい、私ならできる。
そう思いたかったのだ。
だけど。
「真波、最近大丈夫?」
その一言。
たったその一言だけで私の想いを閉じ込めていた堰はいとも容易く決壊した。
唐突に泣き崩れた私を謙也は慌てた様子で慰めてくれた。
その後、私たちは練習終わりに2人で食事に行くようになった。
初めは、練習や人間関係の悩みばかり私が一方的に話し続けるだけの会だった。
だけど謙也はそんな私の話に嫌な顔一つせずに耳を傾けてくれた。時には彼からのアドバイスを貰うこともあった。
その後、私とメンバーの関係性は良い方向に向かい、コンサートでは今までにないほどの演奏に成功した。
でも、私と謙也の食事会はなくならなかった。
私も、謙也もそのことに関して触れようとしなかった。
少しずつ、少しずつ、私たちの会話の内容は
プライベートなものに近づいていった。
そして次第に、私の中に他の男性には覚えない感情が芽生え始めていることも自覚していた。
謙也と食事に行くようになって半年後。
私は初めて、彼と口づけを交わした。
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