第14話

止まらない絶叫。

私は思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。

腕時計を見つめる。

時刻は、11時59分。

完成まで、あと一分。


その時、彼の絶叫が止んだ。

か細い彼の声がゆったりと私の耳に届いた。


「まな、み。君は、誰」

ぞわっと背筋に悪寒が走る。

どういうこと…?


「わ、からない。どこで、君に会ったのか」

――記憶障害。

記憶を作り替えた人を創る。

そんなことは初めてだった。

まさか、こんな弊害があるなんて。


「俺は、どこで君と。どうやって君と…」

少しずつ、言葉がはっきりしだした彼と、

記憶が失われていく彼。


瞬間、私の瞳に涙が浮かぶ。


今まで。たくさんのことがあった。

彼に悩みを打ち明けた、あのレストラン。

彼と初めて交わした口づけ。

そして、彼のプロポーズとサファイヤリング――。


その時だった。


「リン、グ。サファイヤ…」


はっと私は首を上げた。

とっさに振り向こうとしてしまう。

瞬間、左手の甲を、全力で殴りつけた。


激痛。しかし、私の体は間一髪で静止した。


「…謙也」


覚えていていくれた。

私との出会いも、思い出も。

何もかも失ってもなお、彼は覚えてくれた。


あの、サファイヤリングを。

永遠の愛と共に、差し出されたあのリングのことを。


だから、私は思った。


それならば、十分ではないか。

それだけで、十分ではないか。


彼がその記憶だけでも有してくれているのであれば、

私はもう、なにも望まない―――。


その時、壁際に掛けられていた振り子時計の音が鳴った。

一定のリズムで鳴り響くその音を、私は体を震わしながら聞いていた。


12時のチャイム。


「うっ…うっ…」


やっと、終わったのだ。

私の戦いは。

やっと。


背後に立つ謙也は何も言葉を発しない。

しかし、背後からはあの懐かしい体温がはっきりと感じられた。


朱音の記憶。

その記憶と共に、彼は多くの記憶を失った。


だけど。


そんなことは些末なことだ。


これから一つずつ。一つずつ、新しい思い出を作り上げていけばいい。


私は涙を拭き上げると首を上げた。


これからは、もっと彼を支えよう。

もっと彼に寄り添おう。

ずっと、ずっと一緒に居られるよう。

もう、誰かに彼を取られることがないよう。

もう二度と、彼が私を見捨てないよう。


謙也。

謙也、謙也、謙也、謙也、謙也。


そして私は振り返った。


「謙也、愛してる」

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