第15話
***
そして君は振り返った。
しかし、まもなくして力尽きたかのように俺に倒れこんだ。
俺は彼女の体を抱きかかえながら、ゆっくりと布団に横たわらせた。
彼女はまもなくすやすやと寝息を立て始めた。
その時、背後から足音が聞こえる。
「これで満足?」
凍り付きそうなほどに冷めた声。
軽蔑を隠そうともしない声。
俺はそんな彼女の声を無感情に聞いていた。
天笠朱音。彼女の声を。
「はっきり言うわ。あんた頭おかしいわよ」
「…」
俺は無言で目の前の真波を見つめた。
来週、結婚する予定だった彼女をじっと見つめた。
他の男と結婚する予定だった、彼女を。
近未来創薬研究所に勤める俺は、ある薬の開発に関わっていた。
その名も『想像創造剤』
想像を現実にする、夢のような薬だ。
そしてその過程で、天笠朱音とも知り合ったのだった。
俺は朱音や他のメンバーと共に開発に精力を注いだ。
なぜか?
理由なんて一つしかない。
俺だけを欲する彼女を作りたかったからだ。
渡井真波。
大学のオーケストラサークルで知り合った彼女は、他のどの女性よりもひときわ輝いていた。
俺はすぐに恋に落ちた。
しかし、それは儚くも散った。
彼女はまもなくある男の彼女になった。
それはサークルの指揮者の男だった。
技術、ルックス、人望。なにをとっても俺に敵うところなどない。
俺たちは大学を卒業してからも、定期的に集まっていた。
そのたびに、彼女が別れていることを期待した。
しかし、そんな期待は毎回毎回淡く散った。
そして、こないだの会でついに俺はその事実を知る。
「来週、結婚します」
居酒屋の座敷。そこに座るメンバーの前で彼女は大々的にそう宣言した。
その表情は照れたように少し火照っていて、喜びに満ちていた。
その時。
俺の中で何かがぷつんと切れた。
俺は後日、彼女を呼び出した。
『結婚式であいつにサプライズしよう』
確かそんな口実で誘い出した。そして殺害した。
死体は深夜、海に投げ捨てた。見つかりはしないだろう。
そして、俺は今日薬を飲み込み、彼女を作ることにした。
記憶はすべて俺が作り上げた。
俺のことを愛するように。俺のことしか考えられないように。
そして、最後の演技。
記憶喪失の演技も彼女をいい方向に誘導してくれた。
計画は見事に成功した。
振り向いた瞬間の真波の、どこか飢えた表情に俺はほくそ笑む。
「じゃあ、私は行くわね。それじゃ」
「なあ」
「ん?」
「なんでお前、俺のこと手伝ってんだ?」
「ああ」
彼女は一呼吸すると、はっきりと呟いた。
「愛してるから。あんたを」
彼女はそういうと玄関の方に歩いて行った。
背後から扉が閉まる音が聞こえる。
「…お前も十分狂ってるよ」
俺は再びしゃがむと、彼女の寝顔を覗き込む。
彼女は変わらず、穏やかな息遣いで眠りについていた。
「真波、愛してる」
俺はそう呟くと、彼女の唇にキスをした。
そして君は振り返った 黒猫B @kuro-b
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