第11話 バベル(UGN)

私、水無月優子は独り身で。

まぁ、年齢的には高校生と同じですし?それで別にフツーだとは思いますが。

それでいて、お給料は一応エリートチームに所属してるんで、それなりに貰ってるんですよ。

時間もわりと平日休日の区別が曖昧なんで、条件のいいときに色々楽しめる環境です。

それでたまに、平日料金で、色々楽しんじゃうことがあるんです。


ちょっと視線が痛いんですけどね。

大人なら問題ないんでしょうけど、私、少女ですし。

絶対「この子、学校は?」って視線がついちゃいます。


でも、平日遊びは気持ちいいのです。


今日は、東京スカイツリーに行くことにしました。

これまで、数回行ってます。


一般公開されてる最上階・成層圏展望台の眺めが最高なので。

地球が惑星であることを目で分からせてくれる凄い眺めです。


学校に通ってない不良少女だと思われてはたまんないので、服装はわりと地味で、真面目っぽいものをチョイス。

少年っぽく、水色の上着、青いジーンズ、青いハンチング帽をチョイス。

荷物は灰色のリュックに詰めて、私は東京スカイツリーに出向きました。




東京スカイツリー……バベルとも呼ばれる、東京の目玉観光スポットです。

てっぺんが宇宙空間に達し、そこに存在する静止衛星と軌道エレベータで繋がっています。

ちなみにどうやって静止させているのかは謎。

本来は赤道でないと無理なはずなんですけど……。静止衛星。

まあ、一番の謎は、成層圏に存在するかなり大きな展望台……成層圏展望台ですが。

どうやって、強度を確保しているのやら。

でも、オープンしてから一回も事故が起きてませんし、誰も安全性について突っ込まないんで、多分大丈夫なんでしょう。




電車を乗り継いで現場に到着後、地上の展望台のチケットを売ってるエリアとは別の、成層圏展望台のチケットを売ってるエリアに向かいます。

立て看板がありまして。


『この先、富裕層以外は原則立ち入り禁止。成層圏展望台に御用が無い方はご遠慮ください』


悲しいけど、これが現実です。

チケットは平日1人1万円。休日だと5万円。

大人子供学生関係なしで、一律です。


庶民が入ってはいけないエリアなのです。


東京は恐ろしいですね。


立て看板の向こうに行くと、居るメンツのリッチピープル具合が目に見えて上がってきます。

女性はドレス姿ばかりになりますし、男性、特に老人は羽織袴姿ばかりになるんです。


ああ、視線が痛い……


何でこの、上流階級のみに立ち入りが許されたエリアに、庶民臭い娘が足を踏み入れているんだ?物見遊山で来ているなら、即刻立ち去れ!!

目が言ってますよ……


はやく、はやくチケットを買わないと!

決して、ここに上流階級見物に来たわけじゃないんだと。

成層圏展望台に用があって、そのためのお金も持ってきてるんだということを示さないと……!


チケット売り場に行きます。

ちなみに、ほとんど並んでません。


すぐ順番が来ました。


「成層圏展望台のチケットを1枚下さい」


「指定席券ですか?自由券ですか?」


軌道エレベータに据え付けられた座席に座れる指定席券か、席には座れないけど、どのエレベータにも乗れる自由券……立ち乗り券かを聞いてきました。


「自由券でお願いします」


私は自由に行きたかったし、別に軌道エレベータの成層圏までの到達時間1時間をずっと立ってても平気なので、立ち乗り券を選択。

こっちだと若干安くなるんですよね。1000円だけですけど。


「9000円です」


私はピンク色の長財布から、万札を一枚抜きました。

諭吉さん、お願いします。


お釣りとチケットを受け取り、私は軌道エレベータに向かいました。




軌道エレベータは30分ごとに出発してて、次の便は15分後でした。


まぁ、乗っておきましょう。

後になると、重量オーバーになった時に真っ先に降ろされる役回りになってしまいますから。


軌道エレベータはとても豪華です。

椅子は全て革製ですし。


床はどうみても高級絨毯。


富裕層が文句を言わない配慮が随所になされています。


正直、ここに立ち入るだけでも9000円の価値がありますね。

ちょっと悔しいですけど。


香りも爽やかで、森の香りがしました。


あぁ、やっぱいいですね。ここは。


少し深呼吸していると、私は気づいてしまいました。

視界の端に、見覚えがある人が居たんです。


超スタイルが良くて、超可愛い女の子。

今日の服装は、とっても可愛い女の子らしいスカート姿でした。

ピンクの上着、白のブラウス、紺のスカート。そしてスカートと同色のブーツ。

とても良く似合っています。


あのときの、モデルさんかと疑ってしまうような、業務スーパーで見かけた美少女でした。

忘れようも無いです。


今日は一人じゃ無いようで、男の子と来ていました。

彼氏さんでしょうか?

二人仲良く、並んで指定席に座っています。


真面目そうで、凛々しい感じの男の子でした。本を読みつつ、彼女と会話してます。

とても仲が良さそうに見えます。

楽しそう。


しかし、まさかこんなところで再会するなんて。

ちょっと興奮してしまった私は、彼女らに声をかけてしまいました。


「あ、また会いましたね?」


どうも、彼女は私のことを覚えてないようでした。

まぁ、無理もありませんけど。

丸眼鏡、三つ編みなんて、没個性でしょうから。


なので、言いました。


「覚えてませんか?昨日、業務スーパーで会いましたよね?」


「あ!」


どうやら思い出してくれたようでした。

嬉しいです。


記憶の片隅には、私のことがあったんですね。


「ああ、あのときの!」


「偶然ですね」


お互いに会釈しました。

本当にすごい偶然です。


まさかこんな場所で会うなんて。


「今日、創立記念日か何かですか?」


ちょっと、他人の事を言えた義理じゃ無いんですけどね。

思わず、聞いちゃいましたよ。


そういうお前はどうなんだ?って言われたら、どう答えようか迷いますけど。

その場合「あ、私、高校生じゃないんです」って答えましょうかね?


「あ、実は家の法事で」


あ、法事ですか。

なるほど。


「折角だから東京観光してこいって、親戚の人に」


納得です。だから平日にここにいらっしゃるんですね。

とすると、この方は従兄弟かご兄弟ですかね?

彼氏さんかと思ったんですが。


「こちらの人は、ご兄弟でしょうか?」


そう聞くと、返ってきた答えに仰天しました。


「いえ、婚約者です」


なんと!!!

婚約者!!!?


全く予想して無かったですよ!!


「今日は彼の親族にご挨拶するために、わざわざ休みをいただいて東京まで出向いて来たんですよ。彼の家、色々ややこしくて。嫁入りする女は法事でいろんな儀式を踏まなきゃいけないらしくて」


ほほぉ……すごいですね。

そういう世界、まだ日本にあるんですね。


びっくりですよ。

多分、どこかの地方の盟主みたいな、超絶名家なんでしょうね。

歴史と伝統がある、すごい家……


「だよね、あなた?」


「……わざわざ休みまで取らせて、すまないと思ってるよ。でも、一族のしきたりだからね」


あなた呼び!!

すでに夫婦の貫禄が備わっているように感じました。


こんなの、一朝一夕では備わりませんよ!!

なんというか、だいぶ長いこと一緒に生活して、互いの良いところも悪いところも知り尽くしてて、それでも一緒にいる、みたいな。

見たところ高校生なのに、このレベルなんですか……!!


居るところには居るもんなんですねぇ……!

この分だと、多分自由恋愛の末じゃないですよね。

それであなた呼びまではこのトシで行かない気がしますし。


「複雑なお家なんですね。……とすると、やっぱお見合いですか?」


「はい」


やっぱり!!

私の目に狂いは無かったです!


ですよね。

上流階級の名家の「婚約者」ですもんね!


「そうなんだ。お見合いで。へーっ」


すごい。

すごい人たちに会ってしまいましたよ。


軽い気持ちで街に遊びに来ただけなのに。

所謂許嫁ってやつですか?

実物、初めて見ましたよ。

しかも、その成功例。


「お見合いでも、後からだって好きになれるんです。アタシたちみたいに」


「アタシたち、お互いの家の意向で、1年間同居しなきゃいけなくなって」


「そして1年過ぎたら、お互いに大好きになってたんです。だから、これでいいんですよ」


すごい説得力でした。


確かに。

この二人の絆、半端ないです。


言葉には発していませんけど、態度で分かっちゃいます。

この二人、深く愛し合っているって。

想い合ってるオーラが伝わってくるんで。

この年齢でここまで行っちゃうんですか。

びっくりですよ。


本当のものって、誰が見ても分かるもんですよね。

その実例を見せられた感じです。


仰る通り、愛の始まりは強制かもしれませんけど。

結果として、今この絆が育まれている以上、問題何て無いんです。

彼女の言うことに同意せざるを得ません。


いいなぁ。

羨ましいなぁ。


私もそういう人、欲しいなぁ……。


「良いことを教えてくださってどうもです」


すごく良いものを見せてもらったので、お礼を言うしかないですね。

私は頭を下げました。


そして。


「では、ごゆっくり。スカイツリーを楽しんでください」


お二人の邪魔をしちゃ悪いですし。


そのまま、そこを去りました。




成層圏展望台に着いて。


暗い空。沈む太陽の輝き。雲の流れ。

成層圏から眺める地球の景色を見つめながら。


私は、さっきの仲良し見合いカップルについて思いを馳せてました。


いいなぁ、って。


私と同年代で、すでにあのレベルの愛を完成させてるカップルって居るんだなぁ……。

私も、ああいう人、欲しいなぁ……。


でも、こればっかりは「欲しい!」って思ってすぐに手に入るもんでは無いですし。

あの二人はどうやって、あんな関係を築き上げたんでしょうか?

それが知りたかったですが、さすがに聞けませんよね。

赤の他人が踏み込んでいい領域じゃないですし。


でもきっと、耐えたり我慢したりってこともあったんでしょうね。

自分の欲望を優先させるばかりの愛し方ではないはず。

でなきゃ、きっとああはならないと思います。

互いに支え合ってる感、すごかったですし。


……お金の面は全然不安無い身分だけど、ああいう愛が手に入らない人生って、空しい気がする……。

いくらお金があってもな……


欲しいよ。ああいう、愛し合える人……。


丸い地球を見つめながら、私は嘆息しました。

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