第4話 プロローグFH(2)

東京に行ける……!


アタシの胸は高鳴った。

いや、任務で行くんであって、遊びに行くんでは無いのは分かってるんだけど。


それでも興奮しちゃうよ。


いきなりセルリーダーの先生に呼び出され、仕事以外の仕事……ファルスハーツエージェントとして、組織全体のために行う仕事……を命じられて。

最初は「しょうがないかな」って思ってたんだけど。


場所が東京で、任務の内容に時間的余裕がたっぷりあって、となると話は別。


任務だけど、限りなく旅行じゃん!!


……隣で一緒に先生からの指令を受けている相方……下村文人(しもむらあやと)に聞かれたら怒られるかもだけど。

彼は、真面目だから。


身長、かなり高くて。180センチあるよね?

体型は、がっしりとはしてないんだけど、必要な筋肉は付いてる感じ。

仕事に入る前に着替えるとき、彼の裸は見てるから。所謂細マッチョかな。

目つきは鋭くて鷹のよう。で、髪にしっかり櫛入れて整えている。

隙の無い感じの男の子。それが彼。


遊びに行くつもりなのか。彼なら言いそう。

それで、怒られる。それが予想できた。


でも、聞かずには居られなかった。


「観光してもいいですか!?」


先に許可をとっちゃえ!

とれないかもだけど、何も聞かずに勝手にやるのはありえないし。


行きたいところはたくさんあった。


原宿、新宿、スカイツリー、東京タワー……

本音を言えば、TDLにも行ってみたいけど、あそこはさすがに無理か。

緊急連絡入った時に困りそうだし。

大規模アトラクションに入ってたら、出るの自由にはいかないもんね。


『連絡はつくようにしておくように』


よしっ!!

先生ナイス!


先生がOK出したんだから、文人も文句ないよね?

ちらりと彼を見た。


彼は、何かを考えているようだった。


何を考えているんだろう?

向こうでの予定かな?


彼のことだから、都内で珍しい書籍を買い集めようなんて考えているのかもしれない。

今後の仕事のために。

じゃあ、神保町あたりに行く算段でも考えているんだろうか?

本の街だったよね。神保町は。


時間を無駄に使いたがらない人だしなー。

まぁ、彼も私も結婚なんてする気無いし、資格も無いからどうでもいいことだけど。

彼、誰かの旦那さんになったら、アンタ何を楽しくて生きてんの?って感じになりそうなんだよね。

彼は気遣いできる人だし、加えて義理を果たす人だから、奥さん子供に時間はある程度使うだろうけど。

自分の時間、全部スキルアップに使いそうなのよね。真面目お化けっていうか。

まさしく「アンタなんのために生きてんの?奥さん子供を養うためだけ?ATM兼奉仕マシーン?」って感じ。

まぁ、絶対にその機会は無いんだけどさ。結婚しないから。


……


………


ちょっと、昔を思い出してしんみりしてしまった。

あのとき、約束したからね、これっきりにしようって。気持ち、切り替えなきゃ、とは思ってるけど。

たまに、やっぱ、出ちゃうよ。

彼の方は全然そんなこと無いみたいなのが癪に障るけどさ。

自己洗脳しろとか前に言われて「そう簡単にできないよ!」と返したことがある。


自分を基準に考えないで欲しい。全く。


……気持ちを切り替えて。


旅行。


旅行ですよ。


アタシ、豚二匹に虐待されながら育ったんで、今まで旅行行ったこと無いんだよね。

アタシの母親を称する牝豚が転がり込んだ不倫相手の自宅のきったない安アパートで、5歳から10歳までをずっと過ごしてた。

養成所では当然そんなイベント無かったし。山奥で10歳から16の春まで約5年間。

外の世界に出たことなんて、無かった。


だからこれが正真正銘、はじめての旅行。


タイミング的には、かなり遅めのFHチルドレン養成所の修学旅行なのかな?(卒業旅行?)

服どうしよう?新しく買おうかな?


あ、それに……!


「新幹線乗っていいですか!?」


これも聞いておかないと。


ぶっちゃけ、アタシの場合走った方が速いし、場合によっては先生のディメンジョンゲートで転送してもらった方が安上がりで安全かもしれない。

でも、できればアタシは新幹線で行きたかった。


憧れでしょ。旅と言えば電車!

新幹線はその最高峰!


『構わんが……』


先生の許可。


よしっ!


生まれてはじめて乗るよ!新幹線!

指定席、とっていいのかな?

グリーン車ってのも興味あるけどさ、まずは一般車両に乗りたいよね!


車両内部、綺麗で色々あるらしいし。

車内販売というものにも興味ある。


楽しみ!


ちらりと、隣の相方の彼を見た。


彼も、なんだか嬉しそうだった。

多分、彼は新幹線乗ったことあるんだよね。

彼、元々警察官僚の子だし。

それぐらい、あるでしょ。


そんな彼に、新幹線について、聞こうと思った。

私の知らない新幹線の良さについて、彼は知ってるはず。

そのときだった。


『東京駅から外には出ないように』


これを先生が言った瞬間、彼の顔が目に見えて強張った。

こんな彼を見るのははじめてだった。


あ、すごくわたわたしてる。

はじめて見た。


今の言葉、そんなにショックなの?


「……何でですか?」


ものすごく、哀れっぽく聞こえた。

こんな声を出す彼を見たのははじめてだ。


まるで、幼い頃からの夢を打ち砕かれたみたいに。

食い下がる彼に、先生が無情に言った。


『あのな……』


あの周辺は、UGNにも属さない日本で最強のオーヴァードが、目を光らせてるんだ。

守護するためにな。何を?察しろ。


そこにファルスハーツのエージェントであるお前らがウロウロしてみろ。

見つかって、もしファルスハーツエージェントだとバレたら、命は無いぞ?

脅しじゃ無いからな?それぐらい、やばいのがあそこを守ってるんだ。

UGNの要請も、誰の要請も一切聞かず、ただあの場所を守るために。


お前たちは養成所はかつてないほど優秀な成績で卒業したエリート候補生だが、それで天下を取れたなどと思うなよ?

上には上が居て、上には本当の化け物が居る。


任務の最中ならいざ知らず、観光目的でウロウロしてて、見つかって危なくなっても助けなんて来ないと思え。


誰が住んでる場所なのか良く考えろ。



……うん。そんなの分かってますよ。

こんな、16の子供が世界最強なんて、思い上がってませんし。

上には上が居る。もっともです。そりゃそうですよ。


まぁ、負けたこと無いんですけどね。アタシたち。


……彼は、崩れ落ちて、床に手をついている。

すごいショックだったみたい。


絶対に東京駅から出てはいけないって、そんなにショックだったんだ。

何でか分からないけど。


あの周辺で、絶対に行っておきたい場所って何かあるのかな?

彼の傍にしゃがみ込んで、聞いた。


「東京駅から出られないと、何か、まずいの?」


……彼は答えてくれなかった。

全く、見当がつかないんだけど。


国会議事堂?

違うよね?

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