第3話 プロローグFH(1)

『すまないが、仕事以外の仕事を頼みたい』


目の前の人の顔をした靄。

都市伝説『地獄に届くほど深い恨みを持つ人間の前に現れ、代償と引き換えにその恨みを晴らす魔物』

そんな噂から生まれたレネゲイドビーイング。

それがこの靄の正体で、このセルのセルリーダー「先生」の正体。


レネゲイドビーイングとは、レネゲイドウイルスが生命体になった存在で、その発生要因は主に「人の意思」

それは、信仰だったり、愛着だったり、噂だったり。

こういうものが居るに違いない、またはきっとこれには意思があるはずだ。

そういう思いが寄り集まって、レネゲイドビーイングを産む。

無論、例外はあるが、主にそういう要因で生まれることが多いらしい。


先生はそういう、「正当な」復讐の代行、という噂から生まれた存在。(何をもって正当とするかはこの際置いておく)

その先生の言葉では。

通常「仕事」とは依頼殺人のことを指す。


いきなり、相棒の徹子と二人で「教室」に呼び出されてこれだ。

仕事以外の仕事?ちょっと聞くと意味不明だが、僕らにはすんなり理解できた。


ようは、依頼殺人以外の仕事をやれってことだ。


「上の要望ですか?」


『理解が早くて助かる……そうだ』


僕らはこの春から、理不尽に対して憎悪を燃やした人間から、依頼されて殺人を行う「闇の虎」セルの殺し屋として働いているが、やりたいことだけやってて生きていけるほど甘くないのはファルスハーツでも一緒らしい。

普段はセルの方針に従って、僕らは欲望を開放しているけど、ファルスハーツが組織として何かしらデカいことをやる際、増援としてお呼びがかかることがある。それが今だ。


「なんですか?強奪ですか?潜入ですか?それとも殲滅ですか?」


僕の隣で、平然と物騒なことを口にする、僕と同じ高校の、緑色の制服ブレザーを着ている美少女……僕の相棒の佛野徹子(ふつのてつこ)。

肩のあたりで切りそろえた髪型が似合ってて、目の大きさ、唇の薄さで清楚さ、愛くるしさを感じる顔立ち

スタイルが抜群に良く、スレンダーだが、女性として主張するべき個所は平均以上に出ている。

こんなナリだが、恋人はおらず、生涯作る気も無いらしい。


……まぁ、それは僕も一緒なんだがね。


先生は徹子の言葉に応えた。


『強奪だな。東京の方で、1週間後、<賢者の石>がUGN本部に引き渡されるという情報を得た。それを強奪して来て欲しいとの依頼だ』


賢者の石……正式名称レネゲイドクリスタルっていう、あれか……。

レネゲイドウイルスが、まるで鉱物のように結晶化したもので、これを体内に埋め込んで適合すれば、そのオーヴァードの能力が数倍に跳ね上がるという。

しかし、もし適合できなければジャーム化するか、死亡する。

そのメカニズムは解明されておらず、UGNでもファルスハーツでも研究中だ。

サンプルの数は多い方がいいはずだし、それが運び出されるという情報が入ったなら、そりゃ是非強奪しなければ、って話になるハズ。


しかし。


東京……懐かしい。

ファルスハーツに入る前は、近辺に住んでたからな。

今はH県K市在住だけどさ。


「東京……!!」


その言葉を聞き。

徹子が手を胸の前で組んで、うっとりと言った。


「アタシ、東京行くのはじめて!」


……ああ、こいつ。

元々どこに住んでたのか知らないけど、5歳で母親に連れ去られ、10歳まで母親の不倫相手の家で酷い目にあって暮らしていたからな。

どこだろうと、どこにも住んで無いのと一緒の状態だよな。言うなれば。

で、10歳でファルスハーツ入って、16の春に養成所卒業するまでずっと山奥在住だもんな。

そりゃ、期待も高まるってもんかもしれないな。


一応、聞いといてやるか。


「先生、僕らは東京入りしたらまずはUGNの計画の調査ですか?」


『いや、そこまではしなくていい。UGNが3班に分けて賢者の石を輸送するということまでは分かってる。どの班が当たりなのかまでは分からなかったそうだが』


なるほど。

つまり、僕ら以外にあと2チーム、お呼びがかかってるわけね。

それが誰だかは知らないが。


「計画実行の日までは?」


『基本、待機だ』


なるほど。


「観光してもいいですか!?」


隣から、ある意味予想通りの質問が来た。

えらくウキウキしてやがる。


すごくいい笑顔だった。


『連絡はつくようにしておくように』


そりゃそうだろうな。

UGNがいきなり計画変えてくるかもしれないんだし。


「新幹線乗っていいですか!?」


徹子はがっついている。


『構わんが……』


新幹線か……久しぶりだな。

14歳でファルスハーツ入って、ずっと縁が無かったからな。

久々に、乗ってみたい。


自由席がいいか、指定席がいいか……

グリーン車、乗るとまずいかな?金はあるんだけど……


しかし、観光か……


東京タワー、スカイツリー、東京ドームにも興味あるが、もっと、行きたいところがあった。


皇居の一般見学。

平日しかやってないイベントだ。


カタギだった頃、当時は平日は学生だったから行けなかった。

でも、今回は平日でフリーだから行けるはず。


さすがに宮殿内は無理らしいが、かなり見せてくれるらしい。

一度、見てみたかった。


中には売店もあるらしく、ここでしか買えないものもあるんだとか。

楽しみだ。


と、僕も徹子同様、期待に胸を膨らませていると


『東京駅から外には出ないように』


……え?


あっけなく、僕の夢が、打ち砕かれた。


「……何でですか?」


思わず、聞き返してしまった。


先生は、ゆっくりと噛んで含めるように言って聞かせてきた。


『あのな……』


あの周辺は、UGNにも属さない日本で最強のオーヴァードが、目を光らせてるんだ。

守護するためにな。何を?察しろ。


そこにファルスハーツのエージェントであるお前らがウロウロしてみろ。

見つかって、もしファルスハーツエージェントだとバレたら、命は無いぞ?

脅しじゃ無いからな?それぐらい、やばいのがあそこを守ってるんだ。

UGNの要請も、誰の要請も一切聞かず、ただあの場所を守るために。


お前たちは養成所はかつてないほど優秀な成績で卒業したエリート候補生だが、それで天下を取れたなどと思うなよ?

上には上が居て、上には本当の化け物が居る。


任務の最中ならいざ知らず、観光目的でウロウロしてて、見つかって危なくなっても助けなんて来ないと思え。


誰が住んでる場所なのか良く考えろ。


……あああ。


そんなのが、居るのか……。

まぁ、伊達に長く続いている国じゃないってことか……


辛い……


僕は、もう一生、皇居の見学ができない身なのか……。

だって、テロリストだから……。


今日ほど、僕は自分の身分を悲しんだことは無かった。

本当に。


ずっと、見たかったんだ……。


僕は、崩れ落ちた。


「東京駅から出られないと、何か、まずいの?」


東京駅から即行ける代表的観光スポットを、徹子は知らないらしい。

僕の悲しみが、分からんか……。


彼女は僕の傍にしゃがみ込んで、心配そうに見てくる。


……徹子。気持ちは嬉しいけど、ゴメン。


余計、辛い……。

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