第10話 バベル(FH)

今日は相棒の希望で、東京名所・東京スカイツリー……通称バベルにやってきた。


相棒……徹子は目を輝かせている。

そんなに来たかったのか。


服装もだいぶ気合入れてるな。

今日は、ピンクの上着、白のブラウス、紺のスカート。そしてスカートと同色のブーツを合わせていた。


「すごい……」


スカイツリーを見上げて、相棒はうっとりとしていた。目がちょっと潤んでる。


まぁ、気持ちは分からないでもない。

僕もそうだったから。

初めて見たときは。


何せ、頂上が全く見えないんだ。


それもそのはず。


東京スカイツリーは、宇宙空間の静止軌道上に設置された人工衛星とを繋ぐ所謂軌道エレベータ……または宇宙エレベータともいう……で、てっぺんは宇宙空間。

一般観光客は、その途中に設置された展望台までしか入場が許されていないが、そこは成層圏というデタラメぶり。


そこからついたあだ名が、かつて神に挑むために天に届くほどの高い塔を建設したという伝説……バベルの塔から、バベル。


不吉な仇名だけど、そういいたくなる気持ちは分かる。

そういう大スケール意味不明建築物だった。


軌道エレベータまではまぁ、何とか理解できるけど。

成層圏展望台、どうやってんの?

成層圏、重力あるのに、建材の強度の問題、どうやって解決したの?

全く理解できない。


これが、最先端技術というやつか……


「あやと!あやと!早く入ろう!」


相棒の興奮ぶりがすごい。

僕の手をとって、ぐいぐい引っ張っていく。


「分かった分かった。そんなにがっつかなくても」


で、僕らは成層圏展望台入場料1万円……2人合わせて2万円……を払い、軌道エレベータに乗った。

1人1万円は高いけど、そのくらい取らないと、人が集まり過ぎてえらいことになるんだろう。

ちなみに平日料金。休日だと1人5万円だ。ボリ過ぎだ。


第二展望台までなら休日でも1人3000円で済むのに、成層圏まで行くともう、庶民が手を出せるレベルじゃない。


成層圏展望台は地上から約50キロ。軌道エレベータの籠は、そこまで約1時間かけて登っていく。


軌道エレベータのチケットを2人分買ったとき「マジかあの高校生カップル」「女のレベル相当すごいから、あの男子高校生、金持ちの息子か!?」「てか平日昼間になんで居るんだ?」えらく注目を浴びた。


……まずったな。でも、今更しょうがない。

徹子がこんなに喜んで、期待してるのに。

やっぱやめようなんて、言えないし。


軌道エレベータの中は、直径15メートルくらいの円状で。

縁に、椅子が設けられていた。

椅子は指定席。僕らは隣同士の席を買っている。

席を指定せず乗ることも可能で、そっちは1000円ほど安くなる。まぁ、それでも9000円だけど。

ただ、その場合、座席に座ることは許可されない。1時間ずっと立ちっぱなしでいかなきゃならないし、ついでに言うと籠が重量オーバーになった場合、当然真っ先に下ろされるのは立ちっぱ組。


そういうのが5基あって、30分に1回、2基ずつ昇降していた。

4基が観光客用。残り1基は静止衛星直通のエレベータ。


「ドキドキしてきた。1時間後に成層圏かぁ」


二人並んで指定席に座っている。

徹子は明らかにウキウキ顔。


「気持ちは分かるが、あまり注目浴びないでくれ」


無茶言ってるな、と思いつつ、一応。

僕は読みかけの本を取り出して、読みだした。


「分かってるけどさぁ」


僕らは注目を浴びない要素がほぼ無い。

この状況では。

金持ちしか乗らない成層圏行きの軌道エレベータの籠に、ただ一組仲良く乗ってる高校生カップル。

しかもその女の方が、異様に可愛い。

目立たない理由が無い。無茶言ってるのは重々承知しているが、一応。


「あ、また会いましたね?」


すると。

突然、声をかけられた。

思わず、本から目を上げる。


一瞬、自分かと思ったんだが、どうも違うらしい。

相棒……徹子の方だった。


徹子は瞬きをして、記憶を探っている様子。


声をかけてきたのは、丸眼鏡で、長髪を三つ編みにした少女だった。

水色の上着に、青いジーンズ。背中に灰色のリュックを背負い、青いハンチング帽を被っている。


……誰だ?


徹子とはずっと一緒に居たから、自分も会ってるはず……僕も記憶を探ったが、思い当たらない。


「覚えてませんか?昨日、業務スーパーで会いましたよね?」


「あ!」


その一言で、徹子は思い出したらしい。

僕も、合点がいった。

道理で知らないわけだ。あのときは別行動だったもんな。


「ああ、あのときの!」


「偶然ですね」


二人は会釈した。

すごい偶然もあったもんだ。


こんな、和服を着た頭に痣のある老人だとか、鷲鼻の、高級そうなスーツ姿のおっさんだとか。

一目で金持ちと分かる人間の群れの中で、偶然出会うなんて。


「今日、創立記念日か何かですか?」


丸眼鏡の少女は聞いてきた。


「あ、実は家の法事で」


事前に打ち合わせていた理由を徹子は口にする。

もし何で平日に街に居るの?って聞かれたらそう答えようって。


「折角だから東京観光してこいって、親戚の人に」


「こちらの人は、ご兄弟でしょうか?」


僕を目で指して、丸眼鏡少女。

それに徹子はこう答える。


「いえ、婚約者です」


おい!!

何しれっと勝手なこと言ってんだ!!

そこ、従兄弟ですということにしようって決めただろ!!


口には出せないが、目で抗議する。


徹子はそれを見て、ニヤリと笑った。

こいつ、この状況だと自分に合わせるしかないって分かってて、あえて嘘こきやがったな。


「今日は彼の親族にご挨拶するために、わざわざ休みをいただいて東京まで出向いて来たんですよ。彼の家、色々ややこしくて。嫁入りする女は法事でいろんな儀式を踏まなきゃいけないらしくて」


しれっと流れるように作り話をしていく徹子。

ウソ発見器にかけても反応し無さそうなくらい、淀みが無い。

こいつの演技力、胆力がすごいのか、前々から考えていたのか。あるいはその両方か。


「だよね、あなた?」


「……わざわざ休みまで取らせて、すまないと思ってるよ。でも、一族のしきたりだからね」


しょうがないので僕は合わせることにした。

ここで否定したらややこしくなるだけだ。


丸眼鏡少女は、ほへーという顔でこっちを見ている。

現代でも、そういう複雑なしきたりを抱えている一族って存在するんだ、みたいな顔で。


どうやら、騙せているようで何より。

東京近辺在住の女の子に嘘を吐いても、後々その嘘で窮地に追い込まれることはまぁ、ないだろうし。

この場さえ凌げれば。


「複雑なお家なんですね。……とすると、やっぱお見合いですか?」


「はい」


丸眼鏡少女の問いに、徹子はそう答えた。

ある意味、嘘は言ってない。


こいつとの同居は、ファルスハーツに強制的に決められたことだし。

で、今の関係もそこから来てるわけだし。

ある意味、お見合いだ。


「そうなんだ。お見合いで。へーっ」


感心したように丸眼鏡少女。

よっぽど、彼女の中のお見合いのイメージと、僕らの様子がかけ離れていたのだろう。


「お見合いでも、後からだって好きになれるんです。アタシたちみたいに」


「アタシたち、お互いの家の意向で、1年間同居しなきゃいけなくなって」


「そして1年過ぎたら、お互いに大好きになってたんです。だから、これでいいんですよ」


徹子は、家の事情で見合いさせられ、その後強制同居。

でも同居を1年したら、なんだか互いに大好きになってたから、それでいいんだというカップルの女を演じている。


笑顔がとっても自然だった。

ある意味嘘吐いて無くて、ある意味真っ赤な嘘。

嘘の吐き方としては上級か。


こいつ、凄いな。


丸眼鏡少女は、その一言に感銘を受けたらしい。


「良いことを教えてくださってどうもです」


ペコリ。

彼女は僕らに頭を下げ


「では、ごゆっくり。スカイツリーを楽しんでください」


去っていった。


それを見送る僕ら


「……信じたかな?」


ぼそり、と徹子。


「……多分」


と僕。


「……ゴメン。ちょっとテンション上がり過ぎて調子に乗っちゃった。……今、変な気分になってる」


見ると、徹子の顔が紅潮していた。


そのとき。

軌道エレベータが上昇を開始した。


徹子が、僕の手を握ってきた。

僕はその手を握り返す。振り払う気は、どうしても起きなかった。




成層圏展望台。


窓の外は、雲が存在しない。暗い空。

眼下に雲海。

ここは地上50キロ以上。


通常ならロケット、飛行機でないと到達できない高度。

そんなところに存在する、常識はずれの展望台。


円形の広場で、軌道エレベータが到達し、ドアが開くと僕らはそこに出た。


「すごい!!」


徹子が窓に張り付いている。


「わー!!地球丸い!」


「宇宙が見える!!」


「すごいすごい!!」


すごいを連発しはしゃぎ回る徹子。

かくいう僕も、この成層圏展望台に登るのは初めてだった。

さすがに、1人5万円は僕の実家でもおいそれと出せる額じゃ無かったから。

僕が上らせてもらったのは地上の一般的な展望台までで、この成層圏展望台に来るのは今日が初めてだ。


しかし……


知識として成層圏ってどういうものかは知ってたけど、実際に見るとやっぱり違うな。

正直、来てよかったと思う。


良いものが見れた。


成層圏からの光景と。


「来て良かったね!」


僕を振り返って、笑う。


……こいつが喜ぶところが見れたから。

折角の旅行なんだし。

相棒なんだから、楽しませてやりたいから。

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