第14話 その後

「……確かに。ぼっちゃんお嬢ちゃん、お疲れでやす」


僕らは、打ち合わせ通りに廃屋に居た。

ここが、僕らの受け渡し場所。


奪ってきたものを、組織に、ファルスハーツに引き渡す。


先生が作った空間の穴……ディメンジョンゲートから出てきたおじさん……僕らの連絡係をしている、エグザイルピュアブリードの人……の手に、僕らは奪ってきたアタッシュケースを手渡した。

これで任務完了だ。


あとはおじさんたちがやってくれる。


中身は本物の……はず。

残留思念を誤魔化す方法、ちょっと僕には思いつかない。


少なくとも、このアタッシュケースがあのUGNチームの護送対象だったことだけは確かだ。


「で」


おじさんが去っていく。

そこで、後ろで相棒が聞いてきた。


「……帰りはどうする?」


そんなの、決まってるだろ。


「このまま、ディメンジョンゲートだ」


それ以外無い。


僕らは犯罪行為を犯したわけだから、一刻も早く現場から離脱しなきゃいけない。

だったら、ディメンジョンゲートで一気に帰るのが一番良い。

疑いようのないことだろ?


「……新幹線で帰らないの?」


無茶言うな。


「首都圏で、賢者の石強奪をやらかしておいてか?」


「……ちぇー。分かった」


相棒は、納得はしてくれた。


そんなにまた新幹線に乗りたかったのか。

どんだけ気に入ってんだよ。


思わず、クスリとしそうになったが


……あぁ、そうだ。


僕はディメンジョンゲートに飛び込みながら、言っておかなきゃならないことを思い出した。

とても、とても大切なことだ。

言わなきゃな。


言いたくないけど。本当は。

思い出して、気が沈んだ。

自分が、情けない。




「徹子」


セルのアジトである「教室」に着いて。

アタシがうっとおしくて暑苦しい覆面をようやく外していると。


相方が声をかけてきた。


「何?」


振り返って彼を見る。


彼も、覆面を外していて。


今の彼は、すまなさそうな顔をしていた。


「僕は、お前に謝らないといけない」


……?

何を?


「何で?アタシ、別に新幹線で帰れなかったこと怒ってるわけじゃ無いんだけど?」


ちょっと、思い当たることが無かったから。

とりあえず、直近でアタシが不満をもらしたことかなと思った。


でも、違ったんだ。


「……今日、僕はお前を危険に晒した。油断、っていう下らない理由で」


え……?


彼の話を聞いて、アタシは凍り付いた。

UGNの隊員で、アタシに時の棺をかけることが出来たヤツがいたらしい。


時間を止められた当のアタシは、全然気づいてなかった……!


マジで……?

アタシ、音速超えて動いてたんだよ……?


……そんなすごいヤツが、あの中に居たの?


ハヌマーンでもないのに、アタシを視認できるのは彼ぐらいだ。

そう思っていたのに……!!


「幸い、相手の狙いが『鏡の盾』による相撃ちだったから、何もされずに済んだけど」


「下手すると、あそこでお前を仕留められていたかもしれない」


「お前があそこで停止させられるはずがない、って思い込んでて、驚きのあまり、停められているお前を、僕は守りに動けなかった……」


「すまない……こういうときに素早く動けてこその相棒なのに……!!」


苦しそうに、彼はそう言った。

自分の判断ミスがアタシを危機に晒したと、悔いてくれてるのか……


……


………


こんなこと思うの、最低なんだけどさ。


メッチャ、嬉しかった。


命の危険、ゾッとしたのもあったんだけど。

彼がアタシの身を案じて、自分のミスを悔いているのが……


どうしようもなく、嬉しかった。


ホント、最低。

彼が苦しがってるのが嬉しいなんて。

後悔してるのが嬉しいなんて。


でも。


彼には真っ当に「愛してる」って言ってもらえないし。

私も真っ当に「愛してる」って彼に言えない。


言っちゃだめだ。言う資格が無いんだ。

それを、あの日二人で納得して決めたから。


……だから、余計嬉しい。

彼に気遣われるのが。

彼に心配してもらえるのが。

彼に、アタシの存在を見つめてもらえるのが。

彼に、アタシの死を恐れてもらえるのが……


だめだ……表情……崩れちゃう……!

愛されてるって、どうしても思っちゃう……!


耐えられないものがあったから。

アタシは決断し、彼の胸に飛び込んで、強く抱き着いた。

アタシは全身で彼を強く抱きしめた。


「ちょ!」


それはまずいだろ、と言いたげな彼に


「うるさい!!ハグくらい親子でもやるでしょ!!親友ならこれぐらいフツー!!」


一喝してやった。

彼の背中に手を回し、ますますきつくしがみつく。

密着して、身体を融合させる勢いで。


「こんなのでキョドるのは、アンタが童貞だからよ!!」


顔は見ない。

ニヤケ顔見せたら、説得力無くなるし。


まぁ、言ってることメチャクチャだから、説得力もクソもないかもしれないけど。


「……そうなのか?」


「そうよ!!」


言い切ってやった。

文句なんて、言わせないよ!!




『……残念です。信じていたのですが』


モニタの中の霧谷日本支部長の声と表情は、硬かったです。

私たちは、S県支部の一室に集められ、治療を施された状態で、あちこち包帯だらけでモニタの前で整列していました。

全員、その表情は暗くなっています。


当然です。


最重要任務に、完全失敗してしまったんですから。


奪われた賢者の石が本物だったのかどうかは分かりません。

でも、そんなの関係ありませんし。


重要任務を与えられ、それを完全に失敗させた。


それだけで、責任を追及されるには十分ですよ。


『報告書は、読みました。襲撃者は異様なレベルで錬成を行える上、異様に頭が切れ、武術の腕も立つ男のモルフェウスシンドロームオーヴァードと、恐ろしい速さを誇る女のハヌマーン/エンジェルハィロゥのオーヴァードのコンビですか』


霧谷日本支部長の声と表情は、硬いままでした。


『……UGNの情報には、そんなオーヴァードの情報はまだ無いですね。おそらく新人か、もしくは相当慎重で、これまで誰にも姿を見せてこなかったか』


『どのみち、恐ろしく腕の立つ相手なのは確かですね。あなた方の実力は評価していましたから……』


労うような響きはほとんどなく。

事務的な雰囲気で、霧谷日本支部長は続けます。


『さて、今回の失敗ですが……』


「私の責任です」


ハッキリ言って、マナー違反です。

上司の言葉を遮るなんて。

いや、マナー違反って言葉で許されないかもしれません。


でも、黙っていられなかったんです。


他のメンバーは何も言いませんでした。

あの後。


でも、内心思ってたはずです。


何故、あそこで『時の棺』を使った!?

あれで全て狂ったじゃないか!!


って。


ここで黙ってて。

私を不憫に思った彼らに庇ってもらって安心するなんて……


もしくは彼らにわざわざ手を汚させて、「仲間を断罪し処罰した」と要らない罪悪感を抱かせるなんて……


私には出来ませんでした。


私の始末は、私でつけたかった。


「私が、仲間を信じないで、勝手な行動をして混乱を呼び、作戦を完全失敗させました」


だから言いました。本当のことを。

ハッキリと、堂々と。


大きな失礼になると分かっていても。

霧谷日本支部長の口から、原因追及の言葉が出る前に。


「そんな!!センパイ!!違うんです!センパイはただ、私を守ろうと……!」


ゆりちゃんが、私の告白に被せて言ってくれました。

庇ってくれるんですね。でも……


「ゆりちゃん……ありがとう。でも……」


彼女に深く頭を下げて。

顔を上げ。


彼女の目を見て、言いました。


「お願いだから、これ以上、私を惨めにさせないで欲しい……!!」


私は庇われたくなかったんです。


そしてそのしばらく後。


私の「H県T市支部勤務」の辞令が下りました。

辞令が出たとき。


ゆりちゃんが泣き崩れたのが申し訳なかったです。

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