第8話 クッキングタイム(FH)
「アンタさ」
アタシは台所で鯛のアラの下処理(塩降り、熱湯処理、洗い)を行いながら、またなんか作業を再開している彼に問いかけた。
「アタシ居なくなったけど、ちゃんと食べてるの?」
アタシと一緒に暮らしていた時は、三食ほぼアタシのご飯を食べてたからなぁ。(お昼だけ食堂。休養日は別だけど)
彼曰く「僕より遥かにお前の方が料理上手いから、食事当番お願いしたい。代わりに家の共有部分の掃除は僕がやる」だったし。
そうはいいつつも、彼のことだから、料理が全くできないってわけじゃないのは分かってるけど。
「食べてるよ。毎日鍋がおかずだ」
彼の声は落ち着いている。
鍋は作るだけなら簡単だし、栄養素の確保も楽だから、と彼は続けて。
「正直お前の料理に比べると、餌もいいとこだと思うけどね。しょうがない」
……
あー、はいはい。
そういうの、ホント何考えてんの。
言い出したの、アンタだし。
アタシは納得しちゃったから、泣く泣く従ったってのに。
アンタがそういうつもりなら、こっちにも考えはあるんだからね?
「ねぇあやと」
下処理の終わった鯛のアラを野菜と一緒に鍋に放り込んで火にかけて。
手を洗って、手を拭きながら。
言ってやった。
「ままごとしよう」
「は?」
いきなり言われた彼の顔が面白かった。
ざまぁみろ。
絶対、テレさせてやる。
「はい、あなた。あーんしてください」
アラ汁が完成したので。
アタシは彼と一緒にテーブルについて。
アタシはニコニコしながら、アラ汁の鯛のアラの身を彼に箸でとって差し出した。
彼とアタシは友達。
そういうことになってる。
友達だったら、ままごとしても変じゃ無いよね。
だって小さな子供はやってるじゃん。
大きくなったら小さな子供のやる遊びはしちゃいけないって誰が決めたの?
いや、そもそも、ままごとをやってはいけない年齢の境界線って何?
恥ずかしいからやらなくなるだけだよね?
アタシ、あやととままごとしても恥ずかしくないなぁ。
彼の言いそうなことを理由に並べてやった。
彼は反論しなかったが、受諾もしなかった。
なので「じゃあアタシが勝手にやろっと」と言って、今。
「どうしたんですか?食べないんですか?妻があなたのために一生懸命作ったのに」
意識して甘えるように言ってやったら、彼は閉口していた。
その表情にゾクゾクする。明らかに困ってるから。
ざまぁみろ。
いつもいつも、気を配りやがって。
もっとDVしろっての。モラハラしろっての。
アタシを遠ざける努力をしろっての。
嫌がらせしてんのかとずっと思ってる。
ちなみに肉体的接触は無し。
それはままごとじゃない、ってツッコミが絶対に入るって予想できるし。
あくまで甘えるだけ~。
あなた呼びするだけ~。
口元に突き付けてしばらくして。
さすがに食べないわけにはいかないと思ったのか、彼は食べた。
パクリ
クチュクチュ。ゴクン。
「……生臭さが全然無い。美味いな。ありがとう」
咀嚼して飲み込んで、味について一言。
言ったときの表情。
明らかにテレていた。
……やった!
アタシは勝利を確信し
ドキドキドキドキ
……あれ?
あれれ?
やだ……アタシ、すごく嬉しい気分になってる……
このままじゃ……マズイ……
また、おかしなことを口走ってしまいそう……!
あのとき、アタシ「結婚指輪の代わりに爆弾首輪をつけて!」って言って文人に求婚したんだっけ。
あれ、本気で言ったんだよなぁ……。
絶対、引かれたと思うんだけど。
後から思うと。
「……どうした?」
アタシが俯いていると、彼がそう声を掛けてきた。
「……ゴメン。この遊び、無しで。アタシの方が正気じゃ無くなりそう」
言って、アタシは彼に食べさせるのを止めて、自分の口に自分のアラ汁の具を運んだ。
食事が終わって、片付けも行い。(養成所での習慣で、彼が片づけをした)
お風呂にも入った。
お風呂、シャワーしか無かったけど。
浴室のタイル、どうみても新品。とっても清潔な浴室。
明らかにおかしかった。
絶対、錬成してるよなぁ。
シャンプーは無くて、石鹸のみ。
シャンプー関係は明日買ってくるしかないかな。
で、シャワーで身体の汚れを落として。
「お風呂、空いたよ」
バスタオルで髪を拭きながら、赤いパジャマ姿で彼に告げる。
言われた彼は、自分の寝間着持って立ち上がり。
「畳の部屋で寝てくれ」
すれ違いざまに彼は言った。
見ると、畳の部屋に布団が一組敷いてあった。
枕は……ひとつ。
だよねえ。
もう一組布団はあるので、多分彼は居間を片付けて、そこに布団を敷いて寝るつもりなんだろう。
……
………
ちょっと、思うところがあった。
「電気、消すぞ」
案の定。
彼は居間を片付けて。
自分の分の布団を敷いて、潜り込んで。
リモコンで、電灯を切った。
電灯を錬成するときに、そこまでハイテクに変えてたか。
真っ暗になる。
アタシは自分の分の布団の中でしばらく横になってたけど。
意を決して、アタシは枕をもって立ち上がる。
自分の布団を抜け出して。
ちょっと、失礼。
「……おい」
咎められた。
まだ寝てなかったらしい。
ちっ。
彼の布団に潜り込もうとしたんだけど。
思いっきり気づかれた。
「それはさすがにまずいだろ」
全力で拒否られたが
「どして?別にアンタを襲おうとしてるわけじゃないから、いいじゃん。親友でしょ?」
アタシは強引に押し通す。
「……そうだけど」
「親友なら、添い寝くらい普通だよ」
勢いでそこまで言うと、いきなり布団が大きくなった。
どうも、彼が布団をダブルサイズに錬成したらしい。
問答するのが面倒なので、妥協案ってところなのかな。
……まぁ、いいけど。
アタシの狙い、そこじゃないし。
そのまま、アタシは彼の隣で枕を並べて、寝ていた。
彼には指一本触れようとしないで。
しばらく待って、聞いた。
「……寝た?」
「……起きてるよ」
返事があった。
「明日はどうするの?」
「一番行きたかったところは侵入不可だったから、お前の希望優先でいいよ」
なんかけだるげ。
意識を手放しつつあるのかもしれない。
「じゃあ、スカイツリー行きたい」
「あぁ、『バベル』ね。いいよ」
バベルって呼ばれてるのか……スカイツリー……。
何でなのかな?
そこで会話が止まり。
また、しばらく待った。
で、聞いた。
「……寝た?」
返事が無かった。
……どうやら、寝てるみたい。
彼の呼吸音、穏やかで、一定だし。
……アタシは、やりたかったことをすることにした。
寝てるんだから、これは独り言。
独り言で言うんだから、いいよね?
言いたかったんだ。
彼の傍で。
「あやと……」
噛みしめるように、言った。
「愛してるからね。この世で唯一……」
「おやすみ……」
そして、アタシも寝ることにした。
彼と一緒に行くスカイツリー。楽しみだから。
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