第7話 宿舎で(FH)
所々錆が浮いた金属製の階段を上がって、2階に到達。
アタシは先行する相方の後ろについていった。
相方はごそごそと脚のポケットから鍵を出し。
ちなみにギザギザキー。
ディンプルキーじゃない。
だよねー……。
それを差し込んで、相方が宿舎の部屋を開錠してくれた。
相方が先に入る。
普通なら、アタシを先に入れるんだけど、場合が場合だからね。
こういう心遣い、嬉しいからムカつくわー。
あのとき、断ったくせに。
封印しなきゃいけないのは分かってるんだけど。
アタシを落としたいのか、遠ざけたいのかどっちなのよ!?
相方に続いてアタシも入った。
中は暗かった。
相方は玄関すぐ横の小部屋に入り、何かを操作。
すぐに明かりがついた。
どうやら、ブレーカーを上げたらしい。
中が確認できた。
……うわぁ
畳。ボロボロ。
照明の電灯、フードに埃わんさか。絶賛点滅中。
壁紙。剝れかけ。
フローリングの床。傷だらけ。
見た感じ、1LDKっぽい。
お風呂とトイレあるのかな?あるならできれば別々がいいけど……。
10畳あるかないかの洋室のリビングに、和室6畳。
そういう間取り。
リビングの端っこにキッチン。
換気扇を確認……汚れてギトギト。
うわぁ……
「ちょっと待ってろ」
小部屋から相方が出てくる。
和室に入った。
畳ボロボロの和室に。
しゃがみ込んで、手をつく。
一瞬後、なんということでしょう。
ボロボロの畳が、新品の青畳に。
ボロボロの畳を、新品の畳に錬成。
それを6枚分、パパっとやっちゃう相方。
「よし」
ボロボロの和室が、畳だけ新品になった。
続いて、壁紙の剝れかけている壁に触り。
一瞬後、なんということでしょう。
ところどころシミが浮き出ていた汚い壁紙が、新品の白い壁紙に。
「なんとかなりそうだな」
壁紙の剝れて浮いてる部分に手を這わせると、まるで瞬間接着剤でつけたみたいにピタリと張り付く。
「よし」
よし、じゃないでしょ。
アンタ、コードネームドラ●もんにしなさいよ。ホントに。
……ああ、そういえば。
建造物を破壊して、それをバレないように直す方法について研究してるって、前に言ってたっけ。
鍵開けがどうしても出来ないときに、物理的にドアを壊して入室後、そのドアをバレないように錬成で直せないか?ってテーマで。
結論としては出来るけど、錬成センスがかなり問われるって言ってたなぁ。
それで、畳とか壁紙とか、やっちゃったんだ……。
……
あーもー、この相方。
反応に困る。
アタシが彼を見ていると、彼は言った。
「部屋をマシにする作業をやっとくからさ」
相方は、和室の電灯を点けようとして、点かない事に気づき、電灯を外す作業に入りながら。
「晩御飯の方、お願いする」
電灯をバラす作業に入りつつ。
道中に業務スーパーあっただろ?そこで材料買ってきて。
彼はそう言った。
はいはい分かりましたよ。
アタシは料理担当ね。
養成所に居たときは、1年以上そうでしたからね。慣れたもんですよ。
外に向かいながら、アタシは聞いた。
「何かリクエストある?」
「何でもいい」
テキパキテキパキ。
作業の手を緩めず。古くなった電灯を新品に錬成し直していきながら。
はい、来た。
典型的困る台詞。
言ってやることにした。
「……そういうのが一番困るっていう話、聞いたこと無い?」
「……僕がお前の料理で文句言ったことあったっけ?」
「……無いけど」
「じゃあ、いいだろ」
く~~~~~っ!!!
何でもいいって言って、ホントになんでもいいんだね?
じゃあ、なるべく珍しいものを作ることにするもんね!
さっきやり込められた悔しさを晴らすように、アタシは業務スーパーで材料を探した。
……鮮魚コーナーで、鯛のアラが大量に売れ残っていた。
半額になってる。
まぁ、魚のアラあるあるだねぇ。
……閃いた!
よし。アラ汁にしてやろう。
魚のアラは下処理要るから、多分効率重視の彼の食卓には基本上らないはず。
これだわ。
4パックほど籠に放り込んでいると、隣に居た女の子と目が合った。
結構可愛い子。
年齢は、アタシと同じくらいかな?
丸眼鏡で、三つ編みの、大人しそうな女の子。
服装は、ブルーのシャツにブルーのズボン。
この子、青っぽいイメージあるから、青は似合ってると思った。
目が合ったので、会釈した。
「どうも」
「こちらこそ」
ちょっと意味不明の挨拶。
でも、とっさに出たのがこんな言葉だったんだよね。
この子も魚のアラがご所望のようだった。
鮭のアラを2パックほど、籠に放り込む。
あ、手を出しちゃうんだ……
この子もそこそこやるんだね……
魚のアラは、失敗すると寝込んでしまう食材。
それに躊躇なく挑むなんて。
S県のJK、やるじゃん。
去っていくS県JKの後ろ姿を見守り、アタシは称賛を贈った。
今日の晩御飯のメニューは、鯛のアラ汁。
鯛のアラを買った後、アタシは一緒に煮込む野菜を買い、調味料を買って、最後に1週間分の米を5キロ買って業務スーパーを後にした。
結構大荷物。
出かける前に台車でも彼に錬成してもらえば良かったかな~?
ま、アタシも戦闘員の訓練受けてるんで、このくらいでへばったりはしないんだけど。
宿舎に帰り着くと、部屋は見違えるようになっていた。
電灯は新品になって明るくなってるし。
フローリングの傷、消えてるし。
換気扇、どうみても新品になってて、ギトギトが無くなってた。
他にも、家具が明らかに増えていた。
テーブルとか、椅子とか。
食器棚とか。布団とか。
誰の仕事か明らかだった。
「おかえり」
彼が、畳の部屋で大の字になって、寝ていた。
大活躍だ。
彼の頭の横に、炊飯器が出ていて。
ちなみに10合炊きのやつ。
現在動作中。予約で午後6時にセットされていた。
「米は持ち込んでた。炊飯器も」
それを指摘すると返ってきた返事がこれ。
あ~、う~ん。
そういうことはさ、先に言っておいて欲しいんだけど。
彼は、アタシがお米を5キロ買ってきたことに気づいたみたい。
「……悪い。忘れてた。言うべきだったな」
珍しいうっかりだね。
いつもはソツないのにさ。
まぁ、いいよ。
それだけ一生懸命やってくれたんでしょ?
「別に。いいから。この米、帰ってから使うからアタシの荷物に入れといて」
そう、彼に言って買って来たばかりの米を手渡した。
アタシはしばらくぶりに自分以外のために台所に立った。
養成所ではずっと同居してたけど、養成所を卒業して、H県の高校に潜伏して闇の虎セルの構成員として働くことになったとき。
住む場所は別々にしようって二人で決めたから。
だって、そうしないと封印しないといけない気持ちがますます育っちゃうし。
それはまずいだろう、って二人の結論。
でも、ずっと自分以外の誰かを想って台所に立ってたから、いきなり彼が生活から消えて。
寂しかったのはある。
だから、今日のことはちょっと嬉しい。
……では、道具を確認しよっかな。
始める前に。
流し台の下の戸を開けて、中の包丁立てを見る。
……万能包丁、出刃包丁、パン切り包丁……。
3本の包丁、全部、新品。
まな板。
清潔そのもの。これも新品。
鍋。
片手鍋2つ、大鍋1つ。フライパン1つ。
これまた新品。
お玉、木べら、菜箸、フライ返し。
新品。
で、かなりでっかい冷蔵庫一基。
有名国産メーカー製。これも新品。
これ、前に彼の家にお邪魔したときに、そこで同型機種を見た覚えが。
……全部、彼の錬成品だな。
見ただけで分かっちゃった。
やっぱアンタ、ドラ●もんだってば。
水道を見た。
ご丁寧に、浄水器までついていた。
……こんだけやれば、そりゃ終わった後畳の部屋で寝ちゃうかもね。
仕事細かいわ~。
そこで、ふと気づく。
「あ、エプロン無い」
それに気づいて言うと。
「すぐ作る」
しんどいはずなのに彼は起き上がって、アタシが買ってきた買い物のレジ袋を手に取って。
緑色のエプロン錬成。
「ほら」
手渡してくれた。
アタシは受け取る。
「……ありがと」
……一家に一人は欲しい人だ。
まぁ、アタシの場合はそれだけじゃないけどさ。ホントはね。
あ~あ。
ホント、彼と結婚できるならしたかったよ。
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