第3話(後編) 力を与えたいヤツがいないので、環境を変えてみる

「リネット・リーゼロッテと申します。よろしく」


 クラスに、編入生がやってきたのだ。

 つややかな金髪、意思の強そうな瞳、凜とした美しさ……他の人間とは、雰囲気がまるで違う。

(こ、この子、僕の求めていた人材かもしれないぞ)

 その直感は、すぐに現実のものになった。

 放課後——

 人気ひとけのない校舎裏。僕はゴリアテたちに裸で逆さ吊りにされ、殴られたり鼻からミミズを食わされたりしていた。

「ちょっと小便だ。お前らついてこい!」

 へい! とゴリアテに従う、取り巻きのA&B。

(今日はいつもより優しいな。僕に小便ぶっかけないんだ)

 そんな事を思いながら、蓑虫みのむしのように吊られていると……

 編入生リネットが現れた。学内の見学でもしていたのだろうか。

「あ、あなたはクラスメイトの! なんて酷い……すぐに助けます!」

(おお、気高い!)

 だが編入したばかりで、僕の状況を知らないのかもしれない。少し脅してみよう。

「ふぇえ……リネットさん……君もいじめられちゃうよぉ……ゴリアテ君は大貴族の子弟だし、B級冒険者に匹敵するくらい強いんだよぉ。取り巻き二人も……」

 我ながら凄い説明口調で、ゴリアテ達がいかに恐ろしいかを語った。

 だがリネットは全く、ひるむ様子はない。

 僕を木から下ろして、縄をほどいてくれながら、

「大貴族? 強い? それがなんですか。間違っているものは、間違っているのです」

(素晴らしい)

 おまけに、こんな事も言ってくれる。 

「目の前で苦しむ人を救えないなら、私の夢など、とうてい叶えることは出来ません」

「君の夢?」

「腐敗した、この国を変え——」

 リネットは、ハッと口を押さえ、

「……いえ、なんでもないわ」

(いいねぇ!!)

 腐敗した国を、変えるのが夢か〜。そういう、スケールの大きな人間を待っていたんだ。

 感動していると、ゴリアテたちが戻ってきた。

 巨体から怒気をみなぎらせ、

「おい転入生……何でアルドを助けてんの? 勝手なことしやがって」

「勝手、ですって?」

 リネットは一歩も退かず、己よりはるかに大きなゴリアテを見上げ、

「勝手なのは貴方のほうです。他者を全くかえりみず、それどころか痛めつける。恥を知りなさい!!」

(おおぉ……!)

 いい度胸! 気高いわー。早く力、与えたいわー。

「ゴチャゴチャ、うるせーんだよ!!」

 ゴリアテと取り巻きA、Bが、剣を抜き放った。練習用のため刃は潰してあるが、鉄製のため頭を殴れば普通に死ぬ。

 仕方ありませんね、とリネットも剣を抜いた。

(頼むぞ)

 僕は祈る。リネットの勝利を——

 ではなく。

(どうか……ちょうど良い弱さであってくれ)

 あまりにリネットが強すぎると、困るのだ。

 程よくやられて『私にもっと力があれば』とか思ってくれないと、力を与え甲斐がいがない。

 ——だが。

 リネットはここでも、僕の期待に応えてくれた。

 取り巻きA、Bは倒したものの、ゴリアテに苦戦しまくっている。剣をたたき落とされ、何度も打たれ、こう言うのだ。


「くっ! 私にもっと力があれば!」


(僕が求めていた人材にも、程があるだろ……!)

 僕はリネットとゴリアテに見られないよう、超高速で近くの大木に登った。ポッカリあいたうろに手を突っ込む。

 取り出したのは、レイヴンに変装するための服や仮面。

 いつでも『力が欲しいか』ができるよう。学内のあちこちに同じものを隠している。

 それらを身につけ(ちょうど全裸だったので楽だった)、リネット達のもとへ戻る。

 彼女は膝をつき、追い詰められていた。

「どうして……私はこんなにも弱いのか……!」

 無力さに打ちのめされ、歯を食いしばっている。

 ゴリアテも、いい仕事をしてくれている。イヤらしく笑い、剣を振り上げ、

「生意気言うからこうなるんだよ! らいなァ!」

 リネットめがけて振り下ろした。よし、今だ!


(【停止】!)

 

 僕とリネット以外の時間を、一分間止める。

 そして……風魔法で浮遊し、戸惑っているリネットを見下ろす。

 大塚明夫さん風の声を作り、


「力が…………欲しいか…………」


「あ、あなたは!?」

「我が名は……レイヴン……」

 リネットは、石像のように止まっているゴリアテなどを見て、

「これ【停止】ですよね!? すごい。こんなに長く時間を止めていられるなんて……!」

 よしよし、驚いてる。

「レイヴン殿。貴方は、私に力をくれるというのですか?」

「そうだ……」

 風魔法で、マントを程よくなびかせながら、 

「己の無力さを悔やむ、貴様の声にこたえ……我は現れた……」

「そうだったのですか」

 ホントは僕の方が、君のような人材を待っていたんだけどね。

 そしていよいよ、本題に入る。

「さあ弱き者よ……貴様に力を与えよう……」

 これから、リネットを付与魔法で思いきり強化する。大きな夢のために、存分に使って欲しい。

 それでこそ『力が欲しいか』をやった甲斐があるというものだ。

(長かった。本当に長かった……! ついに最高の人材に、力を与えられる!)

 大喜びする僕の耳に、思わぬ言葉が聞こえた。


「いえ、結構です」


(は!?)

 僕は動揺を悟られないよう、ゆっくり尋ねる。

「……なぜだ……」

「安易に力を得ると、道を誤るおそれがあります」

(うっ)

 確かにそういう人間、沢山いたけどさ。力を与えたとたん、姉上を速攻でレイプしようとした奴とか。

 僕はあきらめず、力を与えようと説得を続ける。

「考え直す気は……ないのか……」「最強の力が欲しくはないのか……」「こんなチャンス……滅多にないぞ……」 

 後半は焦る余り、契約を急ぐセールスマンみたいになってしまった。

 あと、キャラ的に、ゆっくり話さないといけないのがもどかしい。

 モタモタしてる間に、一分が過ぎ……

 再び時間が動き出してしまった。再び【停止】を使うには、ある程度インターバルをとらねばならない。

「うぉ!? なんだてめぇ!?」

 ゴリアテが僕を見て、目を丸くする。彼からすれば、黒衣の男が突然現れたように見えるだろう。

(う〜ん……どうしようか……)

 どうすれば、リネットは力を受けとってくれるかな。

 あ、そうだ。

(もっと力を見せたら、どうだろう)

 僕がゴリアテを完膚なきまでにボコボコにすれば、感銘を受け『私に、力をください』と申し出てくれるのではないか。

 そうしよう、と思った瞬間。

「邪魔だ!」

 ゴリアテが剣を振り下ろしてきた。それを僕は、人差し指一本で受け止める。

「な……に!?」

 驚愕するゴリアテを、蹴り上げる。その巨体は、二十メートルほども高く舞い上がった。

 それを追って僕も飛翔。近くの木の枝を折り、それを剣の代わりにして、

 

 面、胴、小手、面、小手、胴、胴、小手、面、面、面、突き……

 

 などと、五十発ほど打ち込む。転生前に実家で習った剣術である。

 ゴリアテが地面に落ちてきた時には、ボロ雑巾のようになっていた。

 リネットは全身をワナワナと震わせ、

「わ、私が大苦戦したゴリアテ君を……赤子の手をひねるように……」

 そして僕を、すがるように見つめてきて、

「お願いです! 私に力を!」

(きたぁ!)

 ようやく、リネットに力を与えられる!

 喜ぶ僕。その耳に、またも信じがたい言葉が聞こえた。

 

「私に、力をお貸しください!」


 ……ん?

 貸す?

「貸す……とは……?」

「戦い方を、教えてほしいのです」

 リネットは、胸に手を当てて懇願こんがんしてくる。

「私を、弟子にしてください!」

「なんでだよ!!」

 キャラも崩して、叫んでしまった。

 落胆した僕は、リネットの熱意に押されてうなずき、弟子にしてしまった。

 何故こんな事に……

(ただ、リネットが素晴らしい人材なのには、変わりない)

 力を受け取ってくれるよう、努力は続けよう……はぁ。


 余談だけど、用済みになったゴリアテ、取り巻きA&Bは証拠も残さず殺しておいた。

 僕はいじめられた時、やられたこと全て記録をとっていた。

 それを寸分違すんぶんたがわず、やり返しただけなのに滅茶苦茶泣いてたな。泣くくらいなら、やらなければよかったのに。




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