第8話(後編) 力を与えたい子と、里帰りすることになった
●
僕は母上をそっと下ろし、立たせた。
「大丈夫か、ご婦人」
「は、はい……」
気丈に言う母上。だがその体は小刻みに震え、目には涙が。しかもドレスはびりびりに破かれ、豊かな肢体が露わになっている。慌てて僕はマントを脱ぎ、母上に着させた。
痛ましくて、たまらない。
おのれ、よくも、よくも……!!
「レイヴン様……レイヴン様ぁあああッ!」
姉上が後ろから抱き着いてきた。
「久しぶりだなアンジェラ。お前は何もされていないか?」
「はい」
「そうか。よかった……本当によかった……」
凌辱とかされてたら、母上が悲しむからな。
そんな僕の内心も知らず、姉上は「レイヴン様、そこまで私のことを」と感涙している。
さて。
復讐の時間だ。
僕は二メートルはあるデカい傭兵に向き合った。ミスリル製の鎧を着て、剣を腰に挿している。
「レイヴンだな? 俺はベルンハルト。鬼哭兵団の団長だ」
(ああ、キティとかいう奴の兄貴か)
「なぜ貴様が、ここにいるのかは知らんが……その強さ、見せてみろ!」
ベルンハルトが抜剣し、襲い掛かってきた。
僕はかわしながら観察する。
(なるほど。『王国で五指に入る』と言われたワルターでさえ、比べ物にならないほど強い……まあ僕より全然弱いけど)
さてどうしよう。普通に殺しても
あ、そうだ。
ナイスアイデアがひらめいた瞬間、ベルンハルトが叫んだ。
「やるな、ならば受けてみろ。わが最大奥義・五月雨斬り!」
「【停止】」
時間を止める。インターバルをとったため、再び使えるようになった。
僕は大きく跳躍し——再び都市オルガナの外に出て、駆けた。
そしてあるものを持って戻り『変わり身の術』の要領で、僕がいた場所に置く。
時間が動き出した。
ベルンハルトが凄まじい速さで剣を五度振り、大量の鮮血が飛び散った。
「ははは、
驚愕、そして絶望の叫び。
ベルンハルトが切り刻んだのは、僕ではなく……
妹の、キティだった。
僕は時間を止めて、キティ(リネット、ガルムと対峙していた)を持って戻ってきたのだ。
「あ、あにき。なんで……こんな……?」
「おお、キティ、キティ!」
ベルンハルトは妹にすがりつくが、すぐに事切れる。
僕は額に手を当てて、心の底から嘲笑した。
「なるほど、お前の最大奥義とやら、すさまじい威力だな」
「……」
「ただ威力はともかく、どういう技なんだ? 妹を召喚して惨殺する技か?」
「貴様!!」
ベルンハルトが激高し、修羅のごとく向かってくる。
その斬撃を、僕は
「歯を食いしばれよ」
身体能力千倍での、腹パン。
ミスリルの鎧を突き破り、べきべきと骨を砕き、内臓を破壊する。ベルンハルトは大量の血を吐き、気絶した。しばらく目を覚まさないだろう。
(リネットを襲う命令を出したのは誰か、後で聞き出さないとな)
いちおう逃げられないよう腕と脚の骨を粉砕し、ロープ(姉上に持ってきてもらった)でぐるぐる巻きにしておく。
「う、嘘だろ。一発で団長を……?」「バケモンだ。勝てるわけねえ」
ベルンハルトの部下たちが、悪鬼と遭遇したような視線を向けてくる。
(さて、こいつらや、都市に散らばってる鬼哭兵団はどうしよう)
今すぐ皆殺しにしようか……いや。
いいことを、思いついたぞ。
僕はワクワクしながら、近くにいるベルンハルトの部下達を軽く殴り、気絶させる。
続いて、町中を駆け回り……
我が物顔で暴れまわっていた鬼哭兵団を、同じ要領で気絶させていった。
ぐったりした彼らを、住民と協力して、街中央の広場に集める。復讐のために殺そうとする住民もいたが、それは止めた。
日が完全に暮れたので、
傭兵ひとりひとりを縄でつなぎ、簡単には逃げられないようにする。人数は三百人くらいかな。
(よし、始めるか)
僕は布をかぶせた台を傭兵たちの前に置いた。そこに座りながら、
「鬼哭兵団ども、起きるがいい!」
たっぷりと殺気を込めたので、弾かれたように皆が起き上がる。さすが歴戦の傭兵団。
「我はレイヴン。団長ベルンハルトは我が一撃で倒した」
「う、嘘だ!」「団長がやられるはずねえ!」
ベルンハルトはよほど信頼されていたのだろう。反論があがる。
「これを見ても、そう言えるかな?」
僕は尻に敷いた台の、布を取り払った。
そこにいたのは瀕死の重傷を負い、ロープで拘束したベルンハルト。
「あ、ああ、団長……」
傭兵の中には、僕がベルンハルトをワンパンで倒すところを見ていたやつもいる。
その話も
「さっきお前たちを気絶させたのも我だ。その気になれば皆殺しにすることなど、造作もない」
「だが我は……お前たちに、生き延びるチャンスを与えよう」
そして僕は、ここにいる誰もが想像もしないことを言った。
「これから貴様らは、オルガナの住民と決闘してもらう。それに一度でも勝てたら、貴様らも団長も解放してやる」
オルガナの街を、沈黙が包んだ。
そして……
傭兵たちは歓喜の声をあげ、住民たちからは困惑のざわめきが起こった。苦情を唱えるものもいる。
「勝てるわけないじゃないか!」「レイヴン! 貴方は我々の味方じゃないのか!」
ひととおり聞き流したあと……
僕は一喝する。
「貴様らは悔しくはないのか!」
住民たちは、ビクッと
「長年住んだ街を壊され、財産を奪われ、家族を傷つけられ! 自らの手で、仇を打ちたいとは思わないのか!」
「それは」
互いに顔を見合わせる住民たち。
そして、一分ほど経ってから……
十二歳ほどの少年が歩いてきた。涙をたくさん流したのか、目が腫れている。
「僕、仇をとりたいです」
「ほう、誰のだ」
少年は、激しく嗚咽しながら、
「と、父さんも母さんも……あいつらに殺されたんです。僕の目の前で……」
そして僕は。
仮面の下で悪魔のように
「力が欲しいか?」
「え?」
「今一度、問おう」
僕は両手を広げ、
「復讐を成すための力を、お前は欲するか?」
少年は拳を握り、絶叫した。
「欲しい。欲しいですッ!!」
ああ、なんて渇望に満ちた叫びだろうか。実に与えがいがある。
「よかろう。ならば——くれてやる!!」
身体能力を百倍にする付与魔法を、少年にかける。
そして鬼哭兵団に目を向け、
「さあ決闘の始まりだ! 我こそと思う傭兵は、出てこい!」
一人の傭兵が立ち上がった。僕が風魔法で縄を切ってやると、腕まくりして飛び出してくる。
負けることなど
「ガキが。オヤジとオフクロの後を追わせてやる。せっかく生かしてやったのに、命を粗末にしやがって」
(ほう、こいつ、この少年の両親を殺したやつか?)
少年が怒りにかられて向かっていく。稚拙な体当たり。歴戦の傭兵に通じるはずもない……
だが。
ぶつかった瞬間、まるで車にでも跳ねられたように、傭兵の体が吹っ飛んでいった。
誰もが唖然とする中、少年は傭兵にマウントポジションをとって殴り続ける。
傭兵の頭蓋骨が砕け、
「勝てる」
住民の誰かが、そうつぶやいた。
「レイヴン様に力を授かれば、勝てるんだ!」
住民たちが押し寄せてくる。
子供を殺されました。妻を犯されました。財産を奪われました……
皆、力を求めている。
『大切なものを壊された復讐』という、きわめて正当な目的のために。
(ははは、そんなに焦らなくても大丈夫だよ)
僕は『力が欲しいか』がしたくて、生きているのだから。
僕は住民たちを並ばせ、一人一人に動機を尋ね、人柄を観察してから力を与えていった。無論、ふさわしくないと思った奴には与えない。
住民の復讐は次々と成され、傭兵は順調に死んでいる。広場は血と臓物の匂いであふれていた。
どんどん力を与えられて、ご機嫌な僕だが……
姉上も来たのにはびっくりした。
「アンジェラよ、お前も、力が欲しいか?」
「いえ、欲しいのはレイヴン様です。結婚してくださいっ」
いや、だから
僕は頭痛をこらえながら、
「我としては、受け取ってほしいのだが」
「つまり私へのプレゼントですね!」
「……まあ、そうだ」
姉上にも力を与える。次にこういう事態があったとき、母上を守ってほしいからな。
少し経つと、姉上は傭兵の首を十個持ってきて、
「見てくださいレイヴン様、こんなに殺しました! 褒めて!」
うむ、ボディーガードとして充分やれそうだ。これで母上の身も安心だ。
広場での
全敗の傭兵は、もはや自分から決闘に立ち上がらなくなった。それどころか少しでも順番が後になるよう争っている。
(すこし、疲れたな)
これほど沢山の人間に力を与えたのは、初めてである。
だが心地よい疲れだ。この上リネットに力を与えられたら、最高なんだけど。
僕は住民の一人に休むことを告げ、広場沿いにある小さな建物に入った。どうやら酒場らしい。傭兵に荒らされたらしく、床には酒瓶が割れて散乱している。
(まあ休憩できればいいや)
僕は椅子の一つに座り、大きく息をついた。
すると。
ドアが開いて、人が入ってきた。
(えっ)
なんと、母上ではないか。
僕が貸したマントを羽織って、こちらへ歩いてくる。
(あ、そこ、割れた瓶落ちてる。危ない)
ひやひやしながら見ていると、母上は僕の向かいの椅子に座った。
意図がわからず、困惑したが……『レイヴン』として声をかける。
「どうされた、ご婦人」
母上は微笑して、
「いくら演技をしても、わかります。母ですから」
「な、なに?」
「あなたは……アルドちゃんね」
●
私——リネットは、都市オルガナの門をくぐる。
全身に受けた傷のせいでうまく動けず、到着まで随分かかってしまった。
(今日は、不思議なことばかり)
百人ほどの傭兵に襲撃されたと思いきや、その9割近くがとつぜん消えた。先程まで戦っていたキティも、同様にだ。
レイヴン様の配下・ガルムは、私を守るように後ろからついてくる。
オルガナの大通りには……誰もいない。あるのは荒らされた
鬼哭兵団による略奪が起こったようだが、レイヴン様はどうしているだろう。
(それに、アルド君は今頃どこにいるのでしょうか……いいえ)
あんな薄情者など、気にすることはない。
私が心中で、吐き捨てたとき。
「やれ!」「そうだ殺せ!」
大通りの向こうから、声が聞こえてきた。
(戦闘が続いているのでしょうか)
住民を、一人でも多く救わねばならない。
傷ついた体で懸命に進んでいくと、広場に出た。
異様な光景が、そこにあった。
普段は帳簿でもつけていそうな、痩せた男が……屈強な傭兵を、圧倒している。
「よくも俺の店を、子供を!!」
傭兵を殴って吹っ飛ばす。住民たちが熱狂し、縄で拘束されている傭兵たちは青ざめていた。
広場の隅には傭兵の死体が積みあがり、むせかえるような血の匂いを放っている。
(これは……)
付与魔法で、だれかが住民に力を与えているのだろうか?
脳裏によみがえるのは、レイヴン様の口癖。
『力が欲しいか』
——そうだ。レイヴン様が力を与えて、傭兵を殺させているのだ!
(一体なぜ、こんな事を)
近くにいた住民に、彼について尋ねる。
住民は、レイヴン様がどれほど鮮やかに街を救ったか語ったあと「今はそこにおられるよ」と広場の一角を指さした。
小さな建物があった。向かってみる。
ドアをあけようとすると、中から女性の声が聞こえてきた。
「アルドちゃん。私の可愛い坊や」
(アルド?)
オルガナに来ていたのか。『坊や』ということは、声の主は母親?
「ねえ坊や。どうしてあなたは正体を隠し『レイヴン』などと名乗っているの?」
「!?」
心臓が跳ね上がった。
(臆病者で弱いアルド君が、レイヴン様? そんなことありえません)
幸か不幸か、ドアは傭兵が破壊したのか、小さな穴があいていた。そこから中を覗き込んでみる。
金髪の女性と、レイヴン様が向き合って座っていた。
レイヴン様は、ゆっくりと仮面に手をかけ……
外した。
現れた顔は、間違いなくアルド君だった。
(!!)
私は声をあげるのを、口に手を当ててこらえた。
アルド君は、仮面をテーブルに置く。
そして正体を隠している理由を、ゆっくりと話し始めた。
「母上もご存知でしょう。この国で起きている王位継承争いを。そのために、どれほどの血が流れているのかも」
私はうつむいた。
今日のオルガナの惨劇も、それによる余波であろう。
「僕は一刻も早く『この争いを終わらせたい』と思いました。リネット様こそ女王にふさわしいと考え——王位に就くのを手伝うため、騎士養成学校へ入学しました」
私が騎士養成学校に入ったのは、アルド君——レイヴン様より後のはず。
だが底知れないレイヴン様のことだ。自分には想像もつかないルートで、入学の情報をつかんだのだろう。
「ですが表立ってリネット王女の手伝いをすれば、
「なぜ」
「このオルガナの市長は、第一王子の派閥。母上や姉上に危害がおよびかねません。ですから仮面で正体を隠し『レイヴン』としてリネット王女と接していたのです」
(!!)
なんという
(なのに私はアルド君に……『意気地なし』などと、心無い言葉をかけてしまった)
後悔で胸が締め付けられる。
アルド君の母親は頷き、
「わかったわ。貴方がそれほど立派なことを考えていたとは。ママが気づかないうちに、大人になっていたのね」
「恐縮です」
「では次の質問。なぜ外で、あんな殺し合いを? 私は怖いわ。普段は優しい街の皆さんが……」
そうだ。
住民に力を与えて傭兵を殺させ、なんになるのだろう。
だがアルド君は、よどみなく答えた。
「住民の皆さんに、立ち上がる力を得てほしいからです」
「どういうこと?」
「襲撃によって、住民の自尊心は大きく傷つけられました。僕に助けられるだけでは、深いトラウマに悩まされたでしょう」
ですが、とアルド君は続ける。
「己の拳によって町を守ること。その誇りを胸に、再起してほしかったのです」
アルド君は唇をかみしめ、うつむく。
その瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「こ、この都市は、僕の愛する
声が震えている。きっとアルド君は悩みぬいた末に、住民に力を与えたのだろう。
(何もできなかった私が非難するのは、間違っている)
そう。何もできなかった。
この都市を鬼哭兵団から守ったのは、アルド君だ。圧倒的な力を持つ、彼なのだ。
(アルド君は、私が王位に就くため死力を尽くしてくれていた)
正体を隠し……恋心まで押し殺して。
彼は道中の馬車で、こう言っていた。
『ねえリネット。君の「レイヴン」への恋は実らないと思う。だから別の男性を……』
レイヴン様——つまりアルド君は、私と相思相愛のはず。
なのになぜ、こんなことを言ったかというと……
(私が女王になれば、自由な恋愛など許されないから!)
当然、有力貴族か他国の王族から婿をもらうことになるだろう。地方都市の下級貴族、アルド君と結ばれるはずもない。
アルド君は私への恋心を胸に秘め、身を引くというのだ。そして私が王位に就くことを優先したのだ。
平和な国を作るために。
(なんて……なんて素晴らしい人)
あまりの感動に、涙があふれる。
彼の
●
(ふー、なんとか言い
母上が去ったあと、僕は再び仮面をかぶり、一息ついた。
(さすが母上。僕の正体を見破るとは)
しかしまあ、母上からの二つの問いには、我ながらうまく言い訳できた。
『なぜ服装と偽名で正体を隠しているのか』『住民に傭兵を殺させているのは何故か』……。
まさか『かっこいいから』と、『「力が欲しいか」やりたかっただけ』とは言えない。
特に前者の言い訳『オルガナの市長が第一王子派だから、リネットと表立って接触できなかった』は我ながら
涙を流すのも、太ももの肉を
(おかげで母上も、納得してくれたし)
最後は『一人で苦しんでいたのですね。私はいつでも貴方の味方ですよ』と抱きしめてくれた。
手袋のプレゼントも喜んでくれたし、すげー嬉しい。
(ああ、今日はいい日だ)
そう思う僕だが。
この日一番素晴らしい出来事は、まだだった。
ドアがノックされる。「入れ」というと、扉が開き……リネットが現れた。
怪我のため、オルガナへの到着が遅れたのだろう。
(さて、どう言いくるめて『力が欲しいか』の流れに持って行こうか)
そう考える僕の前で、リネットはひざまずき、
「レイヴン様、お願いがあります」
「? なんだ」
「私に、力をください」
(!?)
僕は、驚愕したあと……
仮面の下で満面の笑みを浮かべる。声が
「心境が変わったのか?」
「はい。私はようやくわかったのです。この不毛な継承戦は、一刻も早く終わらせねばならない。その為に必要なのは、貴方から地道に剣を教わることではない……」
リネットが見上げてくる。その瞳には強い決意が満ちていた。
「圧倒的な——貴方のように圧倒的な、力なのだと!!」
(く、くくく)
なんか知らんが、ようやく……
本当にようやく、その気になってくれたか。
いいだろう。僕の全身全霊をもって、力を与えてやる。それで王位につき、この国を変えるなり、世界中に戦争を挑むなりするがいい。
どう活用してくれるか、実に楽しみだ。
僕は立ち上がり、手を振りかざす。
これ以上ない多幸感に包まれながら、叫んだ。
「よかろう——ならば、くれてやる!!」
後書き:連載のモチベーションにつながるので、
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とにかく僕は死にかけのヤツに「力が欲しいか」と言いたい 壱日千次 @itinitisenji
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