第8話(前編) 力を与えたい子と、里帰りすることになった

<前話までのあらすじ>


 現代日本に生まれた主人公は『力が欲しいか』と言う奴――アニメや漫画とかで、キャラがピンチの時に現れて、力を与える超越ちょうえつ者にあこがれた。

 そのために様々な修行をしたが、全く結果が出ずヤンデレに拷問されて死ぬ。


 だが異世界転生を果たし下級貴族の『アルド』となった。

 この世界には自分や他者に力を与える『付与魔法』があった。

 アルドは母親の付与魔法を見て覚え(おかげでマザコンになった)、過酷な修行を重ね、己や他者の戦闘力を千倍まで強化できるようになる。

 それだけでなく『力が欲しいか』をする際にゆっくり話すために、時間を停止する魔法【停止】もおぼえた。魔法の達人ですら二秒ほどしか止められないのに、アルドは一分は停止できる。

 上記の二つの能力で、アルドは世界最強クラスとなっていた。

 

 アルドは、仮面や燕尾服、マントを身に着け正体を隠し『レイヴン』と名乗って冒険者などに力を与えていく。

 

 アルドは、いっそう力を与えがいがある人材を求めて王都の『騎士養成学校』に入学する。

 そこで『リネット』という少女と出会う。

 リネットは気高いうえに王女。アルドからすると最高に『力を与えたい』人材であった。

 だが『安易に力を得ると堕落につながる』となかなか受け取ってくれない。


 それどころか、王位継承争いの敵・第三王子ワルターから守った際に、

 リネットから『私とレイヴン様は相思相愛なのだ』と勘違いされてしまう(リネットは、レイヴンの正体がアルドとは知らない)。


 アルドは思うようにいかない現状に悩みつつ、刺客を殺したり、リネットに剣技を教えたり、神獣ガルムを部下にしたり、母親からの手紙に驚喜したりする学園生活を送っていた。






<本編>



 騎士養成学校は、夏期休暇に入っている。

 僕とリネットは、二人で馬車に揺られていた。目指すのは西にある、オルガナという地方都市――

 僕の故郷だ。

 向かいあわせに座るリネットが、頭を下げてくる。

「アルド君、私につきあっていただき、ありがとうございます」

「いいさ。僕も、母上にコレを渡すために里帰りしたかったし」

 膝の上の包みを指さす。

「それはなんですか?」

「僕の手編みの手袋。オルガナは秋になると急に寒くなるから、その前に渡しておきたいんだ」

「お母様を、大事にしてらっしゃるのですね」

 当然だ。付与魔法を教えてくれた大恩人だからな。

(でも手袋の色、緑でよかっただろうか。母上の好きな色だから、大丈夫だと思うのだが)

 毛糸屋で七時間ほど悩んで決めたが、心配はぬぐえない。

 ――まあ、それはさておき。

 リネットも僕の故郷に向かっているのには、理由がある。

 オルガナには王室ゆかりの寺院があり、五年に一度、王家の子女が祈りを捧げねばならない。

 今回はリネットに、その役目がまわってきたらしい。

 だが。

(リネットは王位継承の有力候補。ただでさえ他の候補者から刺客を送られまくってるというのに)

 旅になんか出たら、刺客に襲われるのは間違いないだろう……

(いやぁ、襲われるの楽しみ!)

 今度こそリネットに『力が欲しいか』を言いたい。

 そういう流れになるよう、刺客には頑張って欲しいものだ。

 わくわくする僕をよそに、リネットは憂い顔。

「はぁ。早くお役目を終わらせて、レイヴン様にお会いしたい……」

 リネットはレイヴン(僕)と相思相愛だと勘違いしている。

 僕も里帰りする以上、『レイヴン』として同行する訳にはいかなかった。なのでリネットは、レイヴンがまだ王都にいると思っている。

 無論レイヴンの衣裳は持ってきているので、『力が欲しいか』の流れになれば着替えられる。

 リネットは窓の外を見つめて、

「今頃――レイヴン様も、私に会いたくて胸を焦がしているでしょう。私にはわかります」

(全然わかってねえじゃん)

 だが報われぬ恋に夢中では、少し気の毒。一応友達だし。

 忠告しておこうか。

「ねえリネット。君の『レイヴン』への恋は実らないと思う。だから別の男性を……」

 リネットは不思議そうに、何度もまばたきする。

「どうして、そんな事を言い切れるのです? もしやアルド君は――」

 もしや、僕がレイヴンだとバレたか?

「私のことが、好きなのですか?」

(はぁ!?)

 絶句する僕に、リネットは申し訳なさそうに、

「ごめんなさい……レイヴン様への気持ちは抑えられないのです。アルド君こそ、違う異性を探した方がいいですよ」

 は、腹立つ!

(リネットといい、姉上といい、ズレた人間ばっかりだ)

 姉のアンジェラは美女として名高い。だが彼女も『レイヴン』に惚れ、懸賞金すら懸けているのだ。

(姉上に会うのは、憂鬱だな……)

 だが母上に恩返しするため、実家に行かないわけにいかない。

 手袋をプレゼントするのはもちろん、たくさん話をしたり、風呂で背中を流したり、手をつないで添い寝したり……

 恩返しを頑張らないとな。いやぁ大変だ。



 ――都市オルガナから、三キロほど離れた平原。

 そこで身長二メートルほどの男が、剣を構えていた。身にまとう軽鎧けいがいはミスリル製。鋼鉄を上回る硬度を持つ、防具の素材としては最高ランクのものだ。

 彼の前にいるのは巨大な竜『ニーズヘッグ』。S級冒険者が、十人単位でようやく討伐できる強力なモンスターである。


 ゴアアアアアアアア!!


 男を噛み殺さんと、ニーズヘッグが大口をあけて向かってきた。

 彼は軽く、それをかわすや――

「奥義『五月雨切り』」

 舞うように剣を振った。

 すると。

 またたく間にニーズヘッグが切り刻まれ、倒れた。

 男……ベルンハルトの部下四百人が足を踏み鳴らし、熱狂に拳を突き上げる。

「さすが我らが団長!」「ニーズヘッグを一撃だなんて!」

(ふむ)

 ベルンハルトは少し満足した。行軍中のちょっとした暇つぶしだったが、部下たちは予想以上に楽しんでいる。

(だが、宴の本番はこれからだ)

 遠くに見える城郭都市――オルガナを見る。

 

 ベルンハルト率いる、大陸最強クラスの傭兵団『鬼哭きこく兵団』。

 彼らはオルガナで略奪をするつもりであった。


 だがそれを実行するには、ある条件を満たさねばならない。

「兄貴ーっ」

 赤髪の少女が、胸元に抱き着いてくる。

 副団長にして、妹のキティである。レイピアの達人で、鬼哭兵団ではベルンハルトに次ぐ強さだ。

 ベルンハルトは目を細め、妹の頭をなでながら、 

「おお、キティよ。リネット王女は、どこまで来ている?」

「偵察隊の報告からすると、今頃はオルガナまで20キロほどの所だねー」

「ふむ」

 さて、どう殺そうか。 

 今までリネットへ送り込んだ刺客は、ことごとく返り討ちにされているらしい。

 リネットが剣士として成長している為もあるが……

(――レイヴン)

 リネットの師にして、謎の男。

 『王都で五指に入る強者』といわれた、第三王子ワルターさえ殺した。

(だが何故か今、レイヴンはリネットの傍にいない)

 代わりにいるのは、アルドとかいう劣等生のみ。ならば自分が出向くまでもなかろう。

「キティよ。お前には一個中隊――百人を与える。それを率いてリネット王女を殺してこい」

「りょーかい。それだけいれば、万一の取りこぼしもないね」

 キティが、媚びを売るように見上げてきて、

「ねぇ兄貴。リネットといえば、有名な美姫びき。殺す前に楽しんじゃダメぇ?」

 キティは拷問好きだ。壊してきた美女は五十人近くにのぼるだろう。

(可愛い妹の頼みだ。出来ることなら聞いてやりたいが)

 ベルンハルトは首を横に振る。

「だめだ。一刻も早く殺せ。それが依頼者クライアントの要望だ」

「依頼者ね……」

 キティは鼻を鳴らし、

「第二王子エミールか。腹違いとはいえ妹を、傭兵団雇って殺すってんだからイカれてるよね」

 ベルンハルトは苦笑した。

「ふふふ。イカれてるのはそれだけではない。報酬もだ」

 リネット暗殺の報酬こそが……オルガナでの、三日間の略奪なのである。

 第二王子エミールは、自国領での略奪を許可したのだ。

(普通なら、ありえない命令だが)

 王位継承戦では、各都市の市長もいくつかの派閥に分かれているらしい。

 オルガナ市長は、第一王子の派閥だという。

 第二王子エミールは、リネットだけでなく……第一王子の力を削ぐため市長を殺して欲しいのだ。

(エミールの奴、えげつない)

 ベルンハルトとエミールは友人である。傭兵団長と王子――ふつう交わることのない二人だが、以前戦場で一騎打ちとなり、互いを認め合った。

 義兄弟の契りすら結んでいる。

 ベルンハルトは死んでも、リネット暗殺の依頼者をバラすつもりはない。

「ではキティ。具体的な動きについてだが……リネットを殺したら、狼煙のろしをあげて合図しろ。それを見たら俺達はオルガナ襲撃を始める」

 鬼哭兵団は最近まで他国を転戦していたが、小競り合いばかりで大きな戦がなく、オルガナのような都市略奪の機会には恵まれなかった。

 部下たちはオルガナに行くのを、とても楽しみにしている。


 壊し、

 犯し、

 奪い、

 殺す。


 その喜びを、一刻も早く部下に味わわせてやりたい。

 ベルンハルト自身も『オルガナいちの美女』と言われるアンジェラを、我が物にしようと思っている。

 キティが言う。

「で、兄貴たちは具体的にどうオルガナを攻めるの?」

「見ての通りオルガナは城郭都市。魔物除けの高い壁があるが、俺たち鬼哭兵団にとっては何の障害にもならぬ」

 部下は精鋭ぞろいだ。壁など簡単に超えられる。

「まず市庁舎へ向かい、市長を殺害。続いて冒険者ギルド、警備隊の詰め所を襲撃」

「指揮系統と、防衛機能を麻痺させるわけだね」

「北と南にある門は部下に封鎖させ、住民を逃げれなくする。その後はゆっくりと、楽しい略奪だ」

 キティがうらやましそうに、

「いいな~。あたしがリネット殺してからオルガナに行くまで、獲物はとっといてくれよ」

「もちろんだ。可愛い妹のためだからな」

 喜ぶキティの頭を、ベルンハルトはもう一度撫でた。



「日が沈んできましたね、アルド君」

 馬車に揺られながら、リネットがつぶやいた。

 オルガナまであと四キロほど。これなら夜までにはたどり着けるだろう……と思った瞬間。


 オオ~~~ン……


 獣の声が聞こえた。リネットが言う。

「野犬でしょうか?」

 いや、あれは僕の部下・聖獣ガルムの遠吠えだ。

 秘密裏に後を追わせ、刺客が迫れば鳴いて伝えるように命じていたのだ。

 突然馬車が止まった。

 続いて「ひぃっ!」という悲鳴。窓から外を見れば、御者が逃げていく。

「――! アルド君!」

 リネットが僕に飛びつき、馬車の外へ飛び出した。

 次の瞬間。

 馬車が爆発し、炎上した。

(爆炎魔法か。へえ、なかなかの威力だな)

 感心していると、澄んだ声がきこえた。

「へー、よくかわしたね」

 見れば小柄な赤髪の少女が、二十メートルほど離れたところに立っている。

 その背後には武装した集団……うぉ、百人くらいいるじゃねーか。剣、槍、ハルバードなど、武器はバラバラだ。

 赤髪の少女が、酷薄な笑みを浮かべて言う。

「アタシは鬼哭兵団副団長・キティ」

「鬼哭兵団……きいたことがあります。一人一人がA級冒険者に匹敵する精鋭の傭兵団。その団長ベルンハルトは、S級冒険者すらかなわないとか」

 リネットのおかげで相手の素性がわかった。へー、こいつら結構すごいんだ。

「王女様に知られてるとは恐悦至極きょうえつしごく

 キティが気取ったしぐさで礼をする。

 そしてレイピアを突き出し、

「その命、頂戴する――かかれぇッ!」

 約百人の傭兵がいっせいに動き出した。かなりの人数でありながら、動きは統制されている。さすが精鋭。

(うーん)

 僕の目的は無論、リネットにピンチになってもらい『力が欲しいか』をすることだ。

 でもこれだと、リネットは一分もしないうちに惨殺される。彼女が一度に相手ができるのは、十人が限界だろう。

(敵、減らすか――【停止】)

 

 時間を止めた。

 

 僕以外のすべての動きが、ピタッと止まる。

 僕は付与魔法で己の戦闘力を千倍にし、傭兵の一人に近づくや――

 掴んでぶん投げる。

 ゴルフの一打目みたいな放物線を描き、はるか遠くへ飛んで行った。落下の際に死ぬだろうが、殺すつもりで来ていたのだから文句は言えまい。

 それから僕は、同じ要領で90人ほどぶん投げた。


 一分が経過し、再び時が動き出した。


「……!? えっ!?」

 キティが立ち止まり、驚愕しながら周りを見る。まあ無理もなかろう。いきなり部下が10人にまで減ったのだから。

 一方リネットは「先程の多くの人影は、幻覚魔法でしょうか?」とイイ具合に勘違いしてくれている。

 動揺する傭兵たち。

 キティがそれを一喝した。

「皆、落ち着くんだよ! 目的である、リネット殺害を最優先!」

 おお、優秀。

 統制を取り戻した傭兵たちが、襲い掛かってきた。

「くっ」

 抜剣したリネット。巧みな足さばきで、包囲されないように立ち回る。

 すがるように僕を見て、

「アルド君も援護を……って、ええええ!?」

 僕は一目散に逃げだしていた。「もぅ、意気地なし!」というリネットの罵倒が聞こえてくる。

 近くの林に飛び込むと、ガルムがやってきた。『もののけ姫』の犬神みたいなデカさの狼だ。口に袋をくわえている。

「レイヴン様、お召し物でございます」

「うむ」

 袋には、マント、燕尾服えんびふく、仮面……『レイヴン』に変装するための道具一式が入っている。

 着替えながら、戦闘の様子をうかがう。

(うぉ、リネットやるな)

 いくつか手傷を負いながらも、傭兵を次々と切り捨てていく。もう残っているのはキティしかいない。ちょっと傭兵ぶん投げすぎたかな。

(頑張れキティ、レイピアぶっ刺せ!)

 刺客を応援する僕。

 心の声が届いたか、キティがリネットに連続で刺突をあびせ、膝をつかせた。

「くっ!」

 リネットは傷と、傭兵たちを倒した疲労で、立つことができないようだ。

 悔しそうに歯を食いしばり、

「どうして、私はこんなにも弱いのか……」

(よし『力が欲しいか』するチャンス!)

 はやる気持ちを抑え、ゆっくりと姿を現す。

 リネットが目を剥いた。

「レ、レイヴン様、なぜここに!?」

 キティが「レイヴンだと!?」とレイピアを向けてくる。僕の名も、それなりに知れ渡ってるな。

 僕はリネットを見つめ、

「お前は弱い。力が欲しくはないか」

「で、ですが安易に力を受け取ることは、堕落につながり……」

 いつもリネットは、この理屈で断ってきた。

 だが今日こそ、論破してやるぞ。

市井しせいの娘ならそれでもよかろう。だがお前は王位継承者。弱いままではダラダラと継承争いは続き――」

 傭兵たちの死体を指さし、 

「そのために人が、どんどん死んでいく。お前がすべきは、どんな手段を使っても圧倒的な力を手に入れ、一日でも早く王位につき、不毛な継承戦を終わらせることではないのか」

「うっ」

 グラついてる。

 今回こそ、力を与えられるかもしれないぞ。

「あんたら、何をごちゃごちゃと――」

 話に割り込もうとする、キティだが。

 その視線が、とつぜん西に向けられた。釣られて見ると……


 都市オルガナから、無数の煙が立ち上っている。


 キティが首をかしげ、

「あれ? ベルンハルト兄貴の部隊、もう略奪始めちゃったのか?」

(なに?)

 鬼哭兵団はリネット暗殺と、オルガナ略奪に分かれて行動していたらしい。

 オルガナには警備隊や冒険者ギルドはあるが、精鋭の傭兵団に対抗できるだろうか。

 別に、住民が何人死のうと知ったことではないが……

(母上)

 コートの内ポケットに手を当てる。プレゼントとして編んだ、手袋の感触がある。

 母上は、僕に付与魔法を教えてくれた大恩人。

 今頃きっと、不安な思いをされているだろう。

(……いや、気にするな)

 何よりも大事なのは『力が欲しいか』ではないか。

 僕の悲願である、リネットに力を与えるチャンスが来ている。何を迷うことがあるものか。

「リネットよ、さっきの話の続きだ」

 そう語りかけるも、脳裏によぎるのは、母上の優しい笑顔。

「力が……欲し……」

 あの美貌からすると、凌辱される可能性も……!

「あああ……ああああああぁぁぁああ!!」

「レ、レイヴン様?」

「畜生め!!」

 目を丸くするリネットをよそに、オルガナへ駆け出す。

 【停止】が使えないのがもどかしい。あの魔法は、ある程度インターバルを置かねば再使用できないのだ。

 


(予定が、少し狂ったな)

 ベルンハルトは、オルガナの街の大通りを歩いていた。すでにその巨躯きょくは返り血でまみれている。

 本来ならキティからの、リネット殺害の合図を受けてから、オルガナを襲撃するハズだった。

 だが部下の数人が待ちきれず、城壁を超えてオルガナへ侵入してしまった。

 ベルンハルトはやむなく動いた。

 市庁舎で市長を殺し、続いて冒険者ギルドと警備隊の詰め所を襲って殲滅せんめつ

 オルガナの街は大混乱に陥り、守るものはいない。

 すでに傭兵達は分散し、略奪、暴行、凌辱の限りを尽くしている。あちこちから部下の笑声しょうせいと、住民の悲鳴が聞こえてくる。

(うむ、みな喜んでいるようだな)

 各地を転戦してきた部下たちに報いることができて、満足だ。

(さて、俺も目的を果たすか)

 オルガナいちの美女、アンジェラを手に入れる。

 ベルンハルトは住民の一人ををつかまえてアンジェラの屋敷を聞き出すや、部下数名を連れて向かう。

 街の中心部の貴族街に、屋敷はあった。

 鉄の門は固く閉ざされていたが、何の障害にもならない。一撃で蹴り倒し、よく手入れされた庭に侵入する。

 すると……

 屋敷の玄関扉が開き、細身の女性が現れた。

(ほう)

 ベルンハルトは舐めまわすように、女性の全身を見つめる。

(美しい)

 ドレスごしでも豊かな肢体がわかる。なにより好みなのは、目だ。怯えつつも、しっかりとベルンハルトを見返してくるではないか。

 こういう気丈な女こそ、屈服させたときがたまらないのだ。

「お前が、美女と名高いアンジェラか?」

「いえ、私はアンジェラの母、マーリアと申します」

 驚いた。どうみても二十代前半にしか見えない。

 マーリアが言った。

「この家にある財産は、何もかも差し上げます。ですから家族や使用人の命ばかりは、どうか……」

 ほう。殊勝な心掛けではないか。ますます気に入った。

 ベルンハルトはマーリアを見下ろし、

「お前自身も、おれに差し出すのか?」

「え?」

「お前の体もだ」

 マーリアの頬に朱がさし、不安げに己の体を抱く。部下たちから冷やかしの声があがった。

 恥辱にうつむきながら、マーリアは、 

「そ、それで、家族や使用人を助けていただけ……」

 玄関扉がまた開き、マーリアを勝気にしたような顔立ちの女が顔を出した。これがアンジェラだろうか。

「母様! そんな約束、守られるわけがないでしょう!」

「でもアンジェラ。他に手が……」

 ベルンハルトは手を伸ばし――

 マーリアのドレスの胸元をつかみ、破り取った。

「――!」

 悲鳴を噛み殺すマーリア。

 それどころか露わになった胸元さえ隠さず、震えながらベルンハルトを見上げてくる。

 さっきの約束通り『身をささげるから家族と使用人を見逃せ』というのだろう。そんな母を、アンジェラは抱きしめて隠した。

「ははは、ははははは!」

 最高だ。

 思う存分マーリアを凌辱した後、約束を破ってアンジェラも使用人も滅茶苦茶にしたら――マーリアはどんな顔をするだろう?

 是非ともそれが見たい。

 ベルンハルトが、マーリアに襲い掛かろうとした時……


 目の前を、黒い影がはしった。


 左側に目を移せば、黒衣の男がいた。両手でマーリアを抱きかかえ、後ろにアンジェラをかばっている。

 仮面。燕尾服にマント。

 この異様な姿は、報告書にあった達人――

「レイヴン! 貴様、レイヴンか!!」

 ベルンハルトは歓喜した。強者との激突も、彼にとって最高の娯楽であった。

 


※後編に続く(既にアップ済みです)




後書き:連載のモチベーションにつながるので、

面白かったら作品の目次ページの、レビュー欄から☆、レビュー等での評価お願いいたします

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