第2話(後編) しっかり仕切り直して『力が欲しいか』をやり直す

 五年が過ぎ、僕は十五歳になった。

 たゆまぬ修行の末——【停止】で、一分ほど時間を止められるようになった。

 これで……これでついに。

(『力が欲しいか』をやる際、ゆっくり相手と話せるぞ!)

 一分も時間を止められる僕は、おそらく世界最強クラスだろう。だがそんな事はどうでもいいのだ。

 そして夜。

 自分で作った燕尾服えんびふく、マント、仮面で身を包む。

 姿見すがたみで何度もチェックしたあと……己に【身体強化】をかけ、屋敷の窓から抜け出した。

(いよいよだ)

 改めて街の外で、死にかけの冒険者を見つけ『力が欲しいか』をやる。

(本当に、長かった……!!)

 前世で『力が欲しいか』をやりたいとこころざしてから、二十年以上。

 途中で死んで転生することもあった。

 だが今、万全の準備を整えた。

 高揚感とともに、街を囲む壁を飛び越え……

 そのまま風魔法でふわふわ浮きながら、あたりを観察する。

(おお)

 幸運なことに——冒険者らしき青年が、巨人型の魔物に襲われてるではないか。

 あれは『ギガントマキア』だな。かつて僕が倒した『フェンリル』と同格のA級モンスターである。

 冒険者は劣勢に立たされている。もう少しで死の淵に追い詰められるだろう。

(もう少しで『力が欲しいか』ができる……だがその前に)

 本番で噛まないため、発声練習しておこう。

 練習を重ねた末、大塚明夫さんに近い声も出せるようになった。

「あああ、あーあー。『力が……欲しいか……』」

 それに、力を与える際……

 『注意事項』を言うのを、忘れないようにしないとな。



 

「はあ、はあ……くそっ!」

 俺はギガントマキアの攻撃で死にかけていた。剣を杖代わりにし、何とか立っている状態である。

(何故だ、何故なにもかも、うまくいかない)

 先日——街一番の美女・アンジェラに求愛するも、こっぴどく振られた。

 彼女を見返すためギガントマキアを討伐しにくれば、このざまだ。

(どうせ死ぬなら、無理矢理にでもアンジェラを俺のモノにしておくのだった)

 悔やんでも、もう遅い。ギガントマキアが棍棒を構え——振り下ろしてきた。

 迫りくる棍棒。

 一秒も経たずに、脳天を砕かれるだろう。

 なぜ俺は、こんなにも弱いのか。

(もっと! もっと力が……圧倒的な力があれば!!)

 そう心の底から、願った時——


「力が…………欲しいか…………」


 突然の声とともに、棍棒が目の前で止まった。

(!?)

 しばし、呆然とする。

(【停止】か?)

 いや、あの伝説級の時魔法でさえも、止められるのは長くて0,5秒程度のはず……


「今一度、問おう……」

 

 声がした方を、見上げる——人間が浮いていた。

 不気味な仮面に、黒衣。黒いマントが風(とつぜん吹き始めた)に激しくなびいている。

 なんという禍々まがまがしい姿であろう。


「力が…………欲しいか…………」


 深みのある、男の声。

 渋く、哀切あいせつを帯びていて、心を鷲づかみにされる。

(あ、ああ)

 完全に雰囲気に飲まれてしまった。

 そして認識する。目の前にいる男は——俺とは次元が違う存在なのだと。

 いつの間にか、口を動かしていた。

「欲しい……欲しいッ!! 何者にも屈せぬ力が!!」

 仮面の下で、男がわらったような気がした。


「よかろう。ならば——くれてやる!!」


 男がマントをひるがえす。

 そして右手を突き出すや否や……雷に打たれたような衝撃が、俺の全身に走った。

(うおっ!?)

 やがて身体の奥底から、マグマのように力があふれ出す。

 付与魔法か? いや……こんなに爆発的に力を上昇させる魔法など、聞いたこともない。

 何より……付与魔法は、効果が三十分ほどしか持たない。

 だが、いま授かった力は、とても身体に『なじむ』のだ。

 確信する。この力は永遠に、俺のものになったのだ。

「こ、これは凄い……凄いぞ!!」

「ゆめゆめ忘れるな。その力に溺れ、つまらぬことに使えば……」

 黒衣の男が、何か言っている。

 だが、興奮する俺の耳には入らない。

「無敵のパワーを手に入れた! もう誰にも負けない、ははは、はははは!!」

「おい、聞け。つまらぬ事に使えば、報いを受けるであろ……あ、もう一分経つ。やべ……」


 時が動きはじめた。


 ギガントマキアの棍棒が、再び俺の脳天に向かってくる。

 ひどく遅く見える。あれほど苦戦したのが嘘のようだ。

 軽くかわして、剣を心臓に突き刺す。


 ギャァアアアアアアアアア!!


 断末魔の悲鳴。今の俺にかかれば、A級モンスターであるギガントマキアも雑魚でしかない。

(この力があれば、全てを手に入れられる)

 そう。俺の求愛を断ったあの女さえ……


「アンジェラ……お前を手に入れ、蹂躙してやる」


 あの高慢な顔が悲痛にゆがみ、俺に媚びを売ってきたら……どれだけ気持ちいいだろう。

 獣欲じゅうよくのままに、アンジェラの屋敷めがけ駆け出す。

 街を囲む高い壁も、今の俺はひとっ飛びで超えられる。こんな事が出来るヤツ他にはいまい。

 大通りを駆け抜け、街の中心部にある屋敷へ到着。

 巨大な門に一蹴り入れると……冗談のように空中高く舞い上がった。

「アンジェラぁ!!」 

 屋敷三階のバルコニーから、アンジェラが顔を出した。遠目にも、ネグリジェに包まれた素晴らしい肢体したいがわかる。

「よくも俺の求愛を断ったな」

「何ですの? こんな夜中に……ひっ!」

 男勝りなアンジェラの、声が震えた。俺の蹴りで吹っ飛んだ門が、今になって落ちてきたからだ。

 もっとだ。もっと怯えろ! 俺に組み敷かれ、泣き叫べ!

「アンジェラぁ。いまお前を、俺のモノにしてやる!!」

 その時。


「…………はぁぁああああああ〜〜〜……」


 とても深い、溜息ためいきが聞こえた。

(誰だ?)

 周りを見回そうとした時——

 俺は地面に倒れ込んだ。

(なんだ?)

 立ちくらみでも起こしたか? 起き上がろうとするが、何故かできない。

 ん? そこに見えるのは……

 人間の下半身?


 ……よく見ると、あれ、俺のじゃないか?

 

 そう認識した瞬間、凄まじい痛みが襲ってきた。いつの間にか、胴のところで身体を両断されている!

 ふわりと。

 軽やかに、近くに舞い降りる影。先程の黒衣の男だ。

(こいつに、やられたのか?)

 これほど強くなった俺を……こんな簡単に? 気配もさとらせずに? 嘘だろ!?

 黒衣の男は頭をかいて、ぶつぶつと、

「はー……頑張って力与えたのに、こんな小悪党とはな……今度からは、人格も見極めなきゃダメかもな」

 さっきとは打ってかわって、子供のような声だった。

「あ、貴方、は」

「ん? まだ生きてたの? 一太刀ひとたちで殺せなくてゴメンね」

 軽い感じで謝られる。

 超越者然としている時より、今のほうがずっと恐ろしい。

「でもさ、君が悪いよ。注意事項を全然聞かないんだもんなあ。それに、そもそも僕が力与えなきゃ、ギガントマキアに殺されてたもんね」

 黒衣の男が剣を振りあげた。

「さよなら」

 頭蓋を両断され、俺は死んだ。



 僕は死体を見下ろしながら、ため息をついた。

(うまくいかないな〜……)

 力を与えた後、この男はテンションが上がり、僕の注意事項を聞いてくれなかった。

 注意の内容はシンプル。『与えた力を、つまらない事に使うな。もし破れば報いを受ける』というものだ。

 なぜそんな事を、わざわざ言うかというと……

(せっかく力を与えるなら、スケールの大きい事に使って欲しいんだよな)

 善悪は問わない。

 この世界を一変させるような、すごい事をして欲しいのだ。

(なのに姉上を手込めにしたいとか……しょうもなすぎるだろ)

 反省して次に活かそう、と思っていると、

「あ、あの!」

 バルコニーから、姉上が声を張り上げた。僕は変装しているから、むろん弟だと気付かれてはいない。

「あなたのお名前は!」

(名前……)

 もちろん『アルド』とは言えない。

 これから言うのは『力が欲しいか』をやる時に使う、仮の名前だ。

(もちろん、ずっと前から考えてるぞ。ああ、いよいよ披露できるんだな)

 胸を高鳴らせつつ、再び大塚明夫さん風の声をつくり、


「……レイヴン……」


 レイヴンとは、ワタリガラスのこと。

 北欧神話など、様々な伝承で影ながら働き、大きな役割を果たすところが好きなのだ。


「我が名はレイヴン……どこにでもいて、どこにもいない者」


 我ながら何を言っているか分からないが、意味深で実にいい。

「レイヴン様……素敵なお名前」

(ありがとう!!)

 仮面の下でドヤ顔する。

 姉上が、両手を祈るように組んで、

「それに、とてもお強いのですね……」

(ん?)

 姉上、見たこともないメスの顔をしてるぞ。

 もしかして『レイヴン』に惚れたか?

「貴方と、またお会いできるでしょうか」

(そりゃまあ)

 明日の朝飯とかで会えるけど。

「私……生まれて初めて、恋というものを知ったようです」

「やめておけ——私と貴方は結ばれない運命さだめだ」

「なぜですか!!」

 そりゃ、姉弟きょうだいだからね。

 僕はマントをひるがえし、屋敷を後にした。後で帰るから二度手間になるけど、まあ仕方ないよな。



 翌朝。

 朝食のため食堂に行くと、姉上が依然いぜんとしてメスの顔をしていた。

 頬を染めて、虚空を見つめている。

「ああ、レイヴン様ぁ……」

「姉上、おはようございます」

「……はっ! おはよう愚弟ぐてい。今日も不抜ふぬけた顔ね。少しはレイヴン様を見習いなさい」

 むむ、ちょっとムカついたので、仕返ししてやる。

 僕は時間を止め、窓から外に出た。

 そして時間を再び動かし、大塚明夫ボイスで、


「我が名はレイヴン……どこにでもいて、どこにもいない者」

 

「レイヴン様の声だわ!! レイヴン様ーーーー!!」

 姉上がたちまちメスの顔になり、駆けてくる。

 僕は超高速移動で食卓に戻り、半狂乱の姉を横目に朝食をとった。






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