第4話(後編) なかなか『力が欲しいか』ができないので、策を弄してみる


 翌日の放課後。

 僕は水筒の水をガブ飲みしつつ、言った。

「ごくごく……リネット、僕もレイヴンさんに剣を教わりたいんだけど」

「まあ!」

 リネットは、弾けるような笑顔で、

「素晴らしい向上心です。私からも、レイヴン様にお願いしてみましょう」

 そして裏山——いつも『レイヴン』が稽古をつけている場所へやってきた。

「あれ? レイヴン様がいらっしゃいませんね」

 リネットがキョロキョロしたとき……

 ローブ姿の男女が現れた。言うまでもなく、昨日の二人だ。女の方はドロテアとか言ったっけ。

 リネットへ短剣の切っ先を向け、

「リネヴェート様、お命を頂戴ちょうだいいたします」

(?)

 なんだその、語呂の悪い名前。

 僕は足をガクガクさせ、ビビったフリをして尋ねる。

「ひぃいいい刃物!! リ、リネヴェートって……?」

「私の本名です……申し訳ありません。王位争いにアルド君まで巻き込んでしまった。きっと、兄妹の誰かの差し金でしょう」

(えっ)

 リネットは、もしや王族——しかも王位継承権の持ち主か? 

(それなら、僕が力を与えれば……)

 その力で国を改革したり、他国からの侵略を防衛したり……スケールの大きい事に使ってくれるだろう。ますます、力を与えがいがある。

 リネットが、暗殺者を見据えながら、

「そのローブに描かれた紋章。貴方たちはベリアル教団ですね」

 その名前は、知っている。

 この国に近年現れた宗教で、邪神ベリアルを崇拝。

 『教主』と呼ばれる男をリーダーに、背徳的な儀式を行ったり、暗殺部隊を育成したりしているとか。

 リネットの兄妹の誰かが、ベリアル教団と手を結んだのかな。

「「リネヴェート様、ご覚悟!」」

 男女二人が襲いかかる。

(よし! ぜひリネットを追い詰めて『力を欲しく』させてくれ)

 ……だが、僕の期待と裏腹に。

(こいつら、大して強くねえ……)

 ゴリアテよりはマシだけど、まだ未熟なリネット相手に二人がかりでも攻めきれない。

 それに。

(なんで、僕を人質にとらねーんだよ!!)

 そうすればリネットの性格からして『詰み』じゃん。邪神崇拝してんだから、もっとダーティにいかないと。

 仕方ないので、アドバイスを送る。

「うわー、足が震えて動けないー。僕が人質にとられたらどうしようー」

 男がようやく気付いてくれ、僕を羽交い締めにする。

 リネットが叫んだ。

「アルド君! おのれ卑怯な!」

 僕の首に、男が短剣を押し当て、

「姫。ご学友を死なせたくなければ、剣を捨て、我らの手にかかることです」

「くっ」

 リネットは唇をかみしめ、考えている。

 よし、もう一押し。

「ひぃいいい!! 死にたくないよぉぉおおお!!」

 僕は盛大に尿を漏らした。このために、水をガブ飲みしていたのだ。

「こんな情けない僕を見ないでよぉ……」

 優しいリネットは目をそらす。あまりの醜態しゅうたいゆえか、男とドロテアも絶句している。

 そしてリネットは……剣を捨てた。

「アルド君の命だけは、助けてください」

(さすがだ)

 感心する僕を横目に、ドロテアが短刀を構えた。

 リネットは歯を食いしばり、己の無力さを噛みしめている。

「もっと私が強ければ……!」

(よし、全て計算通り)

 そして、これからのプランは……


 時間を止める

 ↓

 男の羽交い締めから抜け出し、超高速でレイヴンの恰好に着替える(リネットは目をそらしているから、見られる心配は少ない)

 ↓

 リネットに『力が……欲しいか……』と語りかける。


 今リネットは、かつてないほど己の無力さにさいなまれている。しかも命がかかった状況。

 絶対に力を受け取るはず!

(さあ、いくぞ——)

 満を持して、時間を止めようとしたとき。


「リネヴェート姫……私が間違っていました」


 男が、僕を解放した。

(は!?)

 呆然とする僕をよそに、男はリネットの前に膝をついた。

「俺はベリアル教団の一員である前に、この国の民。貴方のような気高い方こそ、王位を継ぐべきなのです」

(おいおい、僕のプランをブチ壊しやがって——)

 憤慨ふんがいしていると、男の首が飛んだ。

「寝返るとは。ベリアル教徒として恥を知りなさい」

 ドロテアの仕業しわざである。もう滅茶苦茶だ。

 リネットは驚いていたが……剣を拾い直し、僕を守るようにドロテアの前に立ちはだかる。

「あなた一人なら、私だけでも対処できます。撤退した方がいいのでは?」

(だよな……はぁ〜……)

 とてもリネットに『力が欲しいか』できる流れじゃないよ。尿まで漏らしたのになぁ。

 ガックリ肩を落とす。

 ……だがここから意外な展開になった。ドロテアが、懐から小瓶をとりだして、


「これは教主様から『危機におちいった時に使いなさい』と言われていた薬。戦闘能力を、約10倍に高めるものよ」


(マジで!?)

 懐かしいなー。

 僕も転生前、そういう薬もらえるって聞いて、新興宗教に入ったなー。でも実際は覚醒剤だったので、ブチ切れて教団を壊滅させたなー。

 その教主とやらは、力を上げる薬をくれたんだ。いい人だね。

(しかもそれで、リネットがピンチになれば……)

 リネットに『力が欲しいか』が、できるじゃないか!

 ベリアル教団サイコー! 入信してもいいくらいだ。

「それを飲んでは駄目です!」

 リネットが慌てて止めようとする。力が増すのを警戒しているのかな?

「偉大なるベリアル神よ、教主様よ! 私に力を!」

 ドロテアが、薬を一気に飲み干す。

 ワクワクして成り行きを見ていると……


「ぐっ……ぐああああっ!!」


 ドロテアが苦しみ始めた。うずくまり、大量に吐血する。顔面は蒼白そうはくで、強くなる気配など全くない。

「げぼっ……これは、一体……」

 リネットは、痛ましそうな顔をして、

「おそらく貴方が飲んだのは、ただの毒……それを『力を高める薬』と偽って渡されたのでしょう」

「う、嘘よっ!」

「知り合いの騎士から聞いたことがあります——ベリアル教団の教主は、拷問などによる秘密の漏洩ろうえいを防ぐため、『力が出る薬』など偽り、毒薬を渡すと」

「そんな、そんな……教主様ぁああッ!! 貴方に、心も身体も捧げてきたのに、この仕打ちか!!」

 悲痛な叫びをあげるドロテア。

 リネットは拳を握りしめ、怒りをあらわにしている。 

 ……だが。


 僕の怒りは、それ以上だった。


(き、教主とかいうヤツ、なんて事しやがる)

 脳裏によみがえるのは——僕に前世で『力を得る薬』と偽り、覚醒剤を渡してきた教祖。

 いや、毒薬である分、あの教祖より酷い。

 そんなヤツは生かしておけん!!


「【停止】」


 僕——そしてドロテア以外の時間を止めた。

 超高速で『レイヴン』の恰好に着替える。そして大塚明夫さん風の声で……

 ドロテアに語りかけた。


「…………力が…………欲しいか…………」


「げぼっ、貴様はレイヴン……これは【停止】!? こんな大魔法が使えるの!?」

「うむ。それだけでも我の力はわかるだろう」

 僕は頷き、

「このままではお前は、教主とやらの思い通り、惨めに死んでいくだけ。復讐したくはないか?」

「……ええ、その通りね……許せない!!」

「そうか。では改めて問おう……」

 マントをはためかせ、尋ねる。


「力が…………欲しいか…………」


 ドロテアは、血を吐いて叫んだ。

「欲しい——欲しいッ!!」

 僕はニヤリとわらい、


「ならば、くれてやる!!」


 ドロテアに付与魔法をかける。

 戦闘能力10倍などケチケチした事は言わず、50倍にしてやろう。

 ドロテアは驚いた様子で、

「た、確かに、とんでもない力が湧いてくる……」

「それを用いて教主とやらに、復讐せよ」

「でも私は、あと10分もせずに死ぬわ。それだけの時間では、どうしようも……」

 ふむ。

 僕は少し考えたあと、ドロテアをお姫様だっこする。

「なっ……お前っ……!?」

「我に、教主がいる場所を教えよ」

 ドロテアは戸惑いながら説明する。幸い、ここ王都に教団本部があるそうだ。

「ゆくぞ」

 僕は自分にも付与魔法をかけ、身体能力を爆発的に上昇させる。

 そして足に力を込め——跳躍した。ひとっ飛びで二百メートル以上。しかも風魔法を応用して空中に足場を作ったので、速い速い。

 移動中に【停止】の効果が切れ、時間が動き始める。

 目的地である教団本部に到着するまで、二分もかからなかった。王都の裏通りにある、豪華な建物である。

 窓から中をのぞくと、巨大なベリアル像があった。

 その近くで太った男——教主らしい——が、十人近い女と性交している。いかにも邪教って感じだな。

「部下に暗殺させて、自分はお楽しみか……さあ、恨みを晴らしてくるがいい」

 下ろしたドロテアが、僕を不思議そうに見つめてくる。

「レ、レイヴン。お前は一体、何者なの?」

 僕は、意味も無く空を見上げて、

「我は影。この世のどこにでもいて、どこにもいない者……」

「ふふっ、なんだそれは。意味が分からん……!!」

 なんだと。かっこいいだろうが。

 ……しかしドロテア、笑うと凄い可愛いな。

「では行ってくるわ。ありがとう……さようなら」

 ドロテアが窓を割って飛び込んだ。

「教主ぅううう!! よくも私に毒を!!!」

 女達が驚いて逃げていく。

 一人残った教主を、ドロテアが持ち上げ——殴りまくる。教主が悲鳴をあげる。その声は次第に弱くなり……やがて死んだ。

 続いてドロテアはベリアルの石像や、建物も破壊し始める。

(うむうむ。与えた力をしっかり使っているな)

 リネットに力を与えるつもりが、思わぬ展開になったけど……満足のいく結果である。

 そして数分後。

 廃墟のようになった教団本部に、ドロテアは立っていた。

 憑きものが落ちたような顔で、僕に微笑みかけてくる……

 そして倒れ、死んだ。



 ベリアル教団は滅びた。

 街では、教団本部で目撃された黒衣の男(僕)が噂になっているらしい。 

 リネットは、狐につままれたような顔をしていた……無理もない。

 毒薬を飲んだドロテアがいつのまにか消え、あげくの果てにベリアル教団が滅びたのだから。

「アルド君。いったい、どういう事なのでしょう??」

「さあ」

 僕は知らないフリをしつつ、鼻歌をうたう。

 ああ——素晴らしい『力が欲しいか』ができた。大満足だ。





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