第4話(後編) なかなか『力が欲しいか』ができないので、策を弄してみる
●
翌日の放課後。
僕は水筒の水をガブ飲みしつつ、言った。
「ごくごく……リネット、僕もレイヴンさんに剣を教わりたいんだけど」
「まあ!」
リネットは、弾けるような笑顔で、
「素晴らしい向上心です。私からも、レイヴン様にお願いしてみましょう」
そして裏山——いつも『レイヴン』が稽古をつけている場所へやってきた。
「あれ? レイヴン様がいらっしゃいませんね」
リネットがキョロキョロしたとき……
ローブ姿の男女が現れた。言うまでもなく、昨日の二人だ。女の方はドロテアとか言ったっけ。
リネットへ短剣の切っ先を向け、
「リネヴェート様、お命を
(?)
なんだその、語呂の悪い名前。
僕は足をガクガクさせ、ビビったフリをして尋ねる。
「ひぃいいい刃物!! リ、リネヴェートって……?」
「私の本名です……申し訳ありません。王位争いにアルド君まで巻き込んでしまった。きっと、兄妹の誰かの差し金でしょう」
(えっ)
リネットは、もしや王族——しかも王位継承権の持ち主か?
(それなら、僕が力を与えれば……)
その力で国を改革したり、他国からの侵略を防衛したり……スケールの大きい事に使ってくれるだろう。ますます、力を与えがいがある。
リネットが、暗殺者を見据えながら、
「そのローブに描かれた紋章。貴方たちはベリアル教団ですね」
その名前は、知っている。
この国に近年現れた宗教で、邪神ベリアルを崇拝。
『教主』と呼ばれる男をリーダーに、背徳的な儀式を行ったり、暗殺部隊を育成したりしているとか。
リネットの兄妹の誰かが、ベリアル教団と手を結んだのかな。
「「リネヴェート様、ご覚悟!」」
男女二人が襲いかかる。
(よし! ぜひリネットを追い詰めて『力を欲しく』させてくれ)
……だが、僕の期待と裏腹に。
(こいつら、大して強くねえ……)
ゴリアテよりはマシだけど、まだ未熟なリネット相手に二人がかりでも攻めきれない。
それに。
(なんで、僕を人質にとらねーんだよ!!)
そうすればリネットの性格からして『詰み』じゃん。邪神崇拝してんだから、もっとダーティにいかないと。
仕方ないので、アドバイスを送る。
「うわー、足が震えて動けないー。僕が人質にとられたらどうしようー」
男がようやく気付いてくれ、僕を羽交い締めにする。
リネットが叫んだ。
「アルド君! おのれ卑怯な!」
僕の首に、男が短剣を押し当て、
「姫。ご学友を死なせたくなければ、剣を捨て、我らの手にかかることです」
「くっ」
リネットは唇をかみしめ、考えている。
よし、もう一押し。
「ひぃいいい!! 死にたくないよぉぉおおお!!」
僕は盛大に尿を漏らした。このために、水をガブ飲みしていたのだ。
「こんな情けない僕を見ないでよぉ……」
優しいリネットは目をそらす。あまりの
そしてリネットは……剣を捨てた。
「アルド君の命だけは、助けてください」
(さすがだ)
感心する僕を横目に、ドロテアが短刀を構えた。
リネットは歯を食いしばり、己の無力さを噛みしめている。
「もっと私が強ければ……!」
(よし、全て計算通り)
そして、これからのプランは……
時間を止める
↓
男の羽交い締めから抜け出し、超高速でレイヴンの恰好に着替える(リネットは目をそらしているから、見られる心配は少ない)
↓
リネットに『力が……欲しいか……』と語りかける。
今リネットは、かつてないほど己の無力さに
絶対に力を受け取るはず!
(さあ、いくぞ——)
満を持して、時間を止めようとしたとき。
「リネヴェート姫……私が間違っていました」
男が、僕を解放した。
(は!?)
呆然とする僕をよそに、男はリネットの前に膝をついた。
「俺はベリアル教団の一員である前に、この国の民。貴方のような気高い方こそ、王位を継ぐべきなのです」
(おいおい、僕のプランをブチ壊しやがって——)
「寝返るとは。ベリアル教徒として恥を知りなさい」
ドロテアの
リネットは驚いていたが……剣を拾い直し、僕を守るようにドロテアの前に立ちはだかる。
「あなた一人なら、私だけでも対処できます。撤退した方がいいのでは?」
(だよな……はぁ〜……)
とてもリネットに『力が欲しいか』できる流れじゃないよ。尿まで漏らしたのになぁ。
ガックリ肩を落とす。
……だがここから意外な展開になった。ドロテアが、懐から小瓶をとりだして、
「これは教主様から『危機に
(マジで!?)
懐かしいなー。
僕も転生前、そういう薬もらえるって聞いて、新興宗教に入ったなー。でも実際は覚醒剤だったので、ブチ切れて教団を壊滅させたなー。
その教主とやらは、力を上げる薬をくれたんだ。いい人だね。
(しかもそれで、リネットがピンチになれば……)
リネットに『力が欲しいか』が、できるじゃないか!
ベリアル教団サイコー! 入信してもいいくらいだ。
「それを飲んでは駄目です!」
リネットが慌てて止めようとする。力が増すのを警戒しているのかな?
「偉大なるベリアル神よ、教主様よ! 私に力を!」
ドロテアが、薬を一気に飲み干す。
ワクワクして成り行きを見ていると……
「ぐっ……ぐああああっ!!」
ドロテアが苦しみ始めた。うずくまり、大量に吐血する。顔面は
「げぼっ……これは、一体……」
リネットは、痛ましそうな顔をして、
「おそらく貴方が飲んだのは、ただの毒……それを『力を高める薬』と偽って渡されたのでしょう」
「う、嘘よっ!」
「知り合いの騎士から聞いたことがあります——ベリアル教団の教主は、拷問などによる秘密の
「そんな、そんな……教主様ぁああッ!! 貴方に、心も身体も捧げてきたのに、この仕打ちか!!」
悲痛な叫びをあげるドロテア。
リネットは拳を握りしめ、怒りを
……だが。
僕の怒りは、それ以上だった。
(き、教主とかいうヤツ、なんて事しやがる)
脳裏に
いや、毒薬である分、あの教祖より酷い。
そんなヤツは生かしておけん!!
「【停止】」
僕——そしてドロテア以外の時間を止めた。
超高速で『レイヴン』の恰好に着替える。そして大塚明夫さん風の声で……
ドロテアに語りかけた。
「…………力が…………欲しいか…………」
「げぼっ、貴様はレイヴン……これは【停止】!? こんな大魔法が使えるの!?」
「うむ。それだけでも我の力はわかるだろう」
僕は頷き、
「このままではお前は、教主とやらの思い通り、惨めに死んでいくだけ。復讐したくはないか?」
「……ええ、その通りね……許せない!!」
「そうか。では改めて問おう……」
マントをはためかせ、尋ねる。
「力が…………欲しいか…………」
ドロテアは、血を吐いて叫んだ。
「欲しい——欲しいッ!!」
僕はニヤリと
「ならば、くれてやる!!」
ドロテアに付与魔法をかける。
戦闘能力10倍などケチケチした事は言わず、50倍にしてやろう。
ドロテアは驚いた様子で、
「た、確かに、とんでもない力が湧いてくる……」
「それを用いて教主とやらに、復讐せよ」
「でも私は、あと10分もせずに死ぬわ。それだけの時間では、どうしようも……」
ふむ。
僕は少し考えたあと、ドロテアをお姫様だっこする。
「なっ……お前っ……!?」
「我に、教主がいる場所を教えよ」
ドロテアは戸惑いながら説明する。幸い、ここ王都に教団本部があるそうだ。
「ゆくぞ」
僕は自分にも付与魔法をかけ、身体能力を爆発的に上昇させる。
そして足に力を込め——跳躍した。ひとっ飛びで二百メートル以上。しかも風魔法を応用して空中に足場を作ったので、速い速い。
移動中に【停止】の効果が切れ、時間が動き始める。
目的地である教団本部に到着するまで、二分もかからなかった。王都の裏通りにある、豪華な建物である。
窓から中をのぞくと、巨大なベリアル像があった。
その近くで太った男——教主らしい——が、十人近い女と性交している。いかにも邪教って感じだな。
「部下に暗殺させて、自分はお楽しみか……さあ、恨みを晴らしてくるがいい」
下ろしたドロテアが、僕を不思議そうに見つめてくる。
「レ、レイヴン。お前は一体、何者なの?」
僕は、意味も無く空を見上げて、
「我は影。この世のどこにでもいて、どこにもいない者……」
「ふふっ、なんだそれは。意味が分からん……!!」
なんだと。かっこいいだろうが。
……しかしドロテア、笑うと凄い可愛いな。
「では行ってくるわ。ありがとう……さようなら」
ドロテアが窓を割って飛び込んだ。
「教主ぅううう!! よくも私に毒を!!!」
女達が驚いて逃げていく。
一人残った教主を、ドロテアが持ち上げ——殴りまくる。教主が悲鳴をあげる。その声は次第に弱くなり……やがて死んだ。
続いてドロテアはベリアルの石像や、建物も破壊し始める。
(うむうむ。与えた力をしっかり使っているな)
リネットに力を与えるつもりが、思わぬ展開になったけど……満足のいく結果である。
そして数分後。
廃墟のようになった教団本部に、ドロテアは立っていた。
憑きものが落ちたような顔で、僕に微笑みかけてくる……
そして倒れ、死んだ。
●
ベリアル教団は滅びた。
街では、教団本部で目撃された黒衣の男(僕)が噂になっているらしい。
リネットは、狐につままれたような顔をしていた……無理もない。
毒薬を飲んだドロテアがいつのまにか消え、あげくの果てにベリアル教団が滅びたのだから。
「アルド君。いったい、どういう事なのでしょう??」
「さあ」
僕は知らないフリをしつつ、鼻歌をうたう。
ああ——素晴らしい『力が欲しいか』ができた。大満足だ。
後書き:モチベーションにつながるので、
面白かったら作品の目次ページの、レビュー欄から
☆、レビュー等での評価お願いいたします
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます