第6話 なかなか『力が欲しいか』できないので、禁断症状が起こる

 騎士養成学校の放課後。

 僕が『レイヴン』の恰好かっこうになって裏山へ先回りし、リネットを待っていると。

 見知らぬ男が現れた。剣を抜き放ち、

「貴様がレイヴンだな! 命をもらう!」

(またか)

 最近、刺客に襲われることが多くなった。むろん王位継承争いが原因だ。

 僕はリネットの側近と思われている。彼女の力をぐためだろう。

(でも刺客、全員弱いなあ)

 一撃で殺した第三王子ワルターが、一番強かったほどだ。まあアイツ、王国で五指ごしに入る使い手だったらしいからな。

 攻撃をよけていると、刺客が不敵に微笑んで、

「やるな……『西のワルター』と恐れられた俺の攻撃を、ことごとくかわすとは」

 それ『東北のダルビッシュ』みたいなもんか? 大成しないフラグだぞ。そもそも僕、ワルター本人を倒してるし。

 で、西のワルターさんを、手刀で袈裟けさ切りにする。

「がはっ!」

 仰向けに倒れる彼。

 ふところから、瓶を取り出したが……フタを開けるまえに事切こときれた。

(なんだこの瓶?)

 手にとってみる。瓶に見事な彫刻がほどこされ、中の液体が輝いている。街で売っているポーションとは、雰囲気がまるで違うが……


「それは、エクスポーションですね」


 リネットが現れ、瓶を覗き込む。

「どんな傷も瞬時に治す霊薬です。その値段は、凄腕の職人・十年分の収入に匹敵するとか」

(おー。もうけたな)

 ちなみに今までの刺客も、身ぐるみ剥がしてから埋葬している。

 資源は有効に使うべきだし、そもそも殺しに来たんだから文句は言えまい。

 ホクホクする僕の横で、リネットが死体を見つめて、

「また刺客ですか。どの王位継承者によるものか知りませんが、りませんね」

 うむ、と答えようとしたとき。

 視界が赤く染まった。

 西を見ると、太陽が地平線に沈もうとしている。

「――リネットよ。どうして夕日が赤いか知っているか?」

「? いいえ」

 僕は、血だまりに倒れる死体を見下ろし、


「流れる血の色を、かき消すためだ……」


 こういう『意味わからないけど、深いこと言ってるっぽいセリフ』大好き。超越者っぽいからね。

「ええ。なぜ人は、争い続けるのでしょうね……」

 リネットの返しも良い。僕を尊敬してるから『レイヴン様が深いことをおっしゃっている』と勘違いしてくれる。超越者ロールプレイには、重宝する人材である。

(テンション上がってきた)

 次は『アレ』やってみよう。

「リネットよ。少し、王位継承の行方について分析しよう」

 僕は指パッチンした。

 

 時間魔法【停止】で、僕以外の時間を一分止める。


 飛び上がり、木の枝にひっかけておいた机と椅子……それにうろに隠してあるチェス盤をとる。

 それらをリネットのそばに設置。チェス盤には駒を置く。

(ええと、駒をどう並べればいいかな)

 チェスには詳しくない。適当に配置しているうちに、一分近く経ってしまった。慌てて椅子に座る。

 

 時間が動き始めた。


 リネットが驚きの声をあげる。

「い、いつの間に! 収納魔法ですか?」

 彼女からすると、机やチェス盤などが、指パッチンで突然現れたように見えるだろう。

 僕は問いにこたえず、僧正ビショップの駒をつまみ……

「刺客が増えてきたのは、敵が焦っている証」

 斜めに動かして、相手のキングを取れる場所に置く。

「それを逆用し、チェック・メイトをかけるというわけだ」

 僕は『チェス盤で思考を整理する』シーンも大好き。ルルーシュもやってたけど、カッコよかった。

(ああ、ついに出来た)

 感激していると、リネットが凄く言いづらそうに、

「あのぅ。ルークは斜めには動けませんよ?」

(え?)

 これルークだったの? 僧正ビショップだと思ってた。

 だがここで間違いを認めては、超越者ロールプレイに支障が出る。

「フッ、だからお前は未熟なのだ。リネットよ」

「えっ」

「人は駒ではない――決まった動きをするとは限らぬ」

 我ながら『じゃあなんでチェスで例えたんだよ』って感じの言い訳である。

 だがリネットは「なるほど!」と目を輝かせる。こいつ結構アホだよな。

「なんて深謀遠慮しんぼうえんりょ。すてき……」

 リネットが頬を染め、メスの顔で見つめてくる。

 だが慌てて我に帰り、

「はっ! いけません。私は王族。いずれ政略結婚する身。レイヴン様への想いは、絶たなくては!」

是非ぜひそうしてくれ)

 リネットは、僕と相思相愛だと勘違いしているのだ。

 僕が彼女といるのは『身体目当て』ならぬ、『力が欲しいか目当て』にすぎないというのに。

「では稽古を始めます」

 リネットが基礎トレをする。

 それをボーッと見つめながら、

(しかしまぁ、僕ですら刺客に襲われるってことは)

 継承権を持つリネットは、もっと危険だろう。

 騎士養成学校は人が多いから大丈夫だろうが、一人の時は危ない。僕がボディガードに付くことも考えないと……

 って。

(なんで、そんな事までしなきゃならんのだ。『力が欲しいか』したいだけなのに!)

 頭をかきむしる。

(ああぁ力を与えたい、与えたい、与えたいぃい……!!)

 女暗殺者ドロテアにやった時以来、満足のいく『力が欲しいか』が出来てない。禁断症状におちいっている。

(どこかに、力を欲するヤツはいないのか? 魔物とかでもいいから――)

 その時、ふと森の奥から。


 オオオォォォ……! オオオォォォォォオ~~~~ン……!!


 遠吠えが聞こえてきた。

 それは痛ましいほど、哀しみと絶望に満ちていて……

(この声の主、ひょっとしたら無力さに絶望しているんじゃないか?)

 勘違いでも構わない。行ってみよう。

 僕は魔法で明かりをつけ、暗い森へ飛び込む。リネットもついてきた。

 三百メートルほど進んだ時。


 木の根元に、傷だらけの犬が二匹倒れているのを見つけた。


(野犬の親子か? その割にはあまり似ていないが)

 傷は鋭利な刃物によるもの。人にやられたのだろう。子犬はかすかに息があるが、大きい方の犬は死んでいる。

 リネットが追いついてきた。呼吸を整えつつ、眉をひそめて、

「なんて酷い……聞いたことがあります。騎士養成学校の生徒に、犬や猫を殺して楽しむやからがいると」

 僕はフラフラと、子犬の前に両膝をついた。

「し、死ぬな、死ぬなっ!!」

 抱き上げる。服に血がベットリと付く。

 そんなの構わない。だって――


(まだ僕が『力が欲しいか』してないじゃないか!!)


 ふところからエクスポーションを取り、中身を子犬にかける。

 超高価らしいが『力が欲しいか』は全てに優先する。

 子犬を、地面にそっと横たえると……身体の傷が、みるみるうちに消えていく。

(よし。次は――)


 【停止】で、僕と子犬以外の時間をとめる。


 風魔法でマントをなびかせつつ、子犬に語りかけた。

「弱き者よ……力が、欲しいか……」

 あぁ、久しぶりにコレ言えたわ。

 恍惚こうこつとしていると、思わぬ事が起きた。

「はい」

 子犬が、喋ったのだ。僕を見上げてくる瞳には、知性の光を感じる。

(ビ、ビックリしたぁ)

 でも仮面のおかげでバレてない。こういう時のためにも、仮面は超越者ロールプレイに欠かせない。

 子犬が言う。

「ボクは神より人間界につかわされた、聖獣ガルムの幼体です」

(え、この世界って、神いるの?)

 いいね。神殺しをくわだてるヤツとかいたら、力与えたい。

 子犬――ガルムの説明によると、聖獣といえども子供の力は、普通の犬と変わらないらしい。

 ガルムは、成犬せいけんの死体を見つめて、

「そこで亡くなっている犬は、人間界で途方に暮れていたボクを、養ってくれた方です」

 育ての親というわけか。

 ガルムは全身を震わせながら、前足で地をたたく。

「ゆ、許せません……遊び半分でボクたちを殺傷し、笑っていたあの男が……!」

 リネットが言ってた、騎士養成学校の生徒かな?

(さぁ、改めて本題に入ろう)

 悪魔のささやきのように、尋ねる。

「改めて問おう――力が、欲しいか?」

「欲しい……欲しいですッ!!」

 ガルムが涙を流しながら、咆哮ほうこうする。

 僕はわらった。


「ならば、くれてやる!!」


 付与魔法で、ガルムの戦闘力を100倍にする。

 これだけでも満足なのだが……

 再び、思わぬ事が起こった。

 めきめきめき、と、ガルムの身体が大きくなり――あっという間に、見上げるほどのサイズになる。『もののけ姫』の犬神みたいだ。

(おおぉぉ、すげー!)

 ガルムも目をしばたたかせ、己の身体を見つめている。

「これは『変異』……戦闘力が一定に達した時に起こるものですが、幼いボクに起こるなんて」

 ゲームのクラスチェンジ的なものかな? こういう『力が欲しいか』すごい新鮮!

 ガルムは僕の前に伏せて、

「命を救っていただいたばかりか、このような力まで……貴方に、永遠の忠誠を誓います」

「そんな事は、どうでもいい」

 本当に、どうでもいいのだ。

 僕の望みは力を与えること。そして、それを有意義に使ってくれることだ。

「今お前がすべきは、我にこうべを垂れることではなかろう」

「『仇を討ってこい』というのですか。なんという寛大かんだい御方おかた……!」

 ガルムは改めて一礼すると、弾丸のように駆けていった。

 

 そして【停止】がとけ、時間が動き始める。


 リネットが、きょろきょろ辺りを見回して、

「あ、あれっ? 小さい方のワンちゃんは……」

「元気に走っていったぞ」

 リネットが「いつの間に?」と首をかしげる。

 それから……僕の前に立って、ウットリと見つめてきた。

「レイヴン様、普段はクールなのに――」

(ん?)

「傷ついた子犬に『死ぬなっ!!』と叫んだり、高価なエクスポーションを躊躇ためらわず使ったり、なんてお優しい」

 優しくなんてないよ。我欲がよくのままに生きてるだけだ。

「やはり貴方は、私の運命の人」

 そう言うや、リネットは服に手をかけ、上着もスカートも何もかも脱ぎ……

 一糸まとわぬ姿になった。

「いずれ政略結婚する私に、一夜の夢をくださいませ」

 その女神のような裸身を前に、僕は――


(いや、別にいいよ)


 素晴らしい『力が欲しいか』が出来たんだから、余韻よいんをブチ壊さないでくれ。

 リネットが風邪をひくとまずいので、マントをかけて、その場を去った。

 後ろから、嗚咽おえつが聞こえる。

「レイヴン様、なんという自制心! なぜ私達はこんなに愛し合っているのに、結ばれないのでしょう……!」

 うーん。悲劇にひたっている。

 あいつ意外と、ネジ飛んでるよな。


 その後。

 裏山で、四肢ししを嚙みちぎられた生徒の惨殺死体が発見された。無論ガルムによる仇討あだうちである。

 ガルムは僕の部下となったので、リネットを刺客から守る役割を与えている。

 素晴らしい『力が欲しいか』に加え、ボディーガードもできた。一石二鳥だ。

(しかし、僕をいじめてた、ゴリアテと取り巻き二人に続いて……)

 よく生徒が死ぬな、この学園。金田一少年の母校かよ。

 まあ全部僕が関わってるから、あまり文句はいえないけど。




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