第7話(後編) 理想の『力が欲しいか』のために、学園生活を頑張る


 学校の裏山に、ガルムの声がこだまする。

「らーらー、らららーーらーらーーー」

「違う! もっとおごそかな感じで!」

 僕はガルムに、歌を教えていた。

 無論『力が欲しいか』の、BGMとするためである。

 教えるのはバッハの『小フーガ ト短調』。荘厳そうごんきわまりない名曲だ。

 ただこの曲は、本当はパイプオルガンで奏でるもの。アカペラでやるのは無理がある……普通の人間ならば。

「レイヴン様。次はボク、お腹から声を出すことを意識してみます」

「『意識』では足りん。貴様は、肉体を自由に変えられるんだろう」

 うなずくガルムに、僕は、

「『上手く歌う』——それだけを目的に、肉体を変化させろ!」

「ええーっ!?」

 ガルムは、しばらく頭を抱えたあと……

「わかりました。とりあえず腹筋を強化してと……ららら、らららーーーー♪」

 お、少しマシになった。

 だがまだ理想には遠い。

「次は、より大きく息を吸うため、肺のデカさを3倍にしてみろ」

「ええっ」

「理想の歌声がでるまで、貴様の身体を何百回、何千回と変化させるぞ」

「ひぃいいい!」

 ガルムが悲鳴をあげる。

 うーむ。厳しいだけじゃモチベーション上がらないし、ご褒美もやるか。

「がんばれ。あと一時間練習したら、いいものを食わせてやる」

「わぅ! 牛ですか、羊ですか?」

「あれだ」

 僕が指さしたのは……

 屋上から持ってきた、ゲントナーの死体。

「わぁい美味しそう! やったー!」

 僕をイジメていたヤツだが、思わぬ形で役立ってくれた。

 ありがとうゲントナー。君はガルムに残さず食わせるよ。証拠隠滅の意味も込めて。

 

 それから二週間。

 ガルムは歌の練習、僕は【運命の賽子サイコロ】の特訓をみっちり行った。

 そして——



 王都から離れた場所にある『魔の森』。

 冒険者である俺は、死の危機に瀕していた。


 ゴァァアアアアアア!!


 目の前で咆哮ほうこうするのは、巨大な猿『キングエイプ』。多額の懸賞金がかかった魔物だ。

(こいつさえ倒せば……)

 A級冒険者に昇格できる。そうすれば、晴れてあの女性ひとに結婚を申し込める。

 ……なのに。

 キングエイプの分厚い皮に、俺の剣はほとんど効かない。爪による攻撃で、こちらの全身は傷だらけだ。

(なぜ俺は、こんなに弱いんだ!)

 心が絶望で満たされた時。


 ——キングエイプが、ピタリと止まった。

 草も、木の枝も、凍り付いたように動かない。


(こ、これは【停止】か?)

 時間を止める、伝説級の魔法。

 いったい誰が……


 ララ……ララララ……


 今度は、見事な声量の歌声が聞こえてくる。聞いたこともないほど美しく、荘厳そうごんなメロディ。

 歌声の方を見れば——

 空中に人間が二人、浮いていた。

 歌っているのは小柄な美少女。それを従えるように、仮面の男がいる。

 仮面の男が語りかけてきた。

「我が名は……レイヴン……」

 あまりに異様な状況に、絶句する。こいつらは神か、悪魔か?

「弱き者よ……」

 黒衣の男——レイヴンが俺を見下ろす。

 マントをひるがえし、低い声で、


「力が」ラララ〜〜ララララ、ララ〜


 歌声がかぶって、よく聞こえなかった。

 聞き返してみる。

「えっ? 『力が』のあと、なんて言った?」

 レイヴンが、少女に『声量を下げろ』というようなジェスチャーをする。

 だが少女は集中しているのか、気付かない。

 レイヴンは頭を抱え……地面に降り、近づいてきた。俺が聞き取りやすくする為だろうか。


「弱き者よ……ちから」ララララ〜〜〜〜〜ラララ〜〜

 

 だがまた歌声がかぶって、よく聞こえなかった。

 レイヴンは俺の耳元で、ヤケクソ気味に、

「弱き者よ!! 力が欲しいかぁ!!」

「え!? そりゃまあ」

「ならばくれてやる!!」

 レイヴンが俺に、なんらかの魔法をかける。

 そして少女を小脇に抱え、大急ぎで去って行った。

(な、なんだったんだ??)

 首をかしげていると。

 

 ゴアアアアアアアアア!!


 キングエイプが咆哮し、動き出した。【停止】が切れたのだろう。

「ひっ!」

 苦し紛れに、剣を突き出す。

 命中はしたが——先程までと同様、キングエイプの分厚い皮に、小さな傷しかつけられない。

 だが。


 ギイイイイイイ!??


 キングエイプが突然苦しみだし……倒れた。

「え?」

 おそるおそる確かめてみると、死んでいる。レイヴンがくれた『力』のせいか?

(あ、ありがとうレイヴン。なんかグダグダだったけど)

 きっとあの仮面の下、真っ赤になってたんじゃないかな。


● 


 僕は木陰に隠れ、溜息ためいきをついた。隣にはガルムがいる。

「おいガルム。練習の時に散々さんざん、『僕が喋るときは声量を抑えろ』と言ったではないか」

「きゃうん、申し訳ありません」

 初めて行った、BGMつきの『力が欲しいか』……

 グダグダだったが、まあこれから改善していけばいい。挑戦に失敗はつきものだ。

(だが【運命の賽子サイコロ】はうまくいったな)

 うまく異能を与えられたようだ。 

「ガルムよ。さっきの冒険者、キングエイプを一撃で殺していたな。あれは何の異能であろう」

「うーん、『攻撃した相手に死を与える』とかでしょうか」

 おー、めちゃくちゃ強いじゃん。不意をつかれたら、僕でさえ死ぬぞ。

(その異能を、これからアイツどう使うだろう? 最強の冒険者になるだろうか?)

 わくわくして、さっきの冒険者を木陰から見る。

 複数の骸骨剣士に、切り刻まれ死んでいた……あれ?

「わぅ。即死系の異能なので、既に死んでいるアンデッドには効かなかったようですね」

(なるほどなぁ)

 最強クラスの異能でも、弱点つかれると死ぬ。これも異能バトルの醍醐味ではある。

(ともあれ【運命の賽子サイコロ】と、ガルムの歌で、僕の『力が欲しいか』の完成度は上がった)

 満足だ。

 ガルムには褒美ほうびに肉でも買ってやろう……と思っていると、よだれを垂らしながら駆けていった。あの冒険者の死体を食うつもりらしい。

 ふむ。

 肉代が浮いたな。





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