11 交際宣言・彼女の誠意

「えっと、何かな?安西君。あ、さっきの事だったらいいよ気にしないで」


 図書室と言うこともあって、くるみが小声で応える。さっきの事ってなんだう?  この安西とか言う男子はくるみと同じクラスなのか? ちょっと親しげにくるみが応えただけなのに若干イラっとする。


「いや、教室の掃除の件じゃないんだ」


 やはり同じクラスの奴か……。

 掃除の件とかって単なる連絡事項的なものだった事にホッとしてる自分がいて、そんな些末な事に一喜一憂してる俺ってちっせーなと自嘲する。


「円谷さんは、このダイブツとやらとどういう関係なんだい?」


 コイツ、素でダイブツって言ったよな? 俺がそう呼ばれてるのをどこかで聞いたんだろう。他のクラスの奴ならしょうがないか。

 でもくるみ、ぷって小さく吹いたよね? 見てたよ、今。


「やだな、安西くん。本気でダイブツって言ってる?アキく……っ!」


 くるみがハッとした表情かおになる。ようやく安西が何故自分に話しかけて来たのか気づいたようだ。先程までいつもの4人でいたし問題に集中してたしで、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどな。

 どうしよう? と言う表情かおでこっちを見られてもなー。今俺が変に反応すると事態がややこしくなるよね? コレ。

 

 どうしようかなーなんて考えてたら、更に4~5名の男子が立ち上がってこっちへ向かってくる。何んなのこの男子たちって? こいつら全員くるみに告った奴らなの?

 図書室全体がちょっと騒がしくなってるんですけど……いいんですかね? 誰か注意しないの? 周りを見渡すと皆こっちをすっげぇ見てる。女子なんか目ぇキラキラさせながら食いついて見てる。ダメだなこりゃ。


 図書室の入り口にレイと佐野の姿が見えた。今戻って来たのか? 二人とも「あちゃー」って顔になってるし、ちょっと前に戻って来てて様子を見てたのか?

 俺たち二人を囲んだ男子のうちの一人が、


「おいオマエ。高杉のツレかなんか知らねーが、自分も円谷さんと友達になった気になってんじゃねーのか?」


 勘違いしてんじゃねーぞって、軽く小突いてきた。勘違してんのはそっちだけどな。友達てかカレシだし? あ、やべ、なんかにやけちまった。煽るつもりは毛頭ないんだよ。ホントだよ。だから、そんなに眉を吊り上げないで。

 俺が小突かれた事によってレイがこっちに来ようとしてる? おっ見直したよ。と、思って見てたのに佐野がそれを止めた。

 くるみが立ち上がったからだ。


「安西君、加藤君、田中君、西澤君、船山君、益子君……えっと、それと吉田君」


 男子たちの顔を順番に見ながら声をかける。うん。キレイに五十音順に声かけてるね。スマホのアドレス並みにくるの中では整理されてんだろうなー。

 やっぱりくるみに告った奴らなのか……最後の吉田って俺のクラスの奴じゃねーか、おとなしい感じなのに意外とやるな。けどくるみ、吉田は座ったままだしくるみが言わなきゃバレなかったよ? 思わぬ流れ弾に「うっ!」ってうずくまってるし、可哀そうだからやめて差し上げて!


「ごめんなさい!告白して貰った時も言ってるけど、改めて言います。ごめんなさい」

 

 腰を直角に折って、くるみが頭を下げる。俺も隣に並んで頭を下げるべきかと一瞬血迷ったが、周りを煽るだけなので当然やめておく。


「私には男の子とのお付き合いって正直わからなかったし、話した事もない人からお願いされても、私のどこがいいんだろうって疑問もあって……」


 まー、そうだよな。可愛いってだけの理由だったら、もっと可愛い人がいたら簡単にそっちに行っちゃいそうだしな。テレビに出てるアイドルに対してならそんなもんだろうけど。


「でも、ここにいる大仏おさらぎくん……いえ、アキくんは私が苦しい時に助けてくれてっ、嬉しい時に一緒に喜んでくれたっ……だからっだからっ私っ……」


 多少美化されて恥ずい感じもするけど、ここは俺が言わなきゃだよなー


「まっそう言う訳だ。俺たち実は付き合ってるんだ。横からさらうような感じになって悪いな」


 ここにいる全員が信じられないって顔で固まった。難攻不落の城が落ちて愕然としている兵のような心境なのか、誰も動けないし口も開けない。

 本来図書室のあるべき状態に戻ったとも言えるが……ハッと安西と呼ばれていた男子が我に返って俺の胸倉を掴んできた。だが、


「その辺にしとけよ。それ以上やるとみっともねーぞ」


 と、穏やかに笑うレイに手首を抑えられた事によって、それ以上力を籠められることはなかった。更に、


「はーい。青春ドラマはそろそろ終わりだよー」


 敢えて間延びしたような佐野の一言によって場の緊張は解け、集まった男子達も「けっなんでアイツみたいな奴が」とか捨てセリフを言いながらも、元の場所へと戻って行った。

 そんな男子達に、くるみはずっと頭を下げ続けていた。


「ありがとな。助かったわ」

「ありがとう桃夏」


 礼を言う俺たちに、レイと佐野の二人は穏やかに微笑んでるだけ。

 この先もこいつらとは長い付き合いになりそうだな……と、思った瞬間だった。


 その日俺たちは初めて二人で下校した。

 今まで俺はレイの友達で、くるみは佐野の友達ってていで4人で行動する事が多かった。それでも俺に対しては「なんだアイツぽっと出のクセに」みたいな圧は凄かったのだが。

 

 今日の図書室での一件は光の速さで広まったらしく、くるみの人気を改めて思い知る事になった。

 まーだったらもう良いんじゃね? って事で、開き直って二人で下校してみた訳だけど、遠巻きに見てくる男子達の目からは鼻水交じりの涙やら冷凍ビームが出ていたのは言うまでもない。


 本来俺は高校がある街が地元だけど、電車に乗るくるみに合わせて駅まで二人で歩いている。放課後、制服でくるみと二人きりで歩くと言う新鮮さと、突発的に起きたイベントが幸せ過ぎて多少の遠回りなんて寧ろご褒美だ。


 学校から離れるにつれ同じ制服の生徒たちがまばらになった頃、時折手の甲にコツンコツンと何かが当たるのに気付いた。

 ん? ……くるみの顔を見ても特に何も反応はない。

 それでもまた手の甲に何かが当たる。当たった時に自分の手を見ると、くるみの手の甲が当たってる……けど、再度くるみの顔をみてもやはり反応はない。

 

 だが、俺は思い切って一つの賭けに出た。

 くるみの手の平に俺の手の平をそっと合わせてみたのだ。初め小さくビクッとしながらも、振りほどく事はせずにくるみの方からも握り返してくる、俺の賭けは外れなかったようでホッと息を吐いた。


 俯いて無言で歩く俺たち……小学生のカップルかな? イマドキ中学生のカップルだってもっと楽しそうに手を繋いで歩いてるよね?

 仕方ないじゃん? 母親以外の異性と初めて手を繋いで歩いてるんだからさ。フォークダンス? あんなものノーカウントです。男女比が合わなくて野郎同士で踊った時の手の感触なんざトラウマレベルだわ。


 にぎにぎ……「(意外に歩きづらいね、コレ。世のカップルは数をこなす事で息が合ってくるの?)」

 にぎにぎ……「(手、小っさ!何これ?母親の手は自分が小さかっただろうし、何よりもう覚えてない)」

 にぎにぎ……「(思ったよりひんやりしてるね。女性って冷え性の人多いって聞くし大変なんだな)」

 

 おー、すべすべしてるなって手の甲側を親指でさすってたら、あれ? 冷たかった手が熱くなってきた?


「あの?……アキくん?」


 頬を染めたくるみがジト目を向けてきて


「何してるの?恥ずかしいよ?」


 おわっ! 俺ってカノジョの手の感触に夢中になるあまり、カノジョ自身の事を忘れてた!?

 バカなの? ねぇ俺ってバカなの? 引くわー、自分にドン引きだわー。




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