8 夜の公園・彼女の正体

 昼休みの屋上、俺は今、円谷に呼び出されていた。

 うちの学校の屋上は解放されておりベンチも置いてあるのだが、冬のこの時期屋上で昼飯食ってる奴もなく二人きりだ。


 円谷もそれを承知でここに呼び出したんだろう。それだけ告白を数多く受けてるんだろうと思ったらなぜかモヤっとした。

 例の学食での一件以来、何かと佐野と一緒に俺たちのクラスに来ては、レイと佐野がイチャついてる合間に俺にちょっかいをかけくるので、周りの男子からの冷たい視線が痛かったのだが、呼び出されて話すのは初めてだ。


「今までからかっててゴメンね」


 ベンチに座ることもせず、俺と向かい合った円谷が切り出してきた。

 え? 告白なんてことじゃないくらい初めから知ってたよ? いや、ホントに。強がりじゃなくて。

 まあ、それについては実際に冷汗をかいたこともあったがもう済んだことだ。それに俺は今になってあれは単純にからかっていたわけではないのではないかとも思い始めている。


「ああ、気にすんな。悪気があった訳じゃないんだろ?」

「うん。でももう終わりにする」


 からかうことを止めるってことか?そんなことわざわざ宣言するのか? それに何故そんな寂しそうな表情かおをする?


「ホントにゴメンね。これお詫びのしるし


 と、言ってミルクたっぷりの缶コーヒーを手渡してきた。

 もうすでにぬるくなっていたそれを受け取り仮説が確信に変わる。


「じゃね」と言ってドアノブに手をかけた円谷の後ろ姿に向かって、

「くるみ……なのか?」と声をかけてみるが


 名前も顔も違う二人が同一人物なんてこと……ファンタジー系のラノベみたいな話が現実にあるのか?

 振り向きかけた円谷の目が潤んでいたような気がするが、結局そのままドアを開けて出て行ってしまったので俺の見間違いかも知れない。




「で、ルミを振ったアンタが今更ルミについて聞きたいことって何?」


 佐野の目がすーとほそまる。ただでさえキツめの顔なんだからさ怖えーよ。

 いや、それに俺が円谷を振ったって何? 寧ろ俺のほうが告ってもないのに振られたような釈然としない気分になってるんですけど。

 

 どうしても気になった俺はレイに頼んで佐野と一緒にファミレスに来て貰った。

 佐野は今でも円谷と仲がいいようだが、確か同中だったはずだ。

 佐野の隣に座るレイは


「今日はアキの驕りだからな?昨日は円谷に呼び出されて俺たち二日連続れんちゃんで金が「ちょっと!」」


 レイが佐野に小突かれて「しまった」って表情かおになる。ほんとコイツはいつも迂闊だよな。佐野こいつも苦労してるんだな。

 うん? 俺が頼んで来て貰ったんだから飲み物くらい奢るのは吝かではないが(全部奢るとは言っていない)昨日は円谷が?


「いや、お前のことは何も言ってないぞ。うん。個人情報だしな」


 って、俺は何も言ってないんだが? てか、俺のことを聞かれたの?

 あーあ、佐野はもうこめかみを押さえてるよ。


「円谷の家って花屋なのか?」


 駅前に花屋なんていくらでもあるだろうけど、円谷って苗字はそんなに多くない。単なる偶然にしては引っかかるんだ。

 佐野は中空を見つめて暫く逡巡していたようだが、何やら決心したのか俺の目をじっと見つめて


「ね、アキ。最初に言っとく。これから話すことはルミのかなりプライベートなことなの。だからアキ、ルミのことをお願い」


 お願いの内容がイマイチわからんが、とりあえず頷いておく。

 佐野が話した内容をまとめれば、円谷の父親が営む花屋の業績が近年悪化し経営が危ぶまれてること。それが元で不仲になり両親が半年くらい前に離婚してしまったこと。今は父親とは一緒に暮らしてないってことだな。それに、円谷本人は両親に復縁して欲しくて経営を立て直すために花屋を手伝いたいって言ってるんだとか。


「ところでさ、アキ。なんでルミって学年一可愛いとか言われてんのにカレシがいないと思う?」


 佐野の表情がニマニマしたものに変わってそんなこと聞いてくる。が、そもそも円谷の恋愛事情自体知らないっすけど?


「ルミってね、中学んときまでは眼鏡してて前髪も長くてお世辞にも可愛いっては言えなかったんだ」


 へー。


「でね、元はいいってのは知ってたからコンタクトに替えさせて髪も多少切ってね、お化粧も教えたの」


 え? 円谷って化粧してたの? ナチュラルメイクってやつか? 全然気付かなかったわ。佐野はまあわかるけど。

 俺がじっと見るもんだから、何よ? って表情かおしながら、


「性格っていうか人との接し方ね。それも見ててアドバイスしてたらさ、初めは演技っぽかったんだけど段々自然になってきてね、そしたら男子から告白の嵐よ」


 ほー。いわゆる高校デビューってやつか。


「高校で自分を変えて、モテるようになって喜べばいいじゃない?普通」


 まーそうだな。


「ところが、外見を変えただけなのに、名前も知らない話したこともない男子からの告白が続くようになって、却って男子に不信感を抱いちゃったのよ、あの子」


 えー? 俺に絡んでたときはそんな感じしなかったけどな。


「そんなルミが最近「私を外見じゃなく見てくれる人がいるんだー」って嬉しそうにしてるんだよねー」


 と、意味あり気に微笑む。まさかな、それが俺だなんて思うのは自意識過剰ってもんだ。だいたい円谷とは接点がない。俺の突拍子もない仮説を考慮しなければだけど。


「それにこの間がさ「え?」」


 今なんて言った?


「あー、くるみって言うかルミね。この間ね「いや、ちょっと待って」」

「円谷の下の名前ってなんていうの?」


 レイが呆れた表情かおをしながら

 

「お前、名前も知らなかったの?」


 いや、仕方ないだろ。俺にとってアイドルって文字通り偶像アイドルなんだよ。可愛いけど眺めてればそれでいいみたいな存在。それに、佐野がルミって呼んでるもんだから『瑠美』とかだと思ってたよ。


「もう一人いたんだよ。中学ん時の同じクラスに漢字で『胡桃くるみ』って子がね。だから自然と区別するためにルミになっちゃってた。今はルミって呼んだりくるみって呼んだりバラバラかな」


 俺はもうこの時点で嫌な汗が流れ心臓がバクバクいってるが、どうしてももう一つ確認しなければと、はやる気持ちをなんとか落ち着かせながら


「こんなこと聞いていいのかなんだけど、円谷の親が離婚してるなら苗字ってどうなってるんだ?」

「うーん……親が離婚したのが夏休みの間だったんでルミん家のこと知ってるのってたぶん私しかいないし」


 確かにレイもさっき初めて聞いたような表情かおしてたな。


「書類的には『円谷』じゃないんだろうけど、卒業まであと半年ちょっとだからって学校側も呼び方は今まで通りにしてくれてるって言ってた。書類的な苗字は私も知らない。そこらへんはルミも話たがらないし」


 あっでも、と思い出したように


以前まえに一度お母さんの実家だとかって幼稚園に一緒に行ったことある。なんだっけかな『野』?『野原』?」

「『野々原』かっ?」

 

「あ、そう!」と答える佐野の声は、俺が立ち上がる音でかき消されていた。


 もう気付いたら電車に乗っていた。居ても立ってもいられなかった。佐野の言う『ルミ』を教習所近くの公園に呼び出して貰い、その返事を待つことなく「驕りはまた今度な!」とだけ言い残してファミレスを飛び出してきた。呆気あっけにとられて口を開けたまま間抜けな顔をしていたレイにはあとで埋め合わせをしなきゃな。


 くるみが来る確証はない。そんなに遅いという時間帯ではないが、女子を呼び出すには十分に常識外れな時間だとは思う。

 

 どうせ家にいても気になって何も手に付きそうにない。待つだけ待とう。

 先日肉まんを頬張ったベンチに座り30分くらいは経過した頃だろうか、人影がこちらに近づいてくる。街灯の光に透けたセミロングの髪、更に近付いて上半身が照らされてみると……


 髪を下した円谷がそこにいた。

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