6 公園デート・彼女と名前呼び

「ゆいだよ。ののはらゆい」


 500円を拾って貰ったお兄さんにすっかり気を許し、満面の笑みで自己紹介をしてくる幼女。子供がそれほど好きではないはずの俺も素直に「可愛い」って思ってしまうほどだ。

 うん。小さな女の子もなかなか…っていやいや、開きかけた新たな扉をそっと閉じる。


 『ののはら』はたぶん野々原だろうし『ゆい』は唯?由衣?まあそれはどうでもいい。いや、どうでもいい訳じゃないけど今はいいだろう。

 野々原さんにこんな大きな子供が? そんな歳だったの? とかいろいろとパニックになったが、流石にそれはないかと思い直した。冷静になれ、俺。

 じゃあ妹さん? 歳は離れてるけど、なくはない年齢差だ。そんなことを考えていたら、


従妹いとこなんです」


 エスパー? って、思ったけど単純に表情かおに出てただけだな。

 ここは駅近くの公園。冬の夕暮れは早くもう陽が傾いてきていて、肩にかかる野々原さんの髪が赤く逆光に透けて幻想的ですらある。

 冬にしては夕方になってもそれほど寒くはない日なので、公園のベンチで皆んなで肉まんを頬張っている。

 暫定『唯』ちゃんは野々原さんの従妹のようだが、唯ちゃんと同じくらいの年頃の女の子ともう一人男の子も連れていた。


「母の実家が幼稚園で、こうして休みの日にはたまに手伝っているんです」


 またまた疑問が表情かおに出ていたようだ。

 初めて話した日に親戚の仕事を手伝ったお金でってこれのことだったんだなと思い返す。

 

 今日も教習所を終えて幼稚園に寄ったらちょうどおやつタイムで、肉まんを買いに行こうという話になったところにちょうど顔を出したもんだから、それならと野々原さんを含めて4人で幼稚園を出たらしい。

 

 出たのはいいが、唯ちゃんがお金を持ちたいと言い出し、先にコンビニに着いて皆んなの分を買っておこうと意気込んじゃったみたいで。

 走って行った唯ちゃんが皆んなから離れて行っちゃうんで野々原さんも追いつこうとしたけど、二人の手を引いており思うように追いつけないし普段使わない近道を通ったとは思わずで、完全に行き違いになったというのが『唯ちゃんピタゴラ事件』の顛末のようだ。


 俺の分の肉まんも野々原さんが出そうとしてくれたけど、流石に丁重にお断りし自腹で肉まんとミルクたっぷりの缶コーヒーを買った。甘いコーヒーと肉まん? バッチリ合うよ。


「お母さんの実家の仕事を手伝ってるってことは野々原さんは学生なんですよね?大学生ですか?」


 なんか自然に尋ねられるような話の流れだったので思い切って聞いてみた。

 実は今日、ディスカッションの部屋に置かれた教習原簿を見ようとしたのだが、昨今の個人情報保護の観点からかカバーがしてあって、名前しか見えてないことを自分の原簿がそうなってることで思い出した。野々原さんの原簿も『野々原くるみ』と名前だけが見えてて名前は平仮名なんだなとわかったのが精々の追加情報だ。


「うふふ、同い年ですよ」

「えっそうなんですか?てか俺歳言いましたっけ?」

「あっ」

 

 と、小さく声をあげたような気がしたが


「こ、高校生。そう、高校生だって言ったじゃないですか。高校生で教習所に通ってるんだったら普通同い年ですよね?」


 高校生だとも言ってない気もするけど、ゆるふわお姉さんも勝手に俺を高校生認定してたし、俺が大学生とか社会人には見えなかったって事だろうな。でも、なんでそんなに慌ててんの?


 そんな俺たちを唯ちゃんともう一人の女の子はニコニコ見てるけど、男の子の方は俺のこと睨んでるよなあ。あれか? お前このお姉さんが初恋か? 幼稚園の先生が初恋相手だなんてベタな初恋だなマセガキ。正確には野々原さんは先生じゃないけどな。


「で、野々原さん「くるみちゃんだよ」」

「「え?」」


 俺が次の話題のために野々原さんに話しかけたら唯ちゃんが被せてきた。「くるみちゃんだよ」って何のこと?


「あのね、ゆいも『ののはら』だから返事しちゃいそうになるよ。お友達の中でも『ののはらさん』って呼ぶ子もいるんだよ。お父さんもお母さんも『ののはら』だし『くるみちゃん』は『くるみちゃん』なんだよ」


 うん? 唯ちゃんの言いたいことを意訳すると俺にも『くるみちゃん』呼びをしろってことか?

 いやいや、でもそれ唯ちゃん。ハードルめちゃめちゃ高いよ。カンベンして貰ってもいいかな?


「ね。野々原さんからも「くるみちゃんだよ!」」


 うわっ、さっきより強めに被せてきたよ。野々原さんが「ぷっ」って吹き出して


「私も『くるみ』って呼んで貰っていいですよ。唯もこう言ってますし、でもちゃん付けは流石にムリがあるので」


 あ、そうだと何かを思い出したように


「じゃ、私も『アキくん』って呼びます。これでお相子ですね」


 お相子って何? 俺の方を名前呼びする意味ってなくね? それに『アキラ』じゃなくて『アキ』なの?

 えー? じゃ失礼して、


「それで、くっ、くるみはさ明日高速教習なの?」

「あっ、そうです。私も明日高速教習です。あ、アキくん」


 なんだこれ。心臓って口の中にあったんだっけ?って思うくらいにドキドキがうるさい。

 くるみも俯いてるし、俺たちは一体何をしているのだろう?

 円谷つぶらやの時の名前呼び云々の時は何も感じなかったのにな。


「じゃ、日が暮れて寒くなる前に私たちは帰りますね」


 と、言ったくるみの顔が赤いのは夕日のせいだろうし


「おう。気を付けて」


 バイバイと手を振る唯ちゃんに手を振り返す俺の顔が赤いのも夕日のせいだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る