05 - 鋼鉄の巨人

「君に見せたいものがある」


 突如、眠っていた啓人の部屋に訪れたベリオスが、そんなことを言った。

 背後には銃で武装した二人の兵士を引き連れており、隙がない。


「ついてきたまえ」


 返事を待つこともなく、ベリオスは歩き出す。

 啓人は兵士に促されるまま、ベッドから腰をあげた。


 その後を追いながら、啓人は用心深く施設の内部を伺う。

 今の状況では、脱出口がどこにあるのかさえ分からない。

 ベリオスは『出入りは自由だ』と言った。だが『好き勝手に歩くと危険な目に遭う』とも言った。

 危険な目に遭うのはどういう場所だ。自由に出歩けるのはどこまでか。ベリオスに説明する気はあるのか?


(迂闊な行動は危険だが……)


 だが用心深く目を向ければ、警備が厳しそうな場所は一目でわかった。

 そちらに近づくのは簡単ではないだろう。


 ベリオスは扉を開く。

 潮の音が聞こえた。

 眼前に広がったのは――広大な蒼。


(ここは……海の上にあったのか!?)


 慌てて左右を見渡す。

 水平線がどこまでも続き、陸はどこにも見えない。

 それはつまり――


(脱出は、不可能……?)


 ヘリを奪う、船を奪う……? いや、どちらに行けば陸があるかもわからない。

 冷たい確信が背を這うのを感じながら海を見つめる啓人に、ベリオスは足を止めた。


「海が好きかい? ならば、時々見に来るといい。甲板は解放しておこう」


 息子のためだからね、と笑うベリオスに、啓人は無言でうなずいた。

 自由に行動できる範囲が広がることは歓迎だ。どれほど絶望的な状況であろうが、啓人にとって『諦める』という選択肢はない。


 渡り廊下の先には、また建物があった。

 どうやらこの施設は、いくつかの建物をここと同じ渡り廊下でつないでいる。さらに海上には、小島のような人工島があるのも見えた。


 生憎ながらゆっくりと観察する暇はない。

 後回しにして、ベリオスの後を追う。

 階段を降り、さらに降りる。いくつもの階段を下りて、啓人はすでに、そこが海中に達していることを察した。


 ――海上、そして海中。

 基地は予想よりもはるかに広い。ちらりとしか見えなかったが、基地全体にいくつもの兵器が備え付けられてあるのも見た。

 それはベリオスの持つ力が、想像よりもはるかに大きなものであることを意味していた。

 ベリオスに付き従う兵士の態度を見る限り、ベリオスはこの基地の支配者か、あるいはそれに準じる立場に間違いない。


(……関係ない)


 ほの暗い感情が啓人を満たす。

 どのみち殺す。殺してやる。この基地にいる人間すべて――。


 今はまだ力が足りなくとも。

 いつか必ず――。


 地下に広がっていたのは、広大な空間だった。

 暗くて何も見えない。鋼材で組まれた足場を歩く音ばかりが反響する。

 ただ闇ばかりが広がる深淵に、啓人は、この世界に来る前……あの少年と邂逅した空間のことを思い出していた。


「これだよ」


 不意に足を止めたベリオスの言葉と同時に、ぱっと灯りが灯った。


 光に目を慣れさせるのに、数秒の時間を要した。何度も目をしばたかせ、そして見えたのは――予想だにしないものだった。


 巨人だ。


 人ではない。

 鋼鉄で作られた、蒼い巨人。


「これの名前は『アズール』。型番は……まぁ必要ないね」


 ベリオスの言葉と同時に、思い浮かぶ言葉があった。

 『蒼の悪魔』。

 流線型のフォルム。人を、物を、壊すために作られた、現代最強の人型兵器。空を飛び、地を駆け、あらゆる現存兵器を凌駕する『兵器』。


 ヒューマノイド・アサルト・アーマメント――人型強襲兵装。

 通称、『アサルトモービル』。


「こいつは、誰も乗りこなせなかった正真正銘のじゃじゃ馬でね。君ならば――」


 何かを言っているベリオスの言葉など、まるで耳に入らなかった。

 当然だ。

 啓人は知っていた。

 この兵器を、誰よりも知っていた。


 ――いや、思い出した、というべきか。


(蒼のオーリオウル……)


 それは、啓人が前世で愛していた、とあるゲームだった。

 ロボットアクション『蒼のオーリオウル』。このゲームの特徴は、何よりも『アサルトモービル』と呼ばれる人型兵器を操縦することだった。

 しかもVRだ。実際にコックピットに座り、実際に操縦する。ゲームの中のミッションには、生身で遂行するものもあった。すべてがまったく手抜きなく、それゆえに、一世を風靡する新世代のゲームだった。


 だから、よく知っている。


 型式番号TC-Lk30、機体名『アズール』。この機体は、ボスとして登場する強力な機体だ。

 ボス――つまり敵役。しかも搭乗者は……『蒼い悪魔』と呼ばれた男、ノイン・メティス。


「は、ハ……」


 いきなり笑みを浮かべた啓人を、ベリオスは一瞬、いぶかしげに見つめたが……しかしすぐに笑顔に切り替わった。

 この兵器に興奮しているのかもしれない、と思ったのだろうか。

 だが違う。もっと違うところだ。


(この世界はつまり、あのゲームの世界)


 ならば。


(俺は――ベリオスを殺せる)


 その確信を得たからの、心からの笑みだった。

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