Epilouge - reloaded


「ぼわっぷ!」


 響き渡った間抜けな声。しかし巻き起こした結果は、間抜けなんて可愛い言葉で片づけていいものではなかった。

 棚に積んであった研究資材が宙を舞い、雪崩を打って間抜けの頭上に降り注いだ。


「何してるのよアンタは!!」


 舞い上がった埃の中で、その怒声が飛んだのも、至って当然のことであると言える。

 対して怒声が飛ばされたほうはというと、未だに機材の山から抜け出せずにいる。


 はあ、とため息を飛ばした女性。

 彼女は、この研究室の主任研究員を務めている。アサルトモービル研究の最先端、クルス・ハルプトン科学技術研究所の第二開発室主任、フレデリカ・ミラーである。


 既に二十台後半を迎える彼女だが、その外見は実に若々しい――というより、正確に言えば幼い。

 十代前半ローティーンと言われてもまったく違和感がなく、未だに『神童』と呼ばれるのが悩みの種である。


「ちょっと……アンタがここを散らかすのは何回目? んん?」


「す、すびばせん~~」


 まったく、とため息を吐く。

 ――まあ元はといえば、彼女の『片づけない癖』が生んだ不幸な事故と言えなくもないが、フレデリカはそれを一切無視した。

 とはいえ見捨てるのはさすがに悪いので、その山から彼女――ロッド・フリエーレを掘り起こすのを手伝いはしたが。


「――で、何よ? この部屋には入るなと言ったはずだけど」


「だってぇ、仕方ないんです! 日本でトンでもない機体が見つかったって聞いて!」


「……ああ、あれね」


 ロッド・フリエーレ研究員は、いわゆる、『ロボットマニア』だ。

 現代でいうロボットマニアには、アニメーション作品などで見られる『ロボット』と、アサルトモービルを指して言う『ロボット』の二つの意味があるが……彼女は典型的な後者だ。


 新技術と聞いて、黙っていられなくなって突撃してきた、というところかとフレデリカはあたりをつけた。

 そしてそれはまさしく正解である。


「何でも、メティスシステムっていう、とんでもないシステムを搭載してたとか!」


「機体は全部ぶっ壊れたし、結局実物は回収できなかったようだけど」


 日本軍とアサルトモービル開発企業によって修理研究を行っているらしいが、正確な再現はまず不可能だと思われている。


「でも脳処理領域を使って戦術管制システムを拡張するとか、可能なんですかね?」


「出来るわけないでしょ。バカなの?」


 あっさりと即答して、フレデリカは机に戻る。

「えぇっ」と驚いた声を上げるロッド・フリエーレを無視して、再度論文の作成へと戻るべく仮想端末に手を伸ばす。


「現代の脳科学のどこまで進んでるか知ってる?」


「はぁ、まぁ……」


「脳シナプスを流れる神経電流の情報を見て、人の思考を読み取ることは出来ない。読み取れたとして正しいことを証明する方法がない。

 こんな状況で、人工知能の機械演算を脳に行わせるなんて出来るはずがない」


「じゃあじゃあ、『メティスシステム』って、いったい……」


「おそらく、ブレインマシンインターフェイスの一種でしょうね」


 ブレインマシンインターフェイスは、脳における機能的信号――例えば腕を動かす、足を動かすといった普遍の信号を読み取り、それを機能として実現する技術である。


 しかし、この技術にも問題がある。

 脳への過剰なインタラクティブは、脳の物理的な損傷に繋がる。最悪の場合は脳死だ。

 脳の病気へのアプローチとしてならともかく、この確率をゼロにすることは、現在の技術では実現していない。


 現在実用化されているブレインマシン技術は、センシズ・バーチャルリアリティのような受動的なものが主だ。

 脳の信号によって操作する、という技術は、実現は可能だが危険性が大きい。その領域からほとんど進んでいない。


 ――この背景には、イギリスで行われたブレインマシンインターフェイスの大規模臨床試験において、千人を超える脳死者を出した事故が関係している。

 あの事故以降、各国はブレインマシンインターフェイスの開発と研究には慎重な姿勢を見せている。

 しかしこの研究を、一部の国が継続して行っているというのは、今や公然の事実である。


「……それなら、パイロットだったという少年の意識混濁や精神への障害は、ブレインマシンインターフェイスが原因なんでしょうか……?」


「報告書を読んでないの? あの少年、薬物中毒だったのよ。それも自分も気づかないうちに、治療と称してあれこれと投与されていたようね。

 ……人一人の心を壊すなんて、そんなオカルトみたいなシステムがなくても簡単なのよ」


 フレデリカの言葉に、ロッド・フリエーレは顔を歪めた。

 その悲痛さを想ってか、オカルトなシステムがないことを残念がってかは知らないが。


「あと気になるのは……システムの利用時に出力が上昇していた点ね」


「あれはパイロット側の勘違いだったのでは?」


「ありえなくはない話よ。フロイドダイトの特性を考えればね」


「特性って……まさかフロイドダイトとパイロットを直接接続したんですか? 危険ですよそれは!」


 直接かどうかは分からないけど、とフレデリカは前置きして。

 フロイドダイトと人間の接触効率は、様々な条件によって変化する。だがフロイドダイト溶液を満たしたチューブと人間、そしてフロイドコアエンジンを繋げば、大きな出力が得られることは既に証明されている。

 このシステムは『ネルヴライン』と呼ばれ、第二世代のアサルトモービルで実用化した技術だ。


「だけど……チューブと人間を接続するといっても、正確にはコックピットブロックを繋いでいるだけ。これを人間に直接つなげば、さらに強い出力が得られると考えるのは道理ね」


「そんなことしたら拒否反応で死んじゃいます!」


「そうね。だけど……幼少期からフロイドダイトを摂取し続けていたとすれば……あるいはそれが、精神にも何らかの影響を与えているとしたら……」


 ロッドは青い顔をした。

 あまりに非人道的な話だ。

 フロイドダイトは人間が触れることで、爆発的な熱エネルギーを生む。サモアでの実験事故は、その最終熱量が水素爆弾を超えうることを証明した。


 ならばそれを体内に抱える人間は?

 歩く爆弾なのか? それとも、体内に摂取にしたことでもっと違う形になっているのか?


 そんなロッドを見ていたフレデリカは、ため息を吐く。

 彼女は知っていた。その非人道的な計画が、実際に存在した計画であることを。

 そしてその被験者の九九パーセントが既に死亡していることを。


(新谷啓人、ね)


 フレデリカはため息交じりに、論文の執筆へと意識を戻した。

 ――せめて、幸福に終わることを願いながら。

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