02 - 血と鉄の檻の中

 頬を伝う冷たい感触に、目を覚ました。


(ここは……どこだ……)


 目を開ける。視界が定まらない。妙にぼやけ、虚ろだった。

 痛い。ひたすらに痛い。叫びたくなるほどに痛い。

 痛覚だけが五感を満たし、それ以外がまるで機能していない。


「やあ、目を覚ましたか」


 俺に声をかけたのは、男の声だった。

 それを合図とするかのように、ようやく視界が焦点を結んだ。


 それは異質な部屋だった。

 むき出しの鉄で作られた部屋。ところどころ錆びついている。だがそれ異常に異質だったのは、こびりつく赤いもの。

 それは血に見えた。

 飛び散った血が、床に、壁に、天井にはりついている。最初に俺の頬を伝ったのも、どうやら血だった。肌にこびりつくような、独特の感触が残っている。


 男は目の前にいた。

 金髪碧眼、まるで中世の貴族のような、目鼻立ちの整った男だった。

 歳は分からないが、二十歳は超えている。三十台かもしれない。


 椅子を逆向きに座って、背もたれに肘をつき、とってつけたような笑顔で俺を見ている。眼が笑っていない笑顔、とはこういうことを言うのだろう。

 男を見た瞬間、自分の中にある『何か』が悲鳴を上げた。心臓をわしづかみにするように。


 怖い。

 自分はこの男が、怖い。


「凄いじゃないか。あれを耐えきるなんて」


 男は、両手を叩くそぶりでほめたたえた。

 その賞賛は掛け値なしに見えた。だがそれが逆に、男の異常さを際立たせている。


「さあ、次を始めようか」


 いつの間にか、男の隣に立っていた大男――筋骨隆々とした男だ――が、手に持っていたバケツを俺にぶちまけた。

 それは煮えたぎるような熱湯だ。


(あ、づい、あづい、あづい――ッ)


 肌が泡立つ。肉が焼ける。死ぬ。熱い。やめてくれ。

 叫んだつもりだった。だが喉は少しも動かず、声にもならない音を立てるだけだった。


 だがそれも長くは続かなかった。今度は冷たい何かが頭上から降り注いだ。

 水かと思ったが、違った。

 ――それは血だった。腐臭がする、血だ。


「これはね、教育なんだ」


 男は、謳うように言った。


「人間は二種類に分けられる。家畜と、ヒトだ。家畜は餌を貪り、ヒトに餌をねだるほかに脳がない。なぜか? それは弱いからだ」


 大きなペンチを持った男が、のしのしとこちらに歩いてくる。

 ペンチの先は、まるで火のように熱せられていた。


「弱い人間は家畜になるしかない。僕は自分の子供に、そんな哀しい宿命を背負って欲しくはない――」


 だからね、と、男は笑った。

 まるで邪気のない笑顔で。


「これは教育なんだ」


 ペンチの先が、俺の指を妬いてその骨を叩き折った。

 枯れた悲鳴が、鉄の檻の中で反響した。

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