天を衝く大樹、唯一ノ木
『ああ! もう! もうこれ以上駆動装置を使ったら今日の道程はここで終了だよ!』
オーは人型の丸鋸を寸でのところで避け、駆動装置によって身体強化された脚から繰り出される蹴りによって人型の胴体を粉砕する。
『その強化時間はどのくらいなんだよ! 俺より全然有用じゃないか!』
カラスは散弾銃型擬似駆動銃をもう一度装填し、迫り来る人型に対して銃弾を放つ。放たれた弾丸は人型の頭部を破砕し、力無く地面に伏せさせる。
その瞬間、こつんと力無い音が辺りに鳴り響く。
『あ、今切れたみたいだ』
と頭を掻いているオーに呆れながらも、立て続けに装填を行い、オーが仕留めそこなった人型を粉砕する。
『まだだ、伏せてろ!』
カラスは瞬時に周囲を取り囲む人型の数を把握し、戦略を立てる。いるのは六人。散弾銃に装填されている弾丸はあと四発。明らかに足りないが、まずはそれを使い切るしかない。
襲い来る人型の丸鋸を左手で浅く持っていた銀の短剣で弾き、腹部を蹴飛ばし距離を取った後、エネルギー炉を狙い弾丸を放つ。装填を行い、後ろから迫り来る人型の腕を寸でのところで避け、もう一方から振り下ろされる丸鋸をスライディングで躱し、まず丸鋸を振り下ろしてきた人型を破壊する。
獲物を捕らえ損ねた人型はぐるりと身体の向きを変え、カラスを追うが手を伸ばした瞬間その手に届いたのは散弾だ。あと三人、散弾銃の弾は一発。
一度呼吸を整えた後、長銃型疑似駆動銃を使い、足元を薙ぎ払うことで迫り来る二人を転ばせる。綺麗に重なるように転んだ人型の胸部を踏みつけ、二人の頭部を同時に散弾で破砕する。
カラスは倒すことが出来ないと察知した人型はオーを狙い走り始めるが、カラスはそれを許さない。
『ボルトアクションだからな。乱戦には向いてないんだよ。でも一匹仕留めるくらいなら簡単だぞ』
アイアンサイトを覗き込み、人型の胸部に狙いを定めたカラスは引き金を引いた。勢いよく飛び出した弾丸は鮮やかな一直線を描き、空を切り、人型の胸部装甲を貫き、エネルギー炉を停止させた。
カラスはそれで安心しきることはせず、次のためにと長銃型のボルトを引き、排夾、装填を行った。
『お見事』
拍手をしながら歩いてくるオーを横目に、カラスは散弾銃型の再装填を行い、万全を期した。
『身体増強なんて言う遺術が未だに残っているとは思わなかったが、流石に次は突然効果切れの報告なんてことはやめてくれよ?』
オーは若干申し訳なさそうにしながらも、反論をする。
『だいぶ歩いてからの戦闘だ。普段より申請の使える回数が少ないのはわかっていただろう? 僕だって十一体の浄化装置を倒したんだから少しくらいは褒めて欲しいもんだぜ? 保護者さん?』
星空を見てからというものの、オーのカラスに対する皮肉にはこのように「保護者さん」という無駄な言葉がくっつくようになっていた。カラスの勝手な考えではあるが、ある程度の知識を得たうえで、その知識が揺らいだオーは今一番近くにいる確かな愛情を求めているのだろう。旅の初めよりも多く弱音を言うようになったうえ、このようなじゃれる様な皮肉が増えてきている。
『まあだから俺はあの町で疑似駆動銃を買っておいた方が良いのでは? って聞いたんだ。そこは自業自得だろう』
カラスは三十数体の人型のガラクタを背に続ける。
『疑似駆動銃だって役に立つんだよ』
オーはその言葉に笑いながら返す。
『本来チート級の能力を持っているはずの僕より三倍近くの戦闘能力を持っているって言うのはどういうことなのかな? 相手の動きを予測して動く体術に、近接武器があまり扱われない現代では考えられない程のナイフ捌き、それに巧みに扱う銃だって』
『初めて会った時自分で言っていたじゃないか。ものは経験なんだよ。オーとは違って俺には経験があるからな。戦闘では視覚だけじゃなくて、聴覚や嗅覚も使って戦闘状況を図るんだよ。微かに熱せられた金属臭がするから丸鋸が迫っているから、とかな?』
そんなこと並みの人間では無理だと言わんばかりに首を振りながら、『君は狼か』とオーは呟いた。
『人型が二輪車型に乗って襲撃してくるとは思わなかったな』
カラスは倒れている二輪車型の機構部分を弄りながらオーに話しかける。
『恐らく新型である人型は今実験段階なんだと思う。旧式の力を借りながらも、何体も無駄にしながらも最終的に最強の一体を作るためにね。結局全てにおいて浄化装置達は最後の一体、ラストのために使わされるデータ収集用に過ぎないんだよ』
その言葉に驚いたカラスは、二輪車型を弄っていた工具をその場に落としてしまう。
『おい、そんな話聞いてないぞ。そうだとしたら戦わず逃げた方が手なんじゃないのか?』
『まあ逃げるのもいいかもしれないけど、結局はいつか追いつかれるよ。あいつらの体力は無尽蔵に等しいからね。だから最後はこいつらみたいにエネルギー炉を破壊するんじゃないか』
と多く転がっている胸部に穴が空いた人型達をオーは指さした。
『最強のため、か。なんか世界システムは結局いつまでもやることは変わらないんだな……』
『ん? 悪い聞きそびれた』
『いや、いいよ。オー、調整が終わったから頼めるか?』
『あ、ああ』
そう言うとオーは二輪車型の近くに跪き、機構部分に手を触れ、目を瞑る。カラスはあのマチで行われた戦闘のチュートリアルでオーがやって見せたエネルギー炉のみの転移を思い出していた。あれほど正確に部品のみを取り除くことが出来るとするならば、この掃除屋たちに搭載されている時限爆弾を取り除くことが出来るのではないかと。
そしてオーがいくつかのカタカナ言葉を述べると、オーの手元は白く輝き始める。数秒もしないうちにその光は消え、オーは目を開いた。
『ちょっと見てみてくれるかい?』
『ああ。助かる』
カラスが機構部分を確認し、本来弄ってしまえばその爆弾が作動してしまう回路を調整した後、数十メートル先へオーと共に逃げる。岩陰に隠れ、二輪車型を観察するが爆発する素振りはない。それはオーの爆弾除去が成功したことを告げていた。
『やったな! オー! 成功だぞ』
『やったね! カラス! これで砂丘を徒歩で越えないで済むよ』
喜びながら二人は二輪車型の元へ歩み寄り、カラスは今一度少しの配線を弄った後エンジンをかけた。腹部を重く響かせる音を鳴らした二輪車型にカラスは跨り、オーの手を取り、後ろに乗せた後アクセルを捻らせる。
『腰に手を回して。頭は背中にくっつけておくのが良いかもな。あと大丈夫だと思うがペラペラしゃべろうとするなよ?』
『カラスは喋らずにも意思疎通できるというのに、いまだに僕が口を開こうとしているとでも言いたいのかい!? きゃっ!』
突然走り出した二輪車型に驚きオーは可愛らしい声を上げる。
『はは、だから言ったじゃないか』
カラスは笑いながら加速させていく。オーは大きなカラスの背中を小突きながら不満を漏らした。
世界樹まであと八十七キロ。
先ほどまで気持ちの良い音を鳴らして走行していた二輪車型は突如その駆動音を弱弱しく鳴らし、ましてやそのタイヤの回転すらも止めてしまった。世界樹まであとニ十キロほど残してのことだった。
カラスは片足で支えた後、二輪車型から降りスタンドを立てる。
『ただのガス欠かな。流石にエネルギーを出してくれと言うのも忍びないしな』
と背負っているオーの寝顔を見て微笑んだ後、二輪車型が灰除けになるような角度に布を敷き、とりあえずそこにオーを降ろした。
白みがかった空はかなり前から暗黒に沈み、夜を迎えている。がそれだけではない。
カラスは鞄からテントを張るための道具を取り出し、テントを組み立て始める。
南西の方角には世界樹の幹が見え、今頭上を覆いつつあるのはその巨大な世界樹の枝葉であり、それらはドームのように空を、世界を覆っていた。それと比べて砂漠たる灰はだんだんとその数を減らし、比較的歩きやすい地形になりつつあった。
かつてこの木上に国があったほどに大きな世界樹の幹の直径は千キロにも及ぶという。それだけの大木であれば世界を埋め尽くすほどの花粉を長い間吐き出し続けるのも頷けるだろう。しかし世界樹の麓は花粉たる灰に侵されておらず、清涼な空気が流れていた。
そんな場所を人間が見逃すはずもなく、多くの人間がこの世界樹の麓を訪れた。しかしその多くはこの麓から戻ることはなかった。なぜか。ここは灰が降り積もっていない大地。唯一の植物繁栄が許された場所。直径千キロにも及ぶ世界樹の周囲に生い茂る森林。不帰の森だ。
オーは眠っている。その寝顔は可愛らしく、それと同時にもう目を覚ましてくれないのではと、カラスは何の根拠もない不安を思う。そんなことを思い始めるくらいにはカラスの中でオーは掛け替えのない存在へ変わって行っていた。
そのオーの身体をそっと抱き寄せ、テントの中へ共に入り、優しく彼女の身体を毛布の上に置いた。頭を少し上げ、髪を身体の下敷きにしない様に除け、顔に掛かった前髪を整える。
くすぐったかったのか、眠りながらオーは額を掻いた。カラスも自分用に敷いておいた毛布の上に座り、手の届くところに二種の疑似駆動銃を置き、いつでも撃てるように調整し、眠りについた。
がさごそとテントの中で動く物音に気付いたカラスは目を開いた。するとそこにはゆっくりとテントを這い出るオーの姿があり、気になったカラスは小さく声をかけた。
『どうした?』
辺りはまだ暗いはずだった。
『あ、起きた? もう朝だよ』
『朝? まだ暗いじゃないか』
『太陽は東から昇る。今僕たちの近くには世界樹があるだろう? だからまだ暗いけど、もう八時くらいの時間だよ』
『ああ、そういうことか。もうだいぶ来たもんな。じゃあ準備するから適当なところで暇を潰しておいてくれ』
『わかったよ』
そう言うとオーはテントから出ていく。カラスはオーが置いておいてくれた水筒で一口水を含み、若干濡らした布で顔を拭った後、荷物を背負い、銃を二丁手に取った後、カラスもテントから出た。
外では既にオーが焚火に火を付け、食事の準備を始めていた。カラスが持参した小さなフライパンで調理をするオーの姿はもう見慣れたもので、彼女自身も料理をすることにだいぶ慣れたようだった。
『手慣れて来たじゃないか』
と、鮮やかに返しを行うオーに告げる。フライパンの中にはいくつかの木の実と水で戻した干し肉が入れられている。まだ眠い目を擦りながらカラスは火をゆっくりと見つめている。
『だろう? まあ調理し終わっているものを申請することだってできるんだけど、カラスのお陰で料理をするって言う楽しさを知ったからね。最近はこれに嵌ってるんだよ』
と、また鮮やかに返しを行って見せる。
オーが先に持ち出した鞄の中から二つの器を取り出し、カラスはそれをオーに渡す。オーは流れるような動作でそこに朝食を盛りつけ、それをカラスに返した。水筒から少量の水を手に振りかけ、灰を拭った後、手でその木の実と干し肉を食らう。
きらきらとした目で感想を求めるオーにカラスは笑顔で「美味しいよ」とだけ伝えた。
『なぁんだよ。いつもそれじゃんか。本を書いてたんだったらもっと心を動かすような表現ができないものかね?』
『はは、そんなことを言っても俺が書いたのは事実を表した本だからそんなにうまい表現とかは出来てないんだよ。それに結局感想とかは何か深く考えて喜ばせようと思った言葉より、率直に心に思ったことを口にした方が伝わるものだ』
『それは体よく誤魔化しているだけだろう?』
『さあ冷めちまうよ』
カラスはさっさと朝ご飯を平らげ、テントの解体に移る。
周囲にちらほらと枯れかけた植物が見え始めた。久々に見る雑草だった。まだ緑色とは言えないものの茶と緑が混ざったような植物たちは鮮やかだった。彼らはオーが眠っていたダイチにあった意図的に作られた植物ではなく、何百年も前から続くこの世界の系譜で未だにその命を存続させ続けている英雄達だった。
これまでに湿り気の強い環境はあっただろうか。荒廃した世界は砂漠と言えど、それは灰であり、雲すらも灰であり、太陽を隠したそれは人類から日という暖を奪い去ってしまった。そのためこの世界は冬とはいかずとも、肌寒いような気候が続いていた。
しかしそんな世界とは違い、この不帰の森は温かく、湿り気が強く、少なくとも二人の口から「暑い」という感想を出させるくらいの環境であった。
かつて世界樹の上、上空一万メートル以上の地点で国を築き上げた人々がいたという。本来なら極寒である空で人々が国を作り生活をできたのは、世界樹の恩恵だと言われていた。世界の環境すらも変えてしまう世界樹の力によって、死しても尚この不帰の森は生かされているのだろう。
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