第五章 世界システム

放て弾丸、撃て大炎弾

 凄まじい攻防が繰り広げられていた。バギーで砂漠を爆走する三人の目の前に広がる光景は戦場。こんなにも人は生き延びていたのかと、驚くほどの人々が自らの村を、生きる土地を守るために擬似駆動銃を手に闘っている。それこそ男女関係なく、老若関係なく。


 この地球の長い歴史の中で人がここまで生きてこられたのは、ただ一つしぶといからだった。


 自らより遥かに大きな生物が大地を闊歩していようとも、黒死病によって多くの人が死に絶えても、核という自分たちの手で作り上げた技術に殺されそうになっても、パンデミックによってその数を一人にまで減らしても、世界大戦によって一国以外の生物が滅亡したとしても。


 人はその幾度の危機を、自らの遺伝子を地球に残し続けるためにしぶとく生き、子を作った。だからこそ掃除屋と称された不明の機械兵器が一斉に人を殺しにかかっても、人はそれらに抵抗し、未だ未来をしぶとく生きようとする。


 なぜか。それは人がしぶとい生物だからだ。


「おろせ!」


 カラスはそう叫び、バギーの男に指示するが、彼は一切ブレーキを利かせようとしない。


「あんたを連れていくのは俺たちの村だ! こんなところで時間をとってる暇はない!」


 そういった瞬間、カラスはオーと共に、砂漠へ華麗に飛び降りる。バギーといえどそこそこの速度が出ているため、下手に下りれば重症は免れないだろう。しかしカラスの隣にいるのは数時間の休憩によって体力を回復させた魔術師だ。


 重力に逆らったように、地に降り立った二人は、バギーに乗せられていた擬似駆動銃を手に、小さな村を襲っている掃除屋たちに弾丸を撃ちこんでいく。


「凄い量いるけど!?」

「弾がなくならない程度に減らしていく! オーはまだ申請を行うな!」

「りょおかい!」


 オーに銃の経験はなかった。しかし遠距離から放つことのできる魔法を扱う術を得ているオーにとって、照準に合わせて、引き金を引くという最低限に簡略された行動は、赤子の手を捻るより簡単なことであろう。


 カラスが愛用しているものとは違い、この世界では珍しく目覚ましい発展を遂げている砦の村から支給された火薬式の疑似駆動銃は、引き金を引くごとに少女の身体を鋭く揺らすが、生まれて数日、劇的と言っても良い旅をしてきた彼女にとって、その程度の衝撃は痛くもかゆくもない。それどころか、ふと鼻に付く硝煙の香りが病みつきになりそうであった。


 同じ武器を持っていたとしても、カラスのオーを守るという信念は変わらず、オーは長銃型で後方支援を、カラスは銃身を切り詰めた、ソードオフという型の散弾銃を片手に、鋼鉄の槍を振り回しながら、近接戦闘を行っていた。


 人型が丸鋸を振り上げれば、その手首の部分に槍の持ち手をぶつけ、動きを抑えながら、腹部に散弾を放つ。迫り来る二輪車型の通信機を凄まじい勢いの突きによって抉り取り、背後から忍び寄る球体型をノールックショットで破壊する。


 駆動装置という失われた遺産を使っているからではない。機械という到底生身では勝てない敵に対し、たったの二種の武器のみで圧倒的な戦闘を行って見せるカラスは、武器アルマそのものであった。


「今いる傭兵で片を付けられるだろう数まで減らした! バギーを出せ! オー、行くぞ」

「え、はやっ。もうそんなかい」


 と、オーは笑いながらバギーに乗り込む。カラスを狙い迫る掃除屋たちの間をすり抜け、カラスはバギーへと飛び乗る。


「スピア! 出せ!」


 砦の村から派遣された男はスピアと言った。情けない男であることには間違いなかったのだか、バギーという駆動装置に劣らずに珍しい代物を乗りこなす彼は少なくとも、運転という技術に関しては一級である。


「任されましたよー!」


 思い切りアクセルを踏み込み、その車体を走らせる。




「上からの砲撃を絶やすな! 弾が尽きたら銃ごと下がり、装填済の者と交代しろ! 絶対に弾幕を絶やすな! 今日この日、弾が尽きても良い! 絶対にこの砦を死守しろ!」


 カラスの目からはただの老人に見えただろう。しかしこの人類の危機とも言える事態に、砦の村の長は、杖を付きながらも兵士たちを自ら指揮し、しわがれた声で指示を飛ばした。


「スピアが必ずあの二人を連れて帰って来る。そこまで持ちこたえろ!」


 そう叫んだ時だった。砦の村全体が異様な揺れに襲われた。適当な足場によって作られた階層はミシミシと音を立て、埃や木片を下層へ落としていく。


 矢倉にただ観測用のために弾の無い狙撃銃を装備した兵士が、大きな声で叫ぶ。


「巨大な掃除屋を確認! そいつがこの地響きを起こしているようです!」


 砂塵が舞うこの大地の遠くに薄っすらと見えた影。巨大なハンマーのヘッドが脚のようについた掃除屋がゆっくり、ゆっくりと地鳴りを起こしながら砦の村へと近づいてきていた。その高さは十メートルにも及びそうであるが、巨大なのは脚だけで、身体の部分はとても貧弱だ。


 その掃除屋の存在を聞いた村長は、初めてカラスに会った時に言われたことを思い出す。


――完璧はない。一度、地震動を起こす掃除屋を見たことがある。この村の足場ではすぐに壊されるだろう――


 巨大な掃除屋を近づけさせる前に破壊しなければ、砦の村の崩壊は免れない。しかし数百にも見える掃除屋が迫り来る中で、兵士を村の外に出すということは、ただ殺すのと同義であった。


「新手……! いやあれは俺たちのバギーだ! スピアが戻ってきた!」


「だから言っただろうが。地震動を起こす掃除屋がいるって……。オー! あのでかい奴に辿り着きたい。バギーごと行けるか⁉」

「この大きさだと反重力になる……。反重力で維持して……」


 その時オーは、不帰の森でのチェイスでカラスが行った、ブラストによる慣性の法則についてを思い出す。


「そうか、反重力にブラストを掛け合わせれば、最小限の力で。いける!」

「任せたぞ! 俺はあいつを破壊する! そしたらそのままこの足で砦の村を目指すから、オーとスピアは先に行け!」


 オーはまずブラストが撃てるよう身体に申請を行った後、バギー全体に反重力を付与し、その瞬間斜め下、後方に向かってブラストを放った。その瞬間、バギーは凄まじい速度を以て、飛翔した。そして一番巨人型に近づいた瞬間、カラスはそのバギーを足場に飛びかかる。


「いやっ、このタイミングで別ベクトルに力を掛けたら!」


 バギーはクルクルと回転し始め、そのまま大きく土を巻き上げながら着地する。しかし駆動音が絶えることはなく、その砂塵の中から無傷の状態でオーとスピアが現れた。


「今時粘着手榴弾を抱えてるなんて、俺より十分遺物じゃねえか!」


 と叫びながら、カラスは巨人型の頭部らしき部分に、バギーから拝借した粘着手榴弾を接着し、そのままもう一度飛び上がる。数秒もすればその手榴弾は轟音を鳴らしながら爆発し、巨人型は地に伏した。


 華麗に着地したカラスの装備は矛先に人型の丸鋸を付け、腰に付けたバッテリーと銅線によってその丸鋸を作動できるようにした槍と、ソードオフショットガンだ。


 飛びかかる球体型を丸鋸によって分断し、巧みな槍捌きによって戦地を横切る二輪車型のタイヤをパンクさせる。


 バギーに乗ったオーはバギーに搭載されていた様々な銃器を利用し、別に掃除屋を制圧していく。


 カラスはオーに、オーはカラスに同調していた。だからカラスはこの戦いで命を散らす気はないし、オーはカラスを始めとした人類を守るために家族たる掃除屋を破壊する。二人に躊躇はない。


 カラスの持つ散弾銃は獲物を喰らう獣のように掃除屋の身体を鋭く抉り取る。オーの放つ長銃は死者を求める死神のように掃除屋の核を刈り取る。別のところで戦っていたとしても同じ戦場にいる。その事実が二人の力を強く高めていく。


 遠くから放たれた弾丸はカラスの左ふくらはぎを貫き、カラスに膝を付かせた。弾丸を放った者を確認しようと向けた視線の先には鋼鉄の羽根を持つ飛行型の掃除屋がいる。カラスの持つ武器では届くはずのない位置で、カラスの眉間を狙う飛行型を破壊したのは、無数の弾幕だった。


「カラス!」


 バギーによって近づいてくるオーの手を取り、カラスは何とかバギーに転がり込む。


「撃たれた! だが弾も貫通しているし、出血の量からしても問題はない! 応急処置をする時間をくれ!」

「任せて! 次は僕が前線に出る。カラスは後方支援を!」


 意志の籠った強い眼差しを見たカラスは、オーの覚悟を受け取る。


「大丈夫なんだな?」

「ああ、いざとなれば申請で弾丸だって躱せる」


 大真面目にそう言って見せるオーの姿に笑いを零したカラスは、オーの肩を叩き「行ってこい!」と叫んだ。


「さあ、第二ラウンドと行こうか!」


 ここまでに使った申請は三回。正確には測っていないがほぼ連続で二十を超える申請を行えるオーのガス欠には三回ではまだほど遠い。


 上空を多く飛ぶ鬱陶しい飛行型にまず目を付けた。オーは射撃用の申請を行う。追尾ホーミング大炎弾フレア、そして拡散スプレッドの三重申請。その瞬間手を付きだしたオーの手の先に真っ赤な幾何学模様が現れ、オーが手を上空に掲げると、それに連動してその幾何学模様も上空へと移動し、その中心から巨大な炎の球が撃ち出された。花火のような音を鳴らしながら撃ちあがっていくそれは飛行型が飛んでいる高さをゆうに超えたはるか上空で爆発し、無数の炎の球へと姿を変える。


 危機を感じた飛行型はその翼を羽ばたき、その攻撃から避けようとするが、その炎には追尾ホーミングが付与されている。


 両翼の中心。核に炎を食らった飛行型はその身体を融解させ、漏れなく全て地面へと墜落する。しかし申請において、術後数秒隙が生まれることを知っている掃除屋はオーに猛追を仕掛ける。


「待って! ハンドル離して! ぶつかるっ!」


 オーを狙った二輪車型はカラスが助手席からハンドルを奪取したバギーによってその身体を粉々にさせられる。


「ここまで来たら、乗り物だって武器だ! 止まるまで体当たりで敵を仕留めろ!」


 カラスはすぐさま、後方へと身体を反転させ、凄まじい射撃技術を以て、オーに迫る掃除屋を殲滅していく。


 もちろん砂漠という不安定な地形を走行しているバギーに乗っている以上、完ぺきとは言い切れないが、外したらリロードをするのではなく、置いてある別の銃で弾丸を放つなどして、最高効率で弾丸を撃っていく。




 オーの申請と、カラスの射撃。二人の猛追は掃除屋よりも激しく、砦の村数十人が手古摺っていた軍勢を、時間は掛かったもののほぼ制圧してしまった。


「まさか、二人の力がここまでとは……」


 そう漏らす村長はぐったりと横になっている二人を、寧ろ呆れかえったような目で見ている。オーは体力を使い果たし、カラスは輸血を受けている。それこそ戦闘が終わった瞬間、ほぼ同時と言っていい程のタイミングで二人はその場に倒れ込んだ。その状況に驚愕したスピアはいつ爆発するかわからないバギーに二人を乗せ、砦の村に逃げ込んだということだった。


「ここまでしてもらって悪いな」


 カラスがそう言うと、村長はとんでもないといった様子で、続ける。


「いやいや、二人がいなければこの村は壊滅していただろう。感謝してもしきれん。して、スピアから二人には目的があるということを聞いたのだが」

「ああ。この前依頼を受けて行った地点。そこにこの世界の現状打開する何かがあるかもしれない。いやあるということを確認できたから、もう一度そこへ向かおうと思うんだ。だから二人の体力が万全になったら、すぐにここを発つ」

「そうか。この世界の現状というと、やはり青い鳥、いや掃除屋のことか?」


 勘の良い村長を面倒臭く思いながらカラスは何とか誤魔化す。


「いや俺も何かがあるってことがわかっただけで、それがどのようにして打開につながるか理解できてないんだ」

『いやその言い訳は無理があるでしょ』


 と頭の中でオーの言葉が響く。


「ふーむ。わからないことにはこちらも手の出しようがないが、ここを発つまでは最大限の支援をしよう。それが私たちにできる感謝だ」

『馬鹿で良かった』


 と、オーは苦笑いする。


「助かるよ。世界樹からここまで戦闘のしっぱなしだからぐったりだ」

「まずはゆっくりと休むと良い」


 村長はそう伝えると、カラスとオーが眠る寝床のカーテンをゆっくりと閉めた。


「取り敢えず今は掃除屋の攻撃は止まっているみたいだな」


 オーは口を動かすのもしんどい様で、頭で会話を続ける。


『いくら浄化装置……掃除屋が未知の機械兵器だとしても生産の限界だって、台数の限界だってあるさ。僕たちだって凄い数壊したけど、他の人間達だって数えきれない量をやってるはずだよ』

「そうだよな。俺たちがマチに辿り着くまで、活性化しないことを願う」

『それについては僕も同感だよ』


 その言葉を最後に二人の会話は止まり、先に寝息を立て始めたのはオーの方だった。隣で眠るオーの身体に優しく布をかけ、カラスも輸血チューブがついた腕を気にしながら眠りについた。

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