汚くても生きろ

 背後から聞こえるのはエンジンの駆動音だった。いやそれだけではない。草木を踏みにじる音や、腐木をなぎ倒すような音も聞こえてくる。ましてや上空を何かが飛んでいるようなそんなプロペラのような音すらも聞こえてきていた。


 そんな中、二人は黒い獣に乗り、不帰の森を駆けていた。獣だからこそ走ることの出来る道、バイクではすぐに横滑りを起こし、クラッシュしてしまいそうなところですらこの獣の脚力を以てすれば、簡単に乗り越えて行くことが可能だった。カラスはしっかりと脚で自らの体を固定し、進行方向とは正反対の方を向き、スコープを覗いていた。


「オー三秒でいい!」

「おっけい!」


 カラスがそう伝えた瞬間、獣は今までの不規則な道とは違う、安定した平坦の道を走り始める。その直後、空気圧によって射出された弾丸が追手の二輪型の機能を停止させる。


「弾がなくなりつつある! ここからは近接戦闘だな……。お前に申請を多く使わせたくはないが死ぬわけにはいかない。俺が指示したらすぐに指示した申請を俺に付与しろ!」

「え、いやどういう⁉」


 そう言った刹那、カラスは獣の腰の上に立ち、そのままその腰を地面と見立て、跳躍を行った。向かう先には飛んだ先にいるのは、転がっていた岩を利用して、接近しようとした球体型であった。


「硬化を!」


 カラスに言われた通りオーは獣を操作しながら、カラスに対し硬化を付与した。そしてカラスは球型目掛け、飛び蹴りを放つ。


 硬化というのは文字通り体を硬化させるわけではなく、皮膚の表面に一回の衝撃に耐えることが出来る膜のようなものを生成する魔法だった。しかし衝撃を受け、耐えただけでは使い手が危機から脱したとは言い難い。


 そのためその膜がなくなった瞬間、その衝撃を与えたものを一定の距離、吹き飛ばすという効果が付与されていた。


 それをわずかな空気抵抗しか受けない空中で行えば、球体型を吹き飛ばしながらも、自らの体は反作用によって一定時間浮遊する。そして華麗な体捌きによってカラスは獣の上へとその身を戻す。


「おいおい、そんな曲芸師みたいな技を……」

「構わず走れ!」


 もちろんカラスがなけなしのオーの力を球体型一機のために使うはずもなく、その吹き飛ばされた球体型は後方を走っていた人型を巻き込み、爆発する。その爆発によって辺りに撒き散らされる金属片は、二輪型のタイヤを破裂させ、一発の攻撃で三機の掃除屋を排除してしまった。


 掃除屋とのチェイスは一時間ほどすれば終わっていた。終わっていたというより、追跡してきていた掃除屋たちをカラスが殲滅してしまったがために、終わらざるを得なかった。そして気付いた時には肌にちりちりと何かが当たるような感覚を覚えたところで、黒い獣がぐったりと地面に足をついてしまった。


「辺りに灰が舞い始めたみたいだな。マスクを着けよう」


 その言葉にマスクを着け、オーは応える。


『そうだね。ここまでありがとう』


 そう言いつつ黒い獣の頭を撫でたオーは、獣を来た道へ走らせ、ある程度離れたところでリンクを切断した。


『よし、ここからはまた徒歩での旅が始まるね』

『ああ、そうだな。百キロちょい、徒歩だ』


 ふぅとため息をついたオーは出発進行と言わんばかりに、前を指差し歩き始めた。しかし安全に歩き始めたのも束の間、灰の砂漠の先からエンジンの駆動音が微かに聞こえ始めた。


『弾もほとんどないし、オーの体力も限界が近い……よな?』

『またさっきみたいな量が来られたらまずいね』


 今この世界でエンジンを扱っているのは掃除屋のみだろう。そう考えればカラスたちを追ってきた掃除屋だと考えるのは妥当だった。しかしこのじり貧な状況でこれ以上の戦闘は確実に命の危険を伴う。だからこそカラスはここでオーを逃がすという手段を取る。


『お前が生き残れば、俺が生き残る余地が生まれる。お前は今すぐに逃げろ』


 その言葉は嘘だった。どれだけこの可憐な少女と旅をしようとも、カラス自身死地を求めていることに変わりはない。この状況でこそ、オーを救うという形で自らの命を散らせるというのなら本望だ、とカラスは考え、生き残る余地と言いながら掃除屋からの攻撃を一身に受け、死ぬつもりだった。


 だが少女はそれに気付いている。カラスがそう告げた直後、肩に鈍い痛みが走った。別に目で見ていなくとも、その痛みがオーの殴打によるものだとわかる。カラスがその殴打に対し、反論する前にオーは重く静かな声音で告げる。


「いつまでも過去に囚われて、死を求めるのを辞めろ。ここで死ぬなんて全然かっこよくないぞ。もっと汚くても醜くても生きて見せろよ」


 幼き少女の言葉はあらゆる理不尽を被ってきたカラスに対して、あまりにも無責任だった。しかし幼い少女であるからこそ無責任が許されるのか、カラスはその言葉に言い返すということが出来なかった。


 そう、もしこの言葉が大人などから告げられたものである場合、カラスはいつもの淡々とした声音と皮肉で反論し、その言葉を重く受け止めることはなかっただろう。


 オーが、見守ると決めた彼女の言葉であるからこそ、カラスはオーと共に戦うことを心に決めた。


 しかしそんなシリアスな空気の中、カラスたちの目の前に現れたエンジンの駆動恩を均していた主は、ただの人であった。


 マスク越しに「おーい」と情けない声を出して、近づいてくる。


『バギー……。こんなものがまだ人の手の中にあるなんてな』


 と、あっけない結末にカラスは小さく笑みを零した。それにつられ、オーも可愛く笑った。


「よかった。あんたたちが丁度不帰の森から出てきたところで」


 目にしていたゴーグルを外した男の顔を見て、カラスは思い出す。このバギーに乗っていた男は、先日任務を受けた砦の村にいた村長の側近であった。


「どうしたんだ。こんな目立つものを使っているってことはそれなりの理由があるってことだよな?」

「ああ、昨日あたりだ。いきなり掃除屋たちの活動が活発化して、様々な村を襲い始めたんだ。俺たちの村にも多くの掃除屋たちが迫ってきている。多くの人達があんたを、武器アルマを求めてるんだ!」


 その言葉にオーはにやりと笑い、カラスの肩を小突いた。


「だってさ、時代最強の傭兵さん?」

「それがお前を守ることに繋がるなら、なんだってしてやるさ……」


 そして最強の傭兵と、科学の結晶は男が運転してきたバギーへと乗り込んだ。

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