壊れかけの木板の隙間から溢れる音楽は
依頼を行った村からバイクで数時間のところにカラスの拠点はあった。
掃除屋は通常その技術を漏洩させないために、攻撃目標への到達時間と行動時間、帰還時間を合算した作戦時間が設定されており、その時間を越えると自動的に爆破されるようになっている。
流石のカラスの技術を以てしてもその回路を遮断することは未だ成功しておらず、今日獲得したバイクもいくつかのパーツを外した状態で拠点から数キロ離れた場所に放置した。
拠点に向け、少し歩くと背後で爆発音が鳴り響き、先ほど乗っていた掃除屋が作戦時間満了により破壊されたことがわかる。その数秒後、爆風がカラスの背中を吹き付けるが、かなりの距離が離れているため、何か障害になるようなことはなかった。
しかし拠点への残り数キロの道も、世界の大地を覆っている灰が足を取るために歩きづらく、この世界では歩行すらも重労働に等しい。
世界は灰色に染まっていた。世界樹と呼ばれる天を突くほどの大樹から放たれていた花粉はいつしかその伝承にあった幻の力を失い、ただの灰として世界に降り注いでいった。
それどころかその灰は分厚い雲として太陽を隠しただけではなく、河川や海にすらも降り注ぎ、その姿を一変させてしまった。河川は消え、海はかつての青を保っていない。
その中で人は数を減らしながらも何とか生き長らえ、今を生きている。カラスが見て来た村には死んだ人間を贄として食らう村もあった。そんな程度には世界は荒み、人々は疲弊しきっていた。
枯れた木を自らにしかわからない目印に見立て、拠点を隠すための灰をいくらか掘り起こし扉を開け、中に入る。
拠点の中はもちろん薄暗く、扉を開けたすぐのところにあるランタンに火を灯し、その他の灯りにも点々と火を灯していく。カラスの家は砂漠のど真ん中にあるということを関係なしに、汚かった。
それはただ掃除をしないというわけではなく、特別カラスが、片付けが苦手だという訳でもない。ひたすらに彼の家にはモノが多かった。先ほどのように、解体した掃除屋の部品を持ってきては、自らの生活をよりよくするための機械を作っているのだが、持って帰ってきたものが必ず欲しいものであるはずもなく、今必要のない部品がそこここに余り、転がっていた。
カラスは冷蔵室という名の、パイプを組み合わせて作った通気口によって風通しを良くした暗室から食料を取り出し、口にする。
基本的に冷蔵室に入っているのは運よく見つけることのできた動物を解体して得た内臓であったり、灰を吸い込みすぎて死んだ魚であったり、となるべく鉄分の多い食べ物を集めていた。
それもカラスが使っている駆動装置は一発弾を撃つのにカラスの血液を二〇〇ミリリットルも消費する。体重五十キロ強のカラスの血液量は三〇〇〇ミリリットル強。血液量の内、三分の一を失うと致命的であるとされていることから駆動装置を利用して撃てる弾丸は五発が限界であった。
そんな兵器を利用しているカラスは食によって多くのより良い血液を生産しなければならない。そのためこのように多くの鉄分を得ることが出来る食材をカラスは好んで食していた。
既に乾燥肉に成り果てたそれらをくちゃくちゃと何度も噛みながら、今日取ってきた部品と遺物を作業台に投げ、工具を手に未完成の装置の完成に努める。
今作り上げているのは、本拠地がわかっていない掃除屋を追跡するためのレーダーや追跡装置。またドローンを利用した地形把握装置に、駆動装置の変換機の三つであった。
傭兵として生きているカラスはその仕事を楽に、なるべく犠牲を少なくしたいと思い、地形把握装置や一発撃つのに必要な血液量を減らすことが出来る変換機などを求めていたが、微かにこの世界の掃除屋を撲滅し英雄となるという野望も心に隠していた。
それの成功のカギとなるのが追跡装置であるのだが、電波や電気信号にめっぽう敏感な掃除屋を騙せるほどの追跡装置を作るという難易度はその言葉通り異常であった。
今回獲れた部品も利用できないとわかるや否や、ため息をつき、部品を床に投げ捨てる。それから椅子に力なく項垂れたまま目を閉じ、眠りにつく。
目が覚めたのは次の日の朝であった。今日は西に十数キロ行った村に傭兵としての仕事があり、それを思い出したカラスは準備を始める。
地下水を吸い上げる井戸からコップ一杯の水を汲み、そこに布を浸して顔を拭う。そしてその水で口を濯いだ後、それを呑み込んだ。
この井戸から採れる水は一日に一リットル行くか行かないか。また薄っすらと灰に汚れており、清涼とは言い難い。
そして薄っすらと潤った口にいくつかの食料を放り込み、傭兵としての装備を着ていく。
薄いインナー、皮で作られたコート風の防具にその上から焼け石に水程度にしかならない防弾チョッキ。頭を覆うことが出来るメットにミラー加工で目線を悟られることのないゴーグルをつけ、腰回りにいくつかのポーチ、背中に駆動装置銃と疑似駆動銃を背負い、扉を開け外に出る。
外は変わり映えのしない灰色の世界だ。吹き付ける風には灰が混ざっており、呼吸ごとに灰が口や鼻に入り込むため、適当なマスクを着け歩き出す。
今日辿り着いた村は昨日依頼を行った村よりはるかに大きい村だった。
かつて世界に存在していた砦と言われる建築物の跡地の一画を改修して作られた村らしく、その砦という本来の建築物の防御性の高さから、移動せずともその栄華を壊されることはなく、かなりの発展をこの村は遂げていた。
村の周囲には掃除屋の部品を利用して作られたであろうタレットと称される自動防衛兵器がいくつも備えられており、同じく村の周辺を哨戒している警備兵の装備も潤沢であった。
興味津々に歩いているカラスの姿を見た警備兵たちは、背負われている駆動装置を目にして口々に武器を意味するアルマという名を告げる。
このように大きな発展を遂げている村には少なくとも知識人と呼ばれる者たちが数名居り、戦闘における技術の高さや過去の遺物であろう駆動装置を巧みに扱うことのできるカラスは度々彼らに傭兵としてではなく、畏怖の念を持ち武器そのものと称され、いつしかアルマという名でその名を轟かせていた。
「遺物の
逸話や伝承のように語られていたカラスを目にした者たちは、それこそ畏怖の念を持ち、傍からその姿を見ることしかできなかった。
その砦の核とも言える門に辿り着くと、カラスは門の横に伸びている梯子を上ることを許され、そのまま砦の中に入る。
一辺百メートルはあるかと思われる壁に四方を囲まれた塔に作られた村の中は後に作られたであろう木組みの足場によって縦に複雑な構造になっていた。
ちょうど梯子を昇り切ったところにある壁に紙が貼られており、その何層もの階を記したそれはこの村の地図であることがわかった。
村の観光は後でできるということなので、まずその警備兵に従い村長のいる場所へ足を運んだ。
「朝だというのに、この村は暗いんだな……」
先導している警備兵にカラスはそう告げた。
「でしょう? 飛行型の掃除屋の襲撃に備えて、元あった砦にドーム状の屋根を取り付けたんですよ。そのため大体ランタンなどの灯りで誤魔化しているので、このような暗さに。でも村の下層にある市場や上層にある酒場ではそんな暗さも忘れられるほどの喧騒がありますけどね」
と警備兵は笑いながら応えた。カラスは周りから聞こえてくる騒がしい声から、その警備兵の言葉に納得する。
「良い村だ……と思う」
「そうおっしゃっていただけると、村の者たちも喜びます」
「そうか」
何を思ったのか、カラスはそれ以降話すことをやめ、警備兵も無理に会話を続けようとは思わなかった。
かつて砦として組み上げられたときから残っているであろう足場はしっかりとしているが、この村の者たちがあとから付け足したであろう足場はやはり不安定で度々カラスを驚かせる鈍い音を鳴らしたが、それは村の者たちにとって日常であり、警備兵は驚いているカラスを小さく笑いながら「音楽と似たようなものですよ」と告げた。
やはりこの村の構造は複雑で、案内無しに門まで戻れと言われたら無理であろうなと思う程のルートを数分辿った後、カラスは村長のいる部屋へと通された。
「そうか、そうか。そなたがあの……
白いひげを蓄えた腰の曲がった老人は何とも言えない表情でそう告げた。戦いに身を投じ、それで金を稼ぐカラスに対する哀れみか、過去の遺物を呼び起こしたカラスに対する恐怖か。少なくとも快い言葉ではない。
ただそれが気に入らなかったわけではない。カラスは常に依頼者と対等でいようとした。
「ああ、依頼を受けるためにここに来た」
「本来
「完璧はない。一度、地震動を起こす掃除屋を見たことがある。この村の足場ではすぐに壊されるだろう」
カラスは右足で床に負荷をかけ、二度ギッギッと音を鳴らした。
「そうか。それは懸念していたが……それについては傭兵ではなく建築家を雇う」
「じゃあなぜ俺を?」
「
恐らくここにいる者は誰も知らされていなかっただろう[青い鳥]の情報。
昔この大地には青い羽毛を持つ鳥がいたという。それは清涼な水場を住処とする鳥であり、灰が降り始めた頃、その青い鳥を多くの人間が求め追跡した。
結果オアシスを見つけることができたという話が存在していたがそれも数百年以上も前の話。
既に清涼な水場なんてものが無いこの世界で生きることのできない[青い鳥]は絶滅したとされていたが、それが確認されたということは、未だに[青い鳥]が生きることのできる灰に侵されていない世界が存在しているということ。
「なぜその情報を俺に?」
「
「ならばそこにその何かがあるのではないのか?」
「いや、そう思いその周辺を探索させたが何も見つからなかった。いや見つけられなかったということが正しいか……」
村長はその言葉と同時に表情に影を落とす。
「見つけられなかった?」
「ああ、探索途中に無数の掃除屋たちに襲われたのか、探索隊は行方不明だ……」
「そんなのそこに何かがあると言っているのと同じではないか」
その情報から考えるに、その記録が残っていた座標は一度に多くの掃除屋を派遣することのできる場所であるということ。ということはカラスが探していた掃除屋たちの本拠地、若しくはそれに準ずる何かがそこに存在している可能性が高い。
という考えを述べた後にカラスはこの村長の思惑に気付く。
「行方不明者の捜索、及び座標の探索が依頼か……」
村長は少し間を置いた後、話し始める。
「儂は長と言えど、民に何かを強いるようなことをするつもりはない。行けば掃除屋が押し寄せるとわかっている場所にもう一度探索隊なんぞ……」
カラスは自らの現状を思い返し、告げた。
「これ以上最適な人物はいないだろうな」
カラスに家族はいなかった。それも彼がかつて生き別れた女性ともう一度出会うためと、故郷を捨てた旅人であったからだった。しかしその目的が果たされることはなく、彼は未だ死ぬための戦いを続けていた。
死んでも誰も悲しまない。そして自らも自らの死地を探している。武器と称される実力の背景にある物語から彼は本当に伝説の人間のように謳われていた。
「この依頼受けていただけますかな?」
村長は言った。
「わかった。報酬は……いらない。だが出る前の準備としてそれなりの物資提供はしてもらう」
「それはもちろんだ」
村長は座標と共にある程度の地図とこの村でのみ利用できる何種類かの貨幣の代わりとなる物資を渡し、カラスを送り出す。
村長の部屋があるのが八階層であったらしく、カラスは市場がある最下層まで歩いていく。
既に崩れかけている足場は何度も鈍い音を鳴らし、申し訳程度に付けられたであろう木組みの手すりは本当に情けなく、心細い。下への階段が北の区画にないため、南区画へ移るための吊り橋を渡らされた時はさすがのカラスもその歩調が狂った。
足場と足場の間が三十センチは空いているであろう、その吊り橋は良くも悪くもカラスの気を引き締めた。
市場に辿り着く前、最下層の一つ上の階層からは既に吹き抜けを介して市場の喧騒がカラスの耳に届いていた。
向かい合って武器を売る商店があっても多少のいがみ合いのみで、それほど激しい争いはしない。そんな温かみのある賑やかさに心を洗われるような感覚を覚えたカラスはまずその商店に顔を出した。
「いらっしゃい、兄さん! 旅人さんかい?」
「ああ、まあそんなところだ。ここではどんなのを売ってくれるのかな?」
「見たところ銃しか装備していない兄さんには好都合! ここでは近接の武器を売ってるんだよ。もちろん外で遭遇するような掃除屋には銃の方があっているが、最近は頭脳を特化させた人型の掃除屋も見られるようになったらしい。そういう奴には銃より近接の方が効くんだってさ」
「そうなのか……。人型か、まだ出会ったことはないが念のためは必要だよな。何がいいとかってあるのか?」
「それならこれ!」
と武器屋は長さ二メートルほどの棍棒を指さした。先にはワイヤーで金属片をぐるぐるに巻き付けたものがついており、それこそこれで殴打を行ったら一溜まりもないだろうが、明らかに戦ったことのない者が考えるような武器であり、カラスはそれを断る。
「例えばナイフとかマチェーテとかの短い得物があればいいなと思ったんだけど……」
「そうか、それならここらへんだろうかな」
と、言っていくつかの近接武器を机に並べる。長めの剣のようなものから果物ナイフのような大きさのものまで。その中に一つカラスは気になるものを見つけ、尋ねる。
「これは?」
カラスが指さしたのは、美しい装飾の施された流線型の刃を持つ、全長三十センチほどの銀の短剣であった。
「ああ、これはただ暇だから装飾にこだわって見ただけだよ。特別なにか他より強力だとかは一切ない」
「これを貰っていいか?」
「え!? まあ止めはしないが本当に飾り以外何もないぜ?」
「それでいいんだ。結局のところ負けるときは負けるんだからな。もう昔みたいにはいかないんだよ」
カラスはそう冷たく呟き、老けた自分の手を見つめる。
「昔って言ったって、兄さん二十代、いっても三十代前半くらいじゃないか?」
「正確には三十二歳だよ。そうだお代はどれがいいのかな?」
村長から貰ったいくつかの種類のある貨幣を机の上に見せると武器屋は疑似駆動銃の弾が入っている袋を指さした。
「基本的に戦闘に扱うものを買いたい時は弾丸を、食べ物とか衣類は植物の種だ。医療品はこの錠剤。全部外に持っていっても扱える代物だが旅人さんからしたら使い果たしちまうのがお得かな」
「色々とありがとう」
「おう! こちらこそありがとう!」
それからカラスは散弾銃型の疑似駆動銃と数日を耐えられる食料と砂橇を買い砦の村を後にした。
砦の村から出るとまた同じような灰の砂漠が広がっている。向かう座標まではこの灰の砂漠が作り出した大砂丘を何十とも越えなければならない。そこで役に立つのが先ほど購入した砂橇であった。
スキー板のように両足に履き、その板の裏にはこの砂漠に唯一適応した生物、陸鮫の皮がついている。砂丘を昇る際は鮫の皮についた鮫肌によって通常より強い摩擦が生まれることで、多少昇りが楽になり、降りる時こそスキーのように降りられるという画期的な装備であった。
そして灰除けのためのゴーグルとマスクを着け、座標に向かって歩き出す。
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