傭兵の申請

 ぬかるむ土、滑る苔、湿った石に、行く先を阻む茂み。ダイチとは違って整えられていない密林は二人の体力を見る見るうちに奪っていった。既にカラスもオーもコートを脱ぎ、じっとりとした服に不快感を覚えながら、その歩を進めていた。


「通りで苦しいと思った。この湿り気のせいでマスクの通気性が悪くなったみたいだ」


 とオーはマスクを外しながら声を出し言った。その声は久々に出したが故にところどころで裏返り、その言葉を発した後に喉を鳴らし、声の調子を整える。


『おい、外でマスクを外すなんて! 苦しくてもいいから早くそれをつけろ!』


 粗ぶった声で言うカラスに対し、オーは言う。


「なんで灰が浄化されないか。それは植物がないからだ。ここは生憎入ったら帰ることのできない不帰の森。帰り道はなくとも植物はいくらでもあるみたいだよ? それがどういう意味か、頭の良くて勘の鋭いカラスには簡単に理解できるよね?」


 そう言うオーを横目に、カラスは恐る恐るマスクを外し、唇を尖らせ、一瞬だけ外の空気を吸ってみる。本来ならば灰に塗れた空気によってその舌先にざらついた、丁度口の中に髪の毛が入ったような違和感を覚えるはずだった。しかしそれがない。


 次は鼻で浅く呼吸する。鼻で呼吸すればくしゃみ、むせるなどの弊害がでるはずだった。


「大丈夫……みたいだな」

「初めて掃除屋を間近で見た女みたいなリアクションだ」

「うるさいな。人が成長するには恐怖、経験、実践だ。だがこの世界では恐怖を覚える前に死に至る。神経質になるのも仕方ないだろ」

「よく考えてみろよ。僕が大丈夫なんだから大丈夫に決まってるだろ」

「まあ、そうか……。ついでだ少し休憩しようか」


 カラスは近くに落ちている枝木を集め、火を付けようとする。


「だめだ」

「何が?」

「湿っていて火を付けられそうにない」

「じゃあ僕が」

「いやここは悪名高い不帰の森だ。下手に体力を消耗してほしくない。多分これだけ多種多様な植物があれば松があるはずなんだ」

「マツ……。もしそんな植物があるとしたらこの遥か下、化石になって埋まってるだろうね?」

「どうかな? 辺りを見た限り、俺が見たことあるような植物ばかりなんだよ」


 と、目の前に垂れ下がるシダのような葉を鉈で切り落とし、道を拓く。地面から生えている大きな傘のような葉は恐らく芋が付ける葉であろうし、と辺りにはかつて見た絶滅してしまったはずの植物ばかりであった。


 そして地面に目を落としながら歩いていたところ、見つけた。卵のような形で鱗のようなものを持った植物の種。松かさだ。


「よし、見つけた」

「そういうこと。マツであれば油分を多く含んでいるから火がつけられるということね?」

「ああ、落ちた松かさはとても良い種火になるし、火さえつけられればやりようはいくらでもある」

「でもこんな暑いんだし、わざわざ火を付けなくても良くない?」

「いや、さっきから何かに見られている気配がする。しかも驚いたことに鳥が飛んでいた。ほら」


 と言ってカラスはオーの綺麗な髪の毛に付いた蜘蛛の巣のような物を取り除く。


「気付かなかったか? 恐らくこれは蜘蛛の巣だろう。虫がいるんだ。虫がいて、鳥がいて。ここまでの生物がいれば恐らく人を襲うくらいの獣だっているだろう。不帰の森ではちゃんとした食物連鎖のピラミッドが構成されているみたいなんだ」

「なら戦えばいいじゃないか?」

「オーは本当に楽観主義的だな。結局火を付けてれば奴等は寄ってこないんだから、火を付けてればいいんだよ」

「暑いじゃないか」

「火を付けてもあんま変わらないよ」


 ふんとオーは不機嫌そうにカラスの火熾しを見つめている。


「じゃあ辺りで食べられそうなものを見つけてきてくれよ」

「はいはーい」


 適当な返事の後、オーは近くの茂みへ歩いて行き、姿を消した。


 カラスは手に入れた松かさと、木の皮を剥ぎ作った着火剤を使って火熾しにかかる。最初に金属片と石を利用して行う火花式発火法を試す。バチンと音を鳴らし、若干の火花を散らすが着火剤に火は移らない。だが一回だけで出来るとはカラスも思っていない。もう一度強く石を打ち付け、火花を生み出す。すると火種に火花が落ちた。


 カラスは透かさず着火剤全体を両手で覆い、火種が消えないようにと処置した後、小口でゆっくりと酸素を送っていく。強すぎても弱すぎても火種は消えてしまう。絶妙な力加減で空気を送る。カラスの息が吹きつけられると火種は、かつてみた朝日のように鮮やかな橙の色を明るく発する。


 ちょっとずつ、ちょっとずつ。しかし空気を吹きかけるために、意気を吸い上げた瞬間、火種は弱弱しく消えて行ってしまった。


「くっそ。もう一回だ」


 着火剤に新たに木の皮の藁と松かさを足し、もう一度そこに火種を落とす。そして先ほどより空気を当てていない時間を減らすよう意識して、息を送り続ける。


 火が熾るのはいつだって突然だ。一定の温度を手に入れた火種が松かさに着火したのか、カラスの顔近くにあった火種はカラスを弾かれた様に驚かせる程度には強く火を発した。それの小さな火をカラスは集めてきた薪に移すため、まだ火が達していない部分を持ち、運ぶがどんどんと炎は着火剤を減らしながらも、大きくなっていく。


「あちっあちっ」


 と、熱さを我慢しながら組んでいた薪と着火剤にその火を移そうとするが、着火剤には移るものの薪に移ってくれない。


「まずいな。薪が湿ってるのか。火が移ってくれない」


 カラスは辺りを見回した後、自らの鞄から昨日まで寝泊まりに使っていたテント用の木材と布を取り出し、それを火へ放り投げてしまった。


 ちょうどその時だった。


「あー! 待って待って!」


 と、オーが手にいっぱい持っていた果物を落としながらこちらに駆けよってきて上着で火を叩き始める。


「馬鹿馬鹿! ここまで大きくした火を消すつもりか⁉」

「いや馬鹿はカラスの方だろう⁉ 明日からの寝床をどうするつもりだよ!」

「ここは森だろうが! テントの一つや二つ作るなんて簡単だ! それより火がない方が命取りなんだよ!」

「そうなの? それなら」


 手を止めたオーに再度カラスは慌てて駆け寄る。


「おい! 馬鹿馬鹿! 上着燃えてるって!」


 ちりちりとオーの上着の裾は燃え始めていた。それに驚いたオーはまたばたばたと上着を叩き始める、火の近くで。


「馬鹿! そんな火の近くで叩くな! 火が消えちまうだろ!」

「馬鹿って言うなよ馬鹿!」




 焚火の火が着き、オーの上着の火が消え、と火に於いて色々と落ち着くと二人は腹の底から笑い始める。


「なんだよぉ。なんだかんだ気に入ってた上着だってのに」

「知らねえよ。オーがせっかちなのがいけないんだろ?」

「そりゃ今までの自分の家がなくなったら驚くもんだろう?」

「だとしてもなんで? とか聞けばいいじゃないか」

「まあそうだけどさー」


 と不貞腐れた表情を浮かべたオーから、先程オーが落とした果実へカラスは視線を移した。


「そういえば、あれ。よくあんなに見つけられたな?」

「世界システムの情報からしても、これは食べても問題なさそうだ」


 カラスは世界システムに毒見機能なんて無駄っぽい機能もあったのか、と思うがそれを自分の中に飲み込んだ。それよりもカラスはオーの持ってきた果実の方に興味があった。


 丸みを帯びた赤い果実。「少し良いか」とカラスはそのうちの一つを取り上げ、赤い実を少し削ってみると、中から瑞々しい白い実が現れる。


「林檎か……?」


 オーも食べられると言っていたことだし、カラスはそのまま林檎に齧りついてみる。シャキッと音を鳴らし、口の中でほろほろと崩れるこの果実は確かに林檎であった。


「林檎だな……。やっぱりこの不帰の森は、記録で見た過去の植物によって構成されているようだ」

「過去ってどのくらいの過去だよ?」

「数千年、下手したら一万年も前かもしれない」

「やっぱり君はこの世界の人では知り得ない知識を得ているとしか思えないな」


 オーは林檎を手にしたまま、静かな眼差しでカラスにそう告げた。かつては自らの過去を知らせること自体がアドバンテージになると考えていたカラスであったが、長い間オート旅路を共にした結果、これから現れるであろう障害を考えるとここでさらに彼女との信頼関係を気付いているのも良いかもしれない。


「俺の話はキャンプを立ててから――安全を確保してからにしよう」

「そうだね……」


 カラスはオーに火の番と食事の調理を任せながら、軽快に細長い葉を持った植物を編んでいき、屋根の部品を着々と作り上げていく。


 よく撓る背の低い木のてっぺんを上手く結び合わせ、その樹と樹の間に先ほど作り上げた屋根の部品を作っていく。そして適当なシェルターが出来たところで、鞄の中に入れていたローブを上手く編み込み、ハンモックを二つ組み立てて見せる。


 虫や獣の恐れがあるジャングルでは地べたに眠るのはいささか危険であるため、木の上であったり、ハンモックであったりで眠るというのは常識的とも言える。


 しかしそれはジャングルがあった時代の話であり、それこそ今この世界ではこの不帰の森以外森という存在がある地域はないだろう。


 だからこそオーはカラスの知識に驚きを隠せない。


 そしてジャングルの中に出来上がったシェルターのハンモックに腰掛けカラスとオーは話し始める。


 その時だった。奥の茂みからがさがさと音が聞こえ、二人はその茂みに確かな何かの気配を感じ取った。カラスはすぐさま置いてあった荷物から二つの銃の内、散弾銃型の銃を構え、警戒する。


「どうする? もう強化を発現しておいた方が良いかい?」


 もし相手がこの不帰の森の名の元となった相手だとしたら、こんな銃で太刀打ちできるとは到底思えない。そう考えたカラスは静かに頷く。


 するとオーは小さな声で申請を行い、自らの身体に強化を施す。


 見た目に劇的な変化はないが薄っすらと肌が艶やかになるように見える。また瞳の奥がじんわりと輝き、熱い呼気が溢れ出ていることを見るに、身体が強化されているという印象を受ける。


 かつてのカラスもその恩恵を受けたことがあり、その実態は攻撃を行うと思った際に発される瞬時の脳の指令と同時に、筋力増強と骨格硬化が施されるというものであった。そのためスピードが上昇するといったわけではないが、強化が成された身体から放たれる一撃は凄まじいものであった。


 オーの強化完了を確認したカラスはその茂みに向かってゆっくりと距離を縮めていく。こんな世界では、無駄な発砲を防ぐためにトリガーから指を外したりなんてしない。もう一秒もしないで弾丸の火薬に火を灯し、視界に現れる敵を三秒もかからず殺してやるという意志の元、カラスはその正体を探る。


「人なら姿を現せ。今から三秒待つ。三秒して現れなければ容赦なくその茂みに弾丸を叩き込む」


 そしてカラスは心の中で三つ、一、二、三と数え、瞬間その引き金を引いた。


 ズドンと重い火薬の破裂音が森の中に響き渡り、木々に留まっていた鳥が音に驚いたため、鋭い鳴き声を発しながら飛び立っていく。


 その鳴き声から数秒もたたないうちに、カラスの目の前は叢から飛び出してきた何かによって覆われてしまう。それに驚きながらもカラスは横っ飛びを行い、何かの初撃を躱す。


「カラス!」

「大丈夫だ!」


 黒い皮膚に、鋭い牙と爪、長い尻尾の先は二又に割れており、カラスの頭の中にある数多くの獣とはどれも一致しない型であるため、この時代の新種であるとわかる。


 その目に映る特徴だけを取れば虎や獅子などの大型猫科動物に見えなくもないが、明らかに、その毛が一本も生えていない姿はハダカデバネズミのような見た目のインパクトを持っていた。


 しかし明らかに敵意を剥き出しにしているその獣に対し、何かしらの友好的行動をとれるはずもなく、容赦なくカラスは二発目の弾丸を放つ。


 弾丸に込められた無数の鉄球は拡散し、その獣に迫るが、その獣は軽々とその弾を避けてしまう。


「なっ。初速毎秒三〇〇メートルはある弾丸を避けるだと!?」


 驚き戸惑うカラスに獣も容赦なく飛びかかり、その爪を振るう。咄嗟に散弾銃を棒のように持ち、それでその攻撃を防ごうとしたが、あっさりと散弾銃はへし折られてしまった。


「くそっ! これからだってのに、大事な武器を!」

「カラス!」


 オーは勢いよく獣に向かって飛びかかり、凄まじい殴打を繰り出した。獣の横顔を捉えたそれは途轍もない風圧と共に獣を地面に叩き伏せるが、獣はもろともせずすぐ立ち上がり、オーにその鋭い爪を振りかざすが、カラスの放った弾丸により、左後頭部を撃ち抜かれる。


 紫色の血と脳髄をまき散らした獣はすぐに動かなくなる。


「気持ちの悪い見た目……」


 と、死体を足蹴にするオーに対し、カラスは大きな声で注意を促す。


「警戒しろ! まだ、来るぞ」


 音か臭いか、次なる敵の接近に気付いたカラスは長銃型疑似駆動銃の再装填を行い、その音がした方向へ、銃を構えた。


「一匹だけじゃない?」

「恐らくな。俺の知る限り大体の肉食獣ってのは群れで行動していたはずだ」


 カラスの頭の中には狼やライオン、ハイエナなどの動物たちが浮かんでいたが、熊や虎などは群れを作らない。ただ単純に二匹目以降の敵が現れそうな状況においてそんな言葉が口を出たようだった。


 そしてカラスの言葉通り、近くの茂みから三頭の獣が現れた。唸りながらカラスとオーの周りを歩いている獣たちに対し、二人は背を合わせながら警戒する。


 カラスは長銃を置き、腰に差していた短剣を引き抜く。オーはカラスが短剣を鞘から抜いた音と同時に、申請を行い、目の前の獣に風圧による攻撃を放つ。吹き飛ばされた獣はそのまま成す術無く、世界樹の根へと叩きつけられた。その獣は力無く地面に倒れ込み、息絶える。


「力を使い過ぎるな!」

「そんなこと言ってもしょうがないでしょ!?」


 そして次は他の申請を行い、業火によって二匹目の獣を焼き払った。カラスが手古摺った奴等を二匹も立て続けに倒してしまったオーは既に力尽きる寸前であり、そのまま地面に膝を付いてしまう。


「くそっ。だから言ったのに」


 息切れしているオーを横目にカラスはもう一匹の獣に飛びかかり、逆手に持った短剣を獣の首筋に突き刺した。


 それをきっかけとして身体を捻らせることで獣の上に飛び乗り、首周りのたるんだ皮を掴むことで自らを固定する。そして今一度短剣を引き抜き、突き刺す。何度も、何度も。


 激しい抵抗がありながらも、カラスは何とか耐え、短剣を何度も突き刺すがその激しい動きを止めることはない。しかしその時カラスの目の前に一筋の矢が飛んできて、獣の後頭部に突き刺さった。


 すると先ほどまで激しく動いていた獣はすぐさまぐったりと倒れ込んだ。


「な、なに!?」

「動くな!」


 カラスはオーが何か行動を起こす前に、制止させ、落ち着かせた。


「囲まれているみたいだ。お前はもう何もするなよ? 俺が何とかする」

「わかった……」


 カラスは周りの木々の上からあの獣を卒倒させたであろう矢を番え、弓を引き絞る者たちに囲まれているということに気付いていた。

 恐らく、それこそカラスへの制止を指示しているのであり、下手に動いたらあの矢で射抜かれてしまうだろう。


「手を挙げろ」


 森の中から聞こえてきた声に従い、カラスは手を挙げ、それを頭の上に載せた。それと同じことをするようにオーにも指示する。


 すると木の上から突如降りて来たかと思えば、潔くカラスたちの前にその姿を現した。


「貴様たち、何をしに来た?」


 黒い毛皮の腰布を身に纏い、髪の毛は複雑に結われ、体中に戦化粧を施している若い男はそう言った。


「俺たちはこの先の世界樹に用があって……」

「それは我らが領域であるこの神の森、そして空を支える柱、唯一ノ木が生き神だと知っての狼藉か?」

「いや、すまない。あんたらの土地だということも、あんたらにそう崇められているとも知らなかった」


 淡々と続けるカラスであるが、それは全て長年の経験から最良の一手を瞬時に見極めてのことだった。


「そうか、また旅人か」


 ――また……。ここが不帰の森と呼ばれるのはそういうことか――


「前例があるようだが」


 そう言った瞬間カラスの左耳すれすれを矢がかすめていった。


「お前が発言を許されるのは私の質問に答えるときだけだ」

「……」


 カラスは自らを狙った矢より、そんなことをされても動じなかったオーに安心した。もし今までのオーであったら、相手のこの行動に腹を立て、申請を行っていたかもしれない。


「交渉の余地は?」

「ない」


 その男が背を向けた瞬間、カラスは男に向かって銀の短剣を投げつけるが、それは簡単に男の鉈によって弾き飛ばされる。


 そしてカラスたちを狙い、無数の矢の雨が降り注ぐ。

 カラスはすぐさまオーの元へ駆け寄り、覆い被さる形でオーを守った。




「か、カラス……?」


 ゆっくりと目を開き、場の状況を確認したオーはその異様な景色に驚愕した。


「なんで時が? 僕は申請を行っていない」

「ああ。言ってなくて悪かったな」


 カラスたちに放たれたはずの矢は全てカラスたちに当たる寸前の状態で停止していた。


「あ、貴方は……この時代に未だ世界樹の恩恵を受けていると……?」


 男は驚き、そう尋ねる。カラスは額に浮かんだ脂汗を拭いながら、「まずこの状況の打開が先だ」と呟いた。


 時を止める魔法と言うのは、その止めた物体の時を止めるだけであって、運動を止めるという認識は間違いだ。時が止まったが故に運動が止まっただけであり、このまま時を進めたらそのまま無数の矢が二人に降り注ぐことになる。


 だからカラスはもう一度申請を行い、ここにある多くの矢一つ一つに、本来向いていた方向とは正反対の方向へ同じ力を作用させる。そうすれば、停止を解除した瞬間、矢はただそのまま下へと落ちる。


「久々の申請は体力を使うな……」


 男は、いや男達はカラスが申請を扱い、地に落ちた矢を見て、その手に持っていた武器を下げた。そして仲間であろう者に指示を促し、二つの小瓶を持ってこさせる。


「お二方。世界樹の恩恵を受けし方々。私たちのご無礼をお許しください。これは活力促進剤。一種の栄養剤のようなものです。恩恵によって疲弊した身体を一時的にですが、行動可能にすることが出来ます」


 ただの小瓶であった。しかし今の流れを踏まえてしまえば、カラスはこの小瓶の中に入っている得体のしれない液体をそんな良薬だと認識することはできない。


「もう動けないんだ。その鉈で首を落とせばいいものの、その毒を飲んで殺した方が得なことがあるとでもいうのか?」

「いえ、我らの部族は長い間、貴方のような世界樹の恩恵を受けている者を待ち続けていたのです。まずは我らの村で御持て成しを……」


 その言葉を疑っていたカラスを横目に、オーは静かな声音で告げる。


「少なくともこの人たちは嘘をついてないよ。この人たちはね」


 そんなウソ発見器のような機能があったのかとカラスはそれについていつものようにツッコミを入れようとするが、明らかにオーの目は冷ややかなものであった。


 カラスはすぐにその目が、オーに対し自らの能力を隠していたからだということに気付く。しかしそれこそこのことを話してしまえば自らの過去を含め、全てを話さなければならなくなる。いつかいなくなる人間のことを彼女の記憶に刻み込むわけにはいかない。


 今までの行動を鑑みればこれこそ矛盾しているが、そんな考えが、カラスが全てを明かすことを踏みとどまらせていた。


 しかしその判断がここに来て、世界樹の直前にまで来て二人の信頼関係を揺るがすこととなる。


 カラスとオーは険悪なムードのまま、部族の彼らに案内されながら世界樹の麓を目指した。

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