砂漠から大樹を目指す
ふと意識が覚醒したカラスは薄っすらとその重い瞼を開くと、正面には瞳に涙を浮かべた少女の姿があった。彼女の姿はどこかあの誰かに似ていて、どうしようもなく愛おしい。
カラスはこれまた重い腕を持ち上げ、彼女の涙を優しく拭い、名前を呟いた。
「リッカ――」
その言葉を聞いた少女は不満げな表情を浮かべ、カラスの腕を払った。
「僕はオーだって自分で言ったのになんだよ。他の女と名前を間違えるなんてさ」
腕の痛みで確かに覚醒したカラスは首筋を擦りながら上体を起こした。そこまで首が痛くないこととオーが正座でいることを見たカラスはオーの優しさを感じた。そして少し照れつつ言う。
「いやすまない。まだ寝ぼけていたみたいだ。ありがとうオー」
「ふん、謝るなら痺れの無い足を返して欲しいね。今では立つのもやっとだよ。生まれたての小馬鹿みたいだろ」
「俺も何が何だがわからなかったから、本当にすまない。あと馬と鹿ではなく子馬、若しくは子鹿じゃないのか? 生まれたての小馬鹿ってのは纏め過ぎているだろう」
「ふむ、それもそうか。まあそうとも言うって奴だよ。して、急に気絶なんてどうしたんだ? 流石に僕とて驚きを隠せなかったかな」
その言葉に対しカラスはアルマの記憶と自身の記憶の一致についてを告げる。
「なんだか、過去にアルマと同じような体験をした気がするんだ。世界システムに封じられた記憶を呼び起こした際に起きる強烈な頭痛。これは少なくとも今回を含めて二度以上、受けたことがある気がする」
「そんなに何度も世界システムに頭を弄られたということかい? その頭痛は何度もあったかもしれないけど、アルマとの過去の一致はあまりにも不自然だろう。恐らく二度も物語を追体験したから一時的な記憶の混濁が起きているだけだと思うな」
「そうか、まあそうだよな。アルマはもっと遥か昔の人間なんだろう?」
「あの物語を見ればわかると思うけど、人間とは言い難い人間だったよ。それも遥か数千年前のね」
その言葉にカラスはこの世界の果てしない年月を感じ、ふとまた頭痛を感じ、椅子に座り込む。
「次にすぐ行きたいだろうけど、少し休ませてもらっていいか? 俺のが年をとってるからか脳の容量が少ないみたいだ……」
オーはやれやれと首を振りながら、カラスの提案を承諾した。
「休憩が必要ならもう一度コーヒーでも淹れるとしようか。生憎数時間ここで時間を潰したとしても世界が滅んでいることに変わりはないからねえ」
「なんかその話を聞くと申し訳なくなるな……」
「別に皮肉で言ったわけじゃないさ。本当のことだ。灰もない、浄化装置もないこのマチでちゃんと休んでおくとしようよ。外に出てしまえばこんな安寧は得られないんだからさ」
それもそうだな、と言いつつカラスはオーの淹れてくれたコーヒーを口にして、少し渋いなぁと呟いた。
少しの仮眠と、多くの食事、多くの休息を取った後、カラスとオーは装備の準備を整えてマチを出る。といっても、この先にはただひたすらな洞窟が続いており、未だに地上までの道は遠いはずだった。
「なんだよ、この階段は……」
「なんだよって、地上への階段だろ? そんな驚くことはないじゃないか。だってさこの設備もマチもダイチも全て世界システムが作り上げたものだぜ? もう驚くのも面倒臭くなってくるんじゃないか?」
オーは階段を登りながら言う。カラスはもう飽き飽きだなと思いつつ、笑みを浮かべオーの後を追った。
地上に出るとこれまた変わり映えのしない灰色の世界が二人を待っていた。灰に塗れ、灰が舞い、灰が肺を侵す。そしてそこに留めと言わんばかりに掃除屋が闊歩する。どうしても変わってくれないこの世界にため息をつきつつ、カラスはオーに聞き忘れていたことをマスクとゴーグルと付けながら尋ねる。
「忘れていた。世界システム、俺たちの目的地とするべき場所はどこにあるんだ?」
それを見たオーも気付いたようにゴーグルとマスクをつける。
「おっと察しの良くて頭のいいカラスさんならもう気付いていたと思ってたよ」
「それは予想が外れたな。こちらとしては全くさっぱり?」
「はは、ここまで清々しい開き直りは初めて見たよ」
「初めても何もお前はまだ数時間しか生きてないだろう」
「それもそうだね。そう、僕たちの目的地はかつて人間に幻を与え、今、人の命を脅かしている世界樹――――その下だ」
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