要するに「ちゃんと装備しないと効果がない」ということらしい

 さて、と言いつつカラスは自由に部品を取って良いと言われたオーの培養槽を解体し、使えそうな部品をいくつか拝借した。今となっては追跡装置やドローンなどは必要ないため駆動装置に取り付ける変換機に代わるものを探した。しかしそんな代物が簡単に見つかるはずもなく、収穫はゼロであった。


「さすがに駆動装置を自分の技術で改造しただけあるね」


 オーは言う。


「不幸なことに怖い怖い機械兵器たちが闊歩してるからな。自然と身につくだろう」

「そんなこともないんじゃない? 駆動装置を駆動装置だと認識してるからこそ身につけられる技術だよそれは。駆動装置なんて知識どこで手に入れたんだ?」


 オーはヘアゴムで一纏めにした綺麗な黒髪を弄びながら尋ねる。


「流石のオーさんでも他人の過去を知っているわけではないんだな」


 カラスは機械を弄びながら言う。


「馬鹿言わないでくれよ。僕が知っているのはこの世界の真実で、君の真実じゃないんだ。と、言ってもそれも不具合のせいで断片的なんだ」


 そう言うと、座っていた機械の上から飛び降り、ぱんぱんと尻の埃を払い歩き出した。


「カラスの準備ももう終わったろ? まずは知識集めと称して図書館へ赴こうじゃないか」

「図書館? そんなものもうこの世界にはないだろう」

「そうだよ。この世界に図書館なんてものあるはずないんだ。じゃあなんでそんなものを君が知ってる?」


 先ほどまで優しい瞳をしていたオーの目は一変し、獲物を捕らえた獣の眼光のように鋭くカラスのことを貫いている。その気迫とも言うべき圧にカラスは気圧され、言葉を紡げない。


「あはは。そんな警戒しなくていいよ。ちょっとからかっただけだからさ。でも少し君に興味が沸いたよ。歴史家技術者で武器アルマの異名を持つカラスのことをね……」


 言葉の後ろについた不自然な間にカラスを恐怖を抱かざるを得ない。これほどまでに表情の読めないオーは記憶を失っているフリをしていてもおかしくないと。


「は……ハハ。心臓に悪いからやめてくれよ。駆動装置に至っても興味本位で研究していただけさ」


 先ほどまで信頼しきっていたオーに対し、自分の過去を知られないこと、これがなによりも重要な一手だと思い、カラスは嘘をついた。世界についての知識、遺術、駆け引き、そして未だ測り知れない能力を持っているであろうオーに対し、自分の手札をなるべく悟られない。それが今カラスにとって一番重要なことだった。


「図書館はあるよ。だってカラスは見て来たんでしょ? マチを」


 そういえば、そうであったとカラスはオーの言葉に納得する。銀行や病院など街を作り上げるために必要な構造物が多くあるマチに図書館があるのも当然だろう。


「と、いってもまずは所謂RPGの冒険への手引きみたいなものをしないといけないんだ。図書館に行くのは主人公が一通りチュートリアルイベントを終えた後、情報収集のために街を自由に歩けるようになってからかな」

「突然何を言ってるんだ?」


 にやりとオーは笑いながら続ける。


「とぼけても知ってるんだろ? まあいいや。要するにあのマチは僕が忘れた目的のために外に出るまでの準備をする場所なんだよ。焼き付けた記憶だけだとボロを出すかもしれないから、ちゃんと経験するためにね?」

「オーの常識を培うために街を……。じゃああの掃除屋たちはお前のために住人を演じていたのか」

「まあ演じるって言うよりプログラムされるってのが正しいかな。人型を用意してくれたらいいのに、コストが高いから適当な奴等ばっか置いてさ。ケチなんだよ世界システムって」


 不満そうに首を振りながらオーはダイチから出るための扉へ向かって歩き始める。


「はは。文化は違えど事情は似たものだな」


 オーに背後を取られることを恐れつつ、案内を任せるという体でオーの後ろを歩けるということに安堵した。そしてそのオーの歩く道をカラスは辿る。



 ダイチの扉から外に出ると暗い階段にがらんどうの城が続いて――いなかった。


 目を覆いたくなるほどのランプは艶やかな絨毯を照らし、その絨毯は物寂しい石造りの階段を優しく包んでいた。灰塗れの靴で踏むのが申し訳なくなるほどに繊細な装飾が施された絨毯は階段の上まで伸びている。階段の先も溢れんばかりの光に満ちており、登り詰めると、そこには数十の掃除屋たちが待ち構えていた。


 その異様さにカラスは疑似駆動銃ではなく、駆動装置を手に取ろうとするが、オーは「大丈夫だ」と告げ、手を伸ばした。


「彼らは僕の目覚めを見届けに来ただけだ。これは頭に入っているんだ。良しと言えば自分の持ち場に戻るって」

「本当に君のために集められた者たちなんだな」

「ああ、健気だろう? お前らもう良いぞ。持ち場に戻れ」


 オーが言うと掃除屋たちは皆ぞろぞろと城門を通り、マチへ抜けていった。


「それに忠実な様で」

「良い子たちだよ」


 掃除屋たちがいなくなった城は変わらずがらんどうであったが、やはり入ってきた時とは違い艶やかな装飾が施されている。これらは全て掃除屋たちが行ったことなのか、カラスにわかることではないが、彼の心を不安定にさせた。



 オーは城の中にある一つの扉を開けて、その中に入っていく。

「おいおい、図書館に行くんじゃないのか?」

「だから言ったろ? 図書館に行くのはチュートリアルが終わってからだって。だからこれはチュートリアルのイベントってわけさ。最初の武器選びだよ」

「最初の武器ってもう既に遺術と言う最強とも言える武器を持ってるじゃないか」


 オーはカラスの発言に呆れるたような表情を浮かべると、腕輪型の駆動装置を取り、それを手に付けながら言った。


「もちろんあれでもいいんだけど、あれは所謂緊急のアクセスコードなんだよ。だから普通に扱うよりラグが大きいし多くのエネルギーを使用する。だけどこの駆動装置を使えばこいつが恩恵をくれる」


 腕輪を指差しながらオーは続ける。


「遠い世界システムに何かを頼むより、小型化された世界システムに申請した方がラグが少ないのは当然だろう? もちろんオリジナルよりかはできることは限られるけど、この世界を旅する程度には十分だ」


 カラスさえも生きることが大変なこの世界を、旅という難易度の高い行いを添えたうえで、程度と言ってしまうオーは異常だが、それでも世界システムの恩恵を最大限に受けたオーからしたらこの程度なのだろうなと思ってしまう。


「それが小型の駆動装置と言うことか」

「そうだよ。他にも剣型とか、カラスが背負っている銃型とかあるけどやっぱり目に見える武器のような物はいざ誰かに捕まった時とか不便だしね。それにこっちの方がスタイリッシュだ」

「なんか、見栄えとか気にするんだな……」

「これでも僕だって女の子だからな」


 オーはにっと可愛らしく笑いながらブレスレットのような駆動装置を左手に取り付けた。


「じゃあ次のチュートリアルは何なんだ?」


 次に早く進みたいカラスは急かすようにオーに尋ねるが、オーはまた笑った。


「武器を選んだんだぜ? 次は勿論戦闘訓練じゃないか」


 瞬間、足元が光り輝き、気が付くと先ほどまでいたがらんどうではなくなった城のホールへ飛ばされていた。しかし城のホールは先ほどとは違い、一体の機械兵器が佇んでいた。


 初めて見る完全な人型の掃除屋だった。今まで見たことのないこの型をなぜ人型とすぐに認識できたかと言うと、カラスは前にも人型のような形の掃除屋を見たことがあったのだが、それらは全て人間でいう頭部を欠損していたりと人型としては何か欠けた形の型が多かった。


 しかし目の前に現れた掃除屋は機械体でありながら、頭部があり目とも呼べる部分や鼻、口などがしっかりと存在しており、人型と言われれば十分納得できる形をしていた。


 それと対面し、咄嗟にカラスは散弾銃タイプの疑似駆動銃を取り出し、構えを取るが、その射線をオーが手を伸ばし遮る。


「なっ。手を退けろ!」

「馬鹿言わないでくれよ。これは僕のチュートリアルだ」


 オーがそう言った瞬間、オーはその場から消え、既に掃除屋の元へ肉薄していた。掃除屋は右腕に付けられた丸鋸をオーに振り下ろそうとするが、オーはそれを華麗に躱し、掃除屋の腹部へ優しく触れた。


 丸鋸は耳が痛くなるほどの駆動音を鳴らし、その脅威という刃を剥き出しにしていたはずだが、その音は既に止まっている。人型は不自然だった。


 さながらカラスは時が止まったのではと錯覚するくらいに、オーは人型より速く動いているように見える。高速で動いている何かは度々停止しているように見えると言われるように、丸鋸はその形を留めている。


 カラスの錯覚は正しかった。錯覚を正しいということはいささか語弊があるが、その名の通り、人型はその戦意、敵意関係なしに動きを停止させていた。


「止まっているのか……。どうして」


 オーはその疑問に答える前に、もう一度人型の胸部に触れた。その時すらも音はなかった。しかしオーが触れた人型の胸部からは城の壁を見ることが出来た。胸部には拳大の穴が空き、そして人型は気付いたようにその身体を地面へ力なく伏せた。


「いくら人型で作ったからって、心臓の部分にエネルギー炉を置いておくなんて愚かだよね。弱点を自ら教えちゃうなんてさ」


 オーが述べていたチュートリアルが終わったということを、カラスはオーが口を開いたという事実から認識した。


「お前、何をしたんだよ……」

「物体の時間の停止と、物体の転送だよ」


 火を熾す、水を生み出す、風を作る、光を発する。全て人間が駆動装置を手にする前から科学的に確立されていた技術であり、遺術はそれらを応用したテクノロジーの一部であったのだが、オーが扱った遺術は明らかに人類が辿り着くことのできなかった術であった。


「人が作り上げられなかった? 違う、作り上げたんだよ。時間を戻したり、止めたり。遠くに瞬間移動したりさせたり。元を辿れば世界システムだって人類が作り出したものなんだからさ」


 カラスの言いたいことを予想していたかのようにオーはそう応えた。いくらここで押し問答をしようとも科学に対して分解と修復程度の知識しかないカラスはそれ以上の追及を諦めた。


 今はこれほどまでに強力な戦闘能力を持つオーが味方であるということに感謝し、それとなく会話を続けた。


「はは、強い味方がいてくれてこっちとしては有難いよ」

「まあ僕は人類の科学の結集みたいなところあるからねぇ。でも驚かれるのってなんだか不本意なんだよ。なんてたって結局のところ僕は君たちの先祖に作られたんだからさ。自分たちが成し遂げた栄光を忘れてしまうなんてさ。人類ってちょっぴり愚かかもね」

「多分お前が言いたいのは結晶か? まあ何度もその歴史の歩みを止めていたら遥か昔のことなんて忘れてしまうだろうさ。人は忘れる生き物なんだから。いつかは大事な約束だって忘れてしまうものなんだよ」


 カラスは虚空を見つめ、表情に影を落とす。その顔をオーは覗き込む。可愛らしい顔が突然視界に現れたカラスは、なんだか照れ臭くなり、その目を見ることが出来ない。


「女?」

「いいんだよ、お前はそんなこと気にしなくて! さあ次のチュートリアルはなんだよ!」


 オーはにひひと笑い、何か良いことを知ったと言った様な表情のまま続ける。


「戦闘が終われば続きは簡単、『体力の回復の仕方』だね。でも生命力を使って発現する申請と受理は全てにおいて食事と睡眠の体力回復によって賄われるから、これは飛ばしだ。結局簡単にワンアップなんてできなくて、地道に体力を付けろってことなんだよな。世知辛い世の中だぜ」


 困った様に首を振るオーを横目に、カラスは「レベルアップだろ」と訂正した。

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