第3話 宿敵現る

 突如として俺たちの前に現れた女子は、開口一番こう叫んだ。


「見、つ、け、たーっ!!」


 ……え? 何を? というか、この状況を見られたら十中八九誤解されるわ! だって高嶺さんはこんな格好だし! なんか俺がコスプレさせてるみたいに思われてない!? はたから見たらとんでもなくいかがわしい光景にしか見えねーよ!!


 しかしその女子は、二言目には、


「高嶺花澄! とうとう尻尾を掴んだわよ! この私が黙って見ているとでも思ったの!?」


と言った。


 ……紹介が遅れたが、この女子は伊藤いとう沙綺さあやさんという人で、俺や高嶺さんのクラスメートである。長い茶色の髪の毛をおさげに結っており、黒縁眼鏡をかけている。身長は女子としては少し高めだ。まあ165センチくらいだろうか。俺は割と無口な人だと思っていたのだが……。あと、教室の隅で、一人で本を読んでいる姿をよく見かける。いつもうつむきがちなせいで、俺は彼女の顔をちゃんと見たことはない。それから、俺は一年の時から彼女と同じクラスだが、一度も話したことがないのだ。まあ、一言で言ってしまえば「地味」という印象である。


 ……その彼女がなぜ、こんなところに?


 俺が状況をいまいちよく飲み込めないでいるのを尻目に、伊藤さんはつかつかとこちらに歩み寄ってくる。そして、彼女は俺たちの前で仁王立ちした。俺はたまらず、伊藤さんにこう聞いた。


「あの……伊藤さん? なんであなたがここに……?」


 すると伊藤さんは、


「そうね、いきなりいろいろ言われてもさっぱり分からないよね。とりあえず私からも説明してあげる」


と言うが早いか、十字を切り、胸の前で指を組んだ。


 すると、彼女の身体がまばゆい光に包まれたのだ。


 ……で、なんかすごい既視感半端ないんだけど、またさっきの変身シーンみたいなのが始まった。まず上履きが脱げて裸足になり、セーラー服が丸ごと、膝下まである真っ白なワンピースに変わった。それからおさげの髪がほどけて、眼鏡がどこかに消えた。仕上げに背中から白鳥のような翼が生え、頭の上には広く光る輪っかが浮かんだ。まあこれはいわゆる、天使の輪だろう。もう俺はあまり驚かなかった。多少予想はついてたし……。


 ……あと、これは俺にとってはちょっと意外な事実だったが、伊藤さん、結構な巨乳ですね……。というか、眼鏡外したら美人っていう人、本当にいたんだ、っていうぐらいには伊藤さんは綺麗な顔をしていた。長い睫毛まつげに縁取られた、人形のような大きな目が目立ち、薄い唇がクールな印象を与えている。


「……あなたは、天使、……ですか?」


 念のため俺は、伊藤さんに確認した。


「ええ、そうよ。私は人類を魔王の手から救うために舞い降りた天使なの」


 なんかこの字面だけ見たら、とんでもなく痛い子にしか見えないと思うのだが、さっきの高嶺さんと同じく、実際に変身してみせられたらもう信じる以外の選択肢はないんだろう。

 そして伊藤さんは、俺の方に向き直り、ビシッと俺を指差して言った。


「いい? 只野くん。あなたは人類救済計画実現のための大天使補佐官に選ばれたのよ」


 ……デジャヴ。この状況を表すには、もはやこの一言で事足りるだろう。さっきと言ってること正反対みたいだけどな。もう話が壮大すぎてついていけない。俺はもうなんでもいいやという投げやりな気持ちになって、いろいろ通り越して冷静になっていた。死んだ魚のような目になっている俺に対して、伊藤さんは熱弁をふるいだす。


「こんな女にたぶらかされちゃ駄目よ! あなたも滅びてしまうわ。あなた、人間がどうなってもいいの!? あなたの大切な人が、こんな奴らにいいようにされても黙って見ているつもり?」


 いや、そんな急に言われても、人類滅亡って具体的に何がどうなるんだか全然分かんないんですけど。あと、救済って言ったって、そっちもそっちで俺は何をすればいいのかはっきりしてないじゃないすか。


 すると、今まで黙っていた高嶺さんが、おもむろに話し出した。


「何よ、「こんな女」って。失礼しちゃうわね。言っとくけど、伊藤沙綺。あなたより私の方がずっと魅力的よ? これは百人中百人がそう答えると思うわ」


「何ですって!?」


 いや、何の争いだよ。というか二人とも、お互いのことはフルネーム呼びなんだな。あと伊藤さんって、思ったよりずっとハキハキ喋る人だった……。……ん? 待てよ、今、二人だけで言い争ってるよな。ということは俺は完全に蚊帳の外だ。よし、今の内に逃げ出そう。厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだからな。


 そう思った刹那、


「只野くん!!」


 ……二人の美少女に大声で名前を呼ばれ、俺の計画は完全に頓挫した。普通に気づかれた……。


「私と来れば、天に召し上げられて天上で高位に就けるわよ。とても光栄なことだと思わない?」


と、伊藤さん。


「私と来れば、魔界で魔王の側近になれるわよ。これは滅多にないことよ。至上の名誉を手に入れられるわ」


と、高嶺さん。


「「私と一緒に世界を救い/滅ぼしましょう!!」」


と、二人。もちろん、「救い」と言った方が伊藤さんで、「滅ぼし」と言った方が高嶺さんだ。


 ……と、ここで、俺は一つ気になっていたことを聞いてみた。


「……あの、それって、どちらを選んでも、……結局俺は死ぬってことになるんですか?」



 沈黙。


 天に召されるということはつまり、まあ死ぬことになるんじゃないか? ……と思った。で、一方の魔界に行くということに関してはよく分からないが、俺はだいたい同じことを意味するかもしれないと考えたのだ。


 ややあって、返事が返ってきた。


「……そういえばそうね」

「でも、天上はいいところよ? 暮らしに困らないし」


 いや、だからって死にたくねーよ俺! まだ心残りいっぱいあるんだからな! 今読んでる漫画が完結するまでは絶対死ねねーから! というか俺だって人並みに勉強とか仕事とか恋とかしたいわ!


 まあ、上記の理由から、俺は二人に、


「では、誠に遺憾ながら……どちらもお断りさせていただきます」


と言い残して、その場から脱兎だっとのごとく逃げ出した。


「あっ、ちょっと! どこに行くの!?」

「私から逃げられると思ってるわけ?」


 伊藤さんと高嶺さんの慌てた声を背にして走る。もうなりふり構っていられない。俺は走りに走った。ドアを開けて、階段を二段飛ばしで降りていく。


「「待ちなさーい!!」」


 二人の声がどこまでも俺を追いかけてくる。……ああ、駄目だ。やっぱり逃げ切れそうもない。今ちょっと後ろを振り返ってみたら、いつの間にか元のセーラー服姿に戻った二人が、目を疑うほどの超高速でこっちに向かって爆走してきているのだ。例えるなら……レーシングカーみたいな感じで。


 俺は敗北を認めた。だがそれはあくまでも現時点での負けである。このまま二人に好き勝手利用されてたまるか。俺は何とかして平穏無事な生活を取り戻してみせる。


 ……だが、どうすればいいのかさっぱり分からない。とりあえず今分かるのは、俺の逃避行ライフはまだ始まったばかりのようだということだ。


 というかそもそも、なぜ平凡の極みみたいな俺がそんな面倒臭そうな、というかかなりやばそうな、なんちゃら補佐官とかいうやつに選ばれたのか、ちゃんと説明してもらいたい。


 多分これから、俺は訳の分からない展開に巻き込まれていくのだろう。俺がどうなってしまうのかは、まだ全然分からない。おそらく作者もちゃんと考えてないんだろうな。


 それはともかくとして、かくして俺の波乱万丈の学園生活は幕を開けることになったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る