第9話 古井友香の独り言

 私は、マサくん……只野政広のことが好きなのかもしれない。そう思い始めたのはごく最近のことだけど。


 彼とは長い付き合いで、幼稚園の時からの腐れ縁だ。小さい頃のマサくんはとっても泣き虫だった。マサくんが体の大きい子にいじめられていた時、いつも私が止めに入ったっけ。……若気の至り、というか、幼い正義感ってやつかもしれない。結局私も一緒にいじめられたから。


 マサくんを助けられないことが悔しくて、私は強くなりたいと願った。それで、極真空手を習いだした。辛いこともあったけど、努力の甲斐あって今では黒帯だ。その辺のなよっとした男の人ぐらいなら、鳩尾みぞおちにグーパン入れて一撃で倒せる。流石にムキムキな人は無理だろうけど。


 でも、マサくんには、空手を習い始めた理由は秘密にしてきた。マサくんに知られたら恥ずかしいし、ちょっと引かれちゃうかもと思ったから。


 異性の考えていることって、やっぱりちゃんとは分からないと思う。でも、マサくんは別だ。小さい頃からいつも一緒にいるからだろうか。彼の性格や趣味嗜好も知っているし、何を考えているかもだいたい把握しているつもりだ。……そのつもり、だったんだけど。


 マサくんは優しい人だ。でも自分より人のことを優先しがちだから、私はそこがちょっと心配だ。「俺は優しくなんかない。ただ臆病で周りの目が気になる……まあ要するに、自分が可愛いだけの無責任な奴だよ」と、いつだったか彼は言っていたけれど、私はそれは違うと思う。だって、本当にそんな人だったら、誰も見ていないのに、一人で最後まで残って掃除を一生懸命やってたり、誰かの落とし物を拾って届けてあげたりしないはずだから。


 最近、マサくんが目の前を通ると、つい目で追ってしまうことに気がついた。あと、マサくんが、竜ヶ崎くんとか、菊池くんとかの男友達と一緒に楽しそうに話しているのを見ると、ちょっとモヤっとしてしまうのも自覚した。そして、極めつきは、……マサくんが高嶺さんに告白されたという噂を聞いて、心穏やかではいられなかったのだ。具体的に言うと、その噂を聞いた日の夜、なんだか悔しくて、なかなか眠れなくて、部屋を徘徊してたらお兄ちゃんにうるさいと怒られたぐらいだ。この感情に名前をつけるとするなら、「嫉妬」だろうか? ……そんな感情、今まで一度も抱いたことなかったのに。私、やっぱりマサくんのことが好きなのかな? 思えば、彼のことを考えると、なんだか顔が火照ったり、心拍数が上がったりしているような気がする。


 マサくんは知らないかもしれないけど、実は彼のことを気にしている女子は一定数いる。彼は超絶イケメンというわけではないが、そこそこの顔面偏差値だ。少なくとも平均よりは上なんじゃないかな。……まあ実際のところ、どれぐらいが普通なのかは分からないけど。それに、マサくんは英語が得意で、クラスでは常に上位5人には入っている。他の科目はそこそこだけど。あと、彼は与えられた仕事はきっちりやるから、彼と同じ委員とか係とかになったら、楽ができるともっぱらの評判だ。……とはいえ、やっぱり彼に任せきりになるのはよろしくないと思う。


 ……今回、マサくんに同じ委員になろうって声をかけてもらった時、正直言ってとても嬉しかった。だって、向こうからそういう風に言われたことなんて、今まであったかどうか、分からないくらいにはなかったから。……マサくんは何を考えているんだろう? ここに来て、ちょっとよく分からなくなってしまった。高嶺さんと……伊藤さんの誘いも断るなんて。というか、二人に同時に声かけられるとか、もしかして彼にモテ期が来たのかな……? いや、なんで急に? だって、マサくん、なんかやってたっけ? そういうきっかけになりそうなこと。彼は注目されることを嫌うから、そんなことは特にしてはいないと思うんだけど……。あ、でも、もしかして個人的に何かしてもらったとかかな? ……あり得るな、十分。


 ……グズグズしてる暇はないみたいだ。ボーッとしてたら、誰かにマサくんを取られちゃうかも。あ、もともと誰のものでもなかったか。


 よし。善は急げだ。私の方から攻めてみよう。


 現代文の授業中の教室で、黒板の「詩の技法:倒置法・体言止め」という文字をなんとなく眺めながら、私は密かにそんなことを心に決めた。

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