第11話 悪魔の歌声
「はーい、みんな、教科書行き渡ったねー。じゃあ授業を始めまーす」
ひときわよく通る声でそう言ったのは、音楽教師の
「それではみなさん、自己紹介してください。それが終わったら、みんなの前で一人ずつ校歌の1番を歌ってもらいます。合唱のパート分けをしたいからね」
早速ざわめきが起きた。……いきなりかよ。だからみんなの前で歌うの苦手だっつってんのに。でもまあ、音楽の授業に限ってそれはしょうがないか。
時間がないからと、歌川先生はみんなを急かして、あっという間に俺の番まであと一人になった。俺の前は高嶺さんだ。出席番号的にそうならざるを得ないようだった。……そういや、高嶺さんが歌ってるとこ見たことないな。どんな感じなんだろう? なんかだんだん興味が湧いてきた。
伊藤さんの歌は、まあ普通だった。聞いてて特別上手いとか下手だとかは思わなかったのだ。文字通り天使の歌声だったわけなのだが、あまり美声という感じはしなかった。友香は……なかなか上手かった。別に贔屓目に見てるわけじゃねーぞ。
で、ついに高嶺さんの番がやってきた。
……彼女の歌が終わった後、教室は割れるような拍手に包まれた。
なんと表現したらいいのか、語彙があまり豊かでない俺にはよく分からないが、まあとにかく……すげー上手かった。校歌歌うのにそんなビブラートとかファルセットとか駆使しなくてもいいんじゃねーの? と突っ込みたくなるぐらいの高レベルな技術をあますところなく披露し、高嶺さんは万雷の喝采を浴びていた。
「みんな、どうもありがとう。でも、そんなに褒められると照れちゃうな」
みんなの賞賛を受けつつ、高嶺さんはそう言って頬を染めた。で、多くの男子が、「うあっ」とか「ふおっ」とか「ひでぶっ」とかいう奇声をあげてぶっ倒れた。……流石に大げさじゃねーか? と思ったが、気づけば俺と菊池以外の男子はみんなノックアウトされていた。何なんだお前ら、ちょろすぎだろ。……っていうか、最後のだけなんか違う世界観なんだけど。ケン○ロウに秘孔でも突かれたのか?
で、隣の菊池の方を見ると、何やら熱心にメモしている。ちなみに竜ヶ崎は美術を選択した。あいつ絵上手かったっけ?
「おい、菊池。お前何やってんだ? 今授業中だろ」
「新聞部員たるもの、常にアンテナは高くしておかなきゃでしょ」
「いや、それにしても時と場所を考えろよ。本職の記者じゃないんだし」
「今はね。でもいずれそうなるから。今からちゃんと準備しとかないと」
「そんなこと言って、成績悪くて希望の進路に進めなかったら本末転倒だろ……」
「大丈夫。その辺はうまくやるから」
まあ、そうだよな。何だかんだ言っても、菊池って結構成績いいんだよな。いつも学年トップ10には入ってるみたいだし。
「ところで、お前何メモってんの?」
「このことを記事にしようと思って。タイトルは『千年に一人の天使すぎる歌姫現る』とかどう?」
「ちょっと待て! そのキャッチコピーどっかで聞いたことあるぞ! 歌姫じゃなかったと思うけどな!」
「えー、既出だったの? うまいこと考えたと思ったのに。じゃあ一億年に一人にしとけばいいかな」
「いやそこまですごいか!?」
「うーん、じゃあ、『天使すぎる』の部分をいじって……」
菊池は何やら思案顔で、顎に手を当ててちょっと考えていたが、数秒後、何か閃いたようで、ハッと声をあげた。
「『天使というよりはむしろ、悪魔的に人を惹きつける魅惑の歌声』とかどう?」
……何ですって?
急にそんな予想の斜め上を行くようなフレーズを言われ、俺は一瞬フリーズした。あ、別にこれは駄洒落じゃないからな。「フレーズ」と「フリーズ」で……って俺は誰に何を説明してるんだ。
多分……というか絶対無自覚だろうが、菊池は実際のところかなり核心に迫っている。悪魔的、というかガチの悪魔なんだけどな。そういうところ、こいつは無駄に鋭いなとつくづく思う。
「只野くん? どうしたの? 次君の番でしょ?」
不意に菊池に言われ、俺は今授業中であったことを思い出した。
「……あっ」
みんなが一斉にこちらを見ているのに気づき、俺は慌てて立ち上がった。とりあえず前に出ようとして、椅子に足を引っ掛けて盛大にコケた。
「どーした只野、高嶺さんの歌声に聞き惚れてて自分の番忘れたのかー?」
とかなんとか、からかうような声が聞こえてきたが、そんなものを相手にしている場合じゃない。というか、普通にそんなんじゃねえ。菊池の言ったことにビビってただけだ。
俺は服の
「えー……と。只野政広です。よろしくお願いします」
校歌の前奏を聴きながら、俺は大きく息を吸い込んだ。
とりあえず何とか歌い終えた。途中一箇所声が裏返ってしまったが、まあ大勢に影響はないだろう。
「じゃあパート分けを発表しまーす」
最後の奴が歌い終わってすぐ、先生が言った。
俺はバリトンだった。まあ、俺の声からしてバスではないだろうと思ったが。ちなみに高嶺さんと友香はソプラノで、伊藤さんはアルト、菊池はテノールだった。
「パート分かれちゃったね。でもまあ、お互い頑張ろ」
「ああ、そうだな」
そんな軽い会話を交わし、俺たちはパート別の集合場所に向かった。
「うん、まとまったみたいね。それじゃあ早速、楽譜を配りまーす」
合唱でやることになった曲は、『伏魔殿に響き渡る福音』という題の曲だった。……いや、どんなタイトルだよ。センスの欠片も感じねーんだけど?
とりあえず今日は軽く音取りしただけで終わった。で、教室に帰ろうとしたら、友香に声をかけられた。
「マサくん、今日部活来る?」
「ああ、行くけど」
「そっか。じゃ、一緒に部活行こ。あ、でも私、今日日直だから、放課後職員室に寄らないといけないんだけど、ちょっと待っててくれる?」
「……ああ、いいよ」
「ありがと」
そう言って友香はニコッと笑った。……あれ? なんかいつもより可愛く感じる気がする。なんでだ?
俺がなんとなく後ろを振り返ると、高嶺さんと目が合ってしまった。で、笑いかけられた。
……目が笑ってなかった。
怖え……。
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