第12話 そこまでやるか?
「お待たせー。ところでさ、マサくん。今度新しく部員が入ってくるらしいんだけど、聞いた?」
放課後、職員室の前で待っていた俺の前に現れた友香は、開口一番そう言った。
「え? そうなのか。初耳だな」
そんな話など聞いたことがなかったので、俺は素直に答えた。
「うん。そうらしいの。なんかね、その人たち、今日入部届出しに来たみたいで」
「ふーん……って、「たち」って言ったか?」
「言ったよ。二人入ってくるんだって。しかも2年生が」
「2年が? へえ……」
中途入部か。でもまだ4月の下旬だし、頑張って練習すれば夏のコンクールにも間に合わないことはない……か? 経験者だったらの話だけど。
「じゃあ、今日はその人たちの紹介って感じか?」
「そうだと思う。あと、パート決めもしないとだよね」
「ああ、そうだな。うちのパートに入るかな?」
「うーん、どうかなぁ。でもパーカッションは今年ちょっと人手不足だから、来てくれたら私としては嬉しいけど」
「そうか」
トロンボーンは十分人数がいるから、パーカスに入ってくれたらいいな。
……なんていう俺の呑気な考えは、数十分後にぶち壊されることになる。
新入部員を紹介するから音楽室に集まってくれ、という顧問の先生の一声により、俺たちはパート練の場所から一斉に移動を開始した。
俺の所属する吹奏楽部は、結構な大所帯である。部員はだいたい100人ぐらいだ。とはいえ、うちはそんな強豪じゃない。コンクールだっていいとこダメ金止まりである。それなりにはみんな頑張ってんだけどな。上には上があるってことか。
「よーし、みんな集まったな」
顧問の
「じゃー、入って来てくれ」
早速新入部員が姿を現した。
……俺のよく知る顔が二つ、少し緊張した面持ちで入って来た。
「はい、自己紹介」
先生に促され、一人がスッと前に出た。胸をはってハキハキと話し始める。
「2年A組、高嶺花澄です。中学校では吹奏楽部でトロンボーンをやっていました。よろしくお願いします!」
……ちょっと待て。アンタ、テニス部じゃなかったのか? しかも部長候補だったはずだろ? まさかとは思うが……辞めたのか? 俺に近づくために? トロンボーンやってたって主張してくるあたり、かなり怪しいな……。
頭の中を疑問符でいっぱいにしている俺をそっちのけにして、先生はもう片方の生徒に「じゃあ次」と声をかける。
「2年A組、伊藤沙綺です。中学時代は吹奏楽部でパーカッションを担当していました。よろしくお願いします」
伊藤さんはそう言って丁寧に頭を下げた。というかアンタもかよ。伊藤さんは確か天文部だったはずだが、そっちは割とゆるめだから十分に掛け持ちできそうだな。
「んー……じゃあ高嶺がトロンボーンで、伊藤がパーカスでいいな。あとはそれぞれのパートに任せるわ。ってことで、はい、解散」
いや、即決かよ! 適当すぎるだろ! ……とか思ったのだが、意外とみんな普通に受け入れ、それぞれのパートリーダーが二人を迎えに行った。いいのか、それで。
夏目先生の対応が雑なのはいつも通りだ。いろいろと適当な人なのである。この前俺が日直だった日、始業時間から20分経っても教室に来ないので、俺は職員室に様子を見に行った。そうしたら机の上に突っ伏して爆睡していたのである。しかも寝言で、
「ん〜……もう食えないって。お前さぁ、私の胃袋のキャパ考えてんのか?」
とかなんとか言ってたのだ。
……教師に相応しい人とは思えねーな。
ともかく、うちのパートに入ってきたからには、高嶺さんとの付き合いが生じるのは避けられない。対応の仕方をじっくり見極める必要がありそうだ。おかげでますます伊藤さんに話しかけにくくなっちまったじゃねーか、どうしてくれるんだよ。でも高嶺さんにとっては、それが目的なんだろうから、しょうがないっちゃしょうがないが。
「改めてよろしくね、高嶺ちゃん。とりあえず、もう一回自己紹介頼める?」
パート練の場所に再び移動した後、集まったトロンボーンの面々を前に、パートリーダーの
「はい。改めまして、高嶺花澄です。トロンボーン歴は中学校の3年間です。中途入部ですが精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
とびっきりの笑顔を添えて、高嶺さんが自己紹介をした。……俺はこの笑顔に
拍手が起きる。男子は早くも目を輝かせている。そりゃまあこんな美少女が入ってきたら嬉しいわな。そこに関しては俺も同感だ。
「じゃあ、とりあえず、基礎練から始めようか。私、今日は用事があって早く抜けないといけないから、誰か代わりに高嶺ちゃんについてあげてくれる?」
「あ、俺が教えます!」
「いや、俺にやらせてください!」
「俺の方が経験長いから適任だろ!」
……とかなんとか、男性陣がうるさい。もちろん俺は口を出さず、我関せずの態度を貫く。
「高嶺ちゃんは、誰がいいとかある?」
……え、先輩、それ聞いちゃいます? と思っていると、高嶺さんが、
「……あ、じゃあ、……只野くん、で……」
と、恥ずかしそうに答えた。頰が赤く染まっている。
ちょっと前までなら素直に可愛いと思えた仕草も、今となっては全てにおいてあざとく見える。とはいえ、高嶺さんが美少女なのはやっぱり変わらない。油断大敵だ。
「はあ!? なんでこいつ……あ、そうか。そういや、高嶺さん、只野に告ったとかいう話でしたっけ……あれ、ガチだったのかよ……」
立候補していた2年男子のうちの一人、
「只野くん……駄目、かな?」
はい来ました。あざと可愛いお願い。上目遣いがなかなかお上手なようで。
以前の俺ならば何も考えず二つ返事でOKしているところだが、今はそういうわけにはいかない。これもまた駆け引きだ。
「……なんで俺なんですか?」
あえて聞いてみた。
「えっと……それはね、前吹奏楽部の演奏を聴いた時に、只野くん、すごく上手だったから……」
すげえな。俺の音だけ聞き分けられたのか。ってんなわけあるかい。
「いや、あれだけの人数で俺の音特定すんの無理だろ」
「ううん。人数少なかったし、只野くん、ソロがあったでしょ?」
「……」
マジかよ。よりによって俺がソロやってた時のを聴いてたのか? 後にも先にも、部内発表会の時だけだったのに。どこで聴いてたんだ?
「たまたま音楽室のそばを通りかかった時にね、トロンボーンの綺麗な音が聞こえて。それで興味持って、そーっと覗いてみたら、只野くんがソロやってたの」
「……あ、そう……」
俺に反駁の余地はなかった。
「というわけで……只野くんさえ良ければ、よろしくお願いします!」
高嶺さんは頭を下げた。ここで断ったら、周りの連中に何を言われるか分からない。第一高嶺さん本人に何されるか分かったもんじゃねえ。
「……よろしくお願いします」
俺は承諾せざるを得なかった。
男子勢の怨嗟の声を背後に、俺は高嶺さんに教えることになった。
……が。
ものの数分で彼女は基礎練を全て完璧にマスターしていた。もちろん経験者だからっていうのもあると思うが、なんかこう……普通に俺より上手い。何なんだよ、一体。
「……あの、高嶺さん」
俺は一つ疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「何? 只野くん」
「テニス部はどうしたんですか? 辞めたとか……?」
「……」
高嶺さんは一瞬固まった。どうやら俺の言ったことに驚いたようだ。……俺、なんか変なこと聞いたか?
「……そっか。だから魔王は、只野くんを選んだのね」
高嶺さんは声のトーンを落として呟いた。
「……は?」
え? 急にどうしたんだ? っていうかその「魔王」ってワード久しぶりに聞いたな。忘れかけてたわ。主に作者が。
「ちょっと、どういうことです? それ」
「……ううん。こっちの事情よ。気にしないで」
「いや、無理ですから。俺、アンタらの仲間になるかもしれないんですよ? 選ばれた理由を聞く権利ぐらいあるんじゃないんですか……?」
もちろん高嶺さんに加担する気なんぞさらさらないが、そこはまあ、噓も方便というやつだ。
「……そうね。分かったわ」
思いの外素直に聞いてくれた。……まさか罠だったりしないよな?
一気に不安になった俺をよそに、高嶺さんは言葉を継いだ。
「……みんなにはね、集団催眠をかけたの。でも、あなたには効かなかったみたいね」
……うん、全然意味分からん。
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