第13話 選ばれし者……?

 集団催眠とかいう胡散臭そうな単語が突然登場したので、俺は突如として困惑と混乱の渦中に突き落とされた。


「……具体的に説明してもらえますか?」

「あのね、確かに私はテニス部のエースだったわ。でもね、もっとあなたと過ごす時間を増やしたくて、同じ部活に入ろうと思ったのよ。でもいきなり退部したら驚かれるに決まってるじゃない? だから、みんなから、私がテニス部に所属していたっていう記憶を消したの」


 ……にわかには信じ難いのと、やることの規模がデカすぎるのに、俺はドン引きした。


「でも……あなたには効果がなかったみたい。魔王ははじめからこのことを知っていたのかもしれないわ」

「あ、あの、その、……俺に催眠が効かないっていうのと、俺がその……何でしたっけ? なんとか補佐官に選ばれた理由と、何が関係あるんですか?」

「ふふ、いい質問ね」


 いや、いい質問っつーか普通の質問じゃね? という俺のツッコミは、彼女の射竦いすくめるような視線によって封印されてしまった。


「魔王の求めていた人材は、様々な呪いや魔法に耐性がある人物なの。そういうものの影響を受けやすい人間は役に立たないからね。これから天使側とやり合うにあたって、向こうがどんな手を使ってくるか分かったもんじゃないのよ」


 どっちかというと魔法とか使ってきそうなのは悪魔側じゃねーのか、と思ったが、反論したらなんかされそうで怖かったので、俺はあえて何も口にしなかった。


 その時、「時間だから、そろそろ切り上げようか」という先輩の声が聞こえたので、時計を見ると、もう部活動終了時刻を指していた。これ幸いと、俺は、


「じゃ、高嶺さん。今日はもう終わりだから……」


と、話を終わらせて片付けに入ろうとした。だが、床に置いてある雑巾を拾おうとしてしゃがんだ俺の前に、高嶺さんが突如立ちふさがった。スカートの中が見えそうな位置に俺の顔が来てしまったが、俺はかろうじて顔を背けることに成功した。ホッとして胸を撫で下ろした俺だったが、その時、「チッ」という音が聞こえた。……おそらく高嶺さんが舌打ちしたのだろう。何が気に食わなかったのだろうか。もしかして、わざと俺に覗かせようとしてたんじゃないだろうな……?


 俺の不安をよそに、高嶺さんはグッと顔を寄せて、


「ねえ、只野くん。今度、ゆっくりお話ししましょう。二人っきりで。……今週の日曜日、時間ある?」


と言ってきた。


「……いや、その日は……」


 普通に日曜は千佳の買い物に付き合う(付き合わされる)つもりだったので、俺は体良く断ることができた。しかし、だからと言って問題が解決したわけじゃないのは、俺が一番よく分かっている。


「ふーん。そう。じゃあ、また今度ね。……今度、ね」


 高嶺さんは念押しすると、妖しい笑顔を浮かべつつ、俺に一瞥を与えて去っていった。


 ……とりあえず危機は去ったようだが、まだまだ前途多難だ。とにかく、なんとかして早いとこ伊藤さんに接触する機会を得なければならない。しかし、この状況下ではそれは非常に難しいだろう。太鼓の○人で言ったら「おに」ぐらいの難易度なんじゃなかろうか。あまりそういうゲームをしない俺の例えが適切なのかは分かったもんじゃないけど。


 なんか、いきなり俺が補佐官とやらに選ばれた理由が分かったが、それでもまだ納得しきれない。なんで俺がそんな特殊体質(?)みたいなのなんだよ。あと、ホントにみんなは高嶺さんがテニス部だったこと忘れてるのか? そもそもそんな集団催眠なんて実際に可能なのか? などなど、疑問は山積みである。……とは言っても、相手は人間じゃないから、催眠とかはお手の物なのかもしれないけど。


 というか、改めて考えてみたら、俺、悪魔とか天使とかの側の細かい事情については何も聞かされてないぞ? 彼らがなぜ、どうやって人類を滅ぼそうとしてるのか、または救おうとしてるのか、とか。あとは具体的に俺にどういうことをさせたいのか……とかいうことも、俺は知る権利を持っているはずだ。それなのに全くそういうことを知らされていないというのは、かなり俺にとって不利な条件なんじゃないのか? 一般人の極みたる俺に協力を仰ぎたいなら、それぐらいのことは教えて当然だと思うんだが。人間の常識と人外のそれは違うってことなんだろうか……。


 まあいい。いや、良くはないんだけど。泣き寝入りするつもりはないからな。とりあえず、試しに、友香とかに高嶺さんが前所属してた部活のこと覚えてるか聞いてみよう。俺はそう考え、楽器と楽譜を持って音楽室へと戻った。

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