第4話 誤解

 翌日。

 俺は普通に登校した。

 ……まあ、当然ながら寝不足だけど。あんな衝撃的なことがあったんだからしょうがないけどさ。布団に入ってからも、高嶺さんの妖艶な笑顔と、大胆に見えていた鎖骨が頭にこびりついて離れなくて、一人頭を抱えて悶々としていたぐらいだ。


 昨日、あの後、俺は二人に、


「今回はひとまず、回答は保留にしておいていいわよ。考える時間をあげる。でも、必ずあなたを説得してみせるから。いいわね?」

「ふん、悪魔の言うことになんて惑わされちゃ駄目よ。自分の頭でよく考えて。私はあなたが「うん」と言うまで諦めないから。……あと、私たちの正体は誰にも言わないでね。もしバラしたら……」


「「どうなるか分かってるわよね?」」


……と言われたのだ。だから、もう誰にも相談できない。俺一人で解決しなければならなくなってしまったのである。


 ちょっと待ってくれよ。俺が一体何したって言うんだ? 誰か教えてくれ!


 ……なんて嘆きは誰にも届かない。無慈悲にも、日常は続いていく。俺一人取り残して。


 俺が自分の席で虚空を見つめつつ、そんなことを考えながらぼけーっと座っていると、不意に後ろから肩を叩かれた。ビクッとして振り返ると、そこには見慣れた顔があった。


「マサくん、どうしたの? ボーッとしちゃってさ」


 話しかけてきたのは、俺の幼馴染の古井ふるい友香ともかである。こいつとは小学校に入る前からの付き合いだ。何かの縁だか知らないが、なんだかんだで高校までずっと同じだし、違うクラスになったのは小5と中2の時だけである。


「なんだ、お前かよ……。びっくりさせるなよ」

「驚かせたつもりはないんだけどなー」


 友香はいわゆる美人という感じではないが、普通に可愛いと思う。人懐っこい笑顔が印象的で、笑った時にちらりと見える八重歯がチャームポイントだ。セミロングの、ゆるい天然パーマの黒髪が一房、はらりと顔に垂れた。


「そういえばさ、マサくん。私、ちょっと気になってることがあるんだけど」


 そう言って、友香は顔をぐいと近づけてきた。


「や、ちょっと、友香、お前顔近いって」

「マサくんさぁ、昨日高嶺さんに告白されたってホントなの?」


 ……何ですって?


「みんな噂してるよー、昼休みにあの子に呼び出されてたでしょ。なんであいつがって、今日はクラス中……ううん、学年中その話で持ちきりなんだから」


 ……勘違いにも程がある。彼女が俺にしたことは、愛の告白なんかじゃない。魔界への招待だ。でも、そんなことを言っても信じてもらえるわけがない。というかバラしたら秒で始末される。


 俺が返答に困っていると、突然目の前に二対四本の手が現れ、机をものすごい勢いで叩いた。


「おい、只野! お前、高嶺さんと付き合うことになったってマジか!?」

「ねえねえ、告白の言葉は何だった? やっぱり『好きです。付き合ってください』とか? ねえ、教えてよ只野くん!」


 前者の発言をしたのは竜ヶ崎りゅうがさき駿しゅんで、数少ない俺の友人のうちの一人である。平凡で影の薄い俺とは対照的に、明るく社交的でスポーツ万能な男子だ。しかも結構なイケメンで、背も高い。180くらいはあるだろう。やや茶色がかった黒い短髪がよく似合っている。友達も多くそれなりにモテるが、いかんせん理想が高いので、なかなか彼の御眼鏡にかなう女子はいない。で、後者の方が菊池きくち日向ひなたといい、俺の友人その二である。頭が良く、思わず撫でたくなるようなふわふわした髪の持ち主で、小柄である。女子と見紛うくらい整った可愛らしい顔立ちをしているのだが、はっきり言って話し方がちょっとうざい。好奇心旺盛なのはいいことなのだが、少々それが行き過ぎているきらいがあり、なんか気になったことがあるとすぐ質問責めにする悪癖がある。まあそれを生かして新聞部に所属しているという一面もあるのだが。


 要するに、二人とも俺なんか足元にも及ばないくらいキャラが濃いのだ。友香プラス二人に詰め寄られて、俺は答えに詰まった。あと、今気づいたんだけど、なんかクラス中の注目が俺に集まっているようだ。男子のみならず女子も、みんな俺を見ている。……進級早々、俺は有名人になってしまったということなのだろうか。


「……いや、違うよ。付き合うことになったわけじゃない。ただちょっと答えを先延ばしにしただけだから」


 ……俺は嘘はついてない。そうだろ? だって、何に対する答えかは言ってないし。まあ、この言い方は多分に誤解を招くだろう、ということぐらいは分かってるけど。


「お……お前、マジかよ。あの高嶺さんの告白をすぐにオッケーしないなんて……。あの人の一体何が不満なんだよお前?」


 とても信じられないという顔で、竜ヶ崎が俺を見つめてくる。どうやら彼としても、高嶺さんは理想の彼女だと思っているようだ。彼女の正体を知った時も同じ反応が返ってくるかどうか、ぜひとも見てみたいものだな、全く。人の苦労も知らないでさ。


「えー!? ホント? 嘘でしょ、信じられない! 只野くんみたいな地味な人なら、即「いいよ」って言うと思ったのに!」


 ……言い忘れていたが、菊池は結構毒舌で失礼な物言いをする奴なのだ。まあ俺が地味なのは事実だから、しょうがないのかもしれないけど。


 クラス中がどよめいている。俺を指差して何やら内緒話をしているような奴らも多い。人を指差しちゃ駄目だって教わらなかったのかな、あの人たち。


「僕はてっきり、只野くんは古井さんと付き合ってるものだとばっかり思ってたんだけどね」

「あー、俺も俺も。だって割といつも一緒にいるじゃん」


 いきなり菊池がそんなことを言い出して、竜ヶ崎もそれに軽率に乗っかったので、俺は慌てた。言っておくが、俺と友香は付き合ってはいない。ただ幼馴染だからよく話すというだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。俺が弁解しようとすると、先に友香が口を開いた。


「……何言ってるの? 私とマサくんが? そんなわけないじゃん! 私たちは普通の友達だよ! まあ、腐れ縁ってやつかな? ね、マサくん」


 そう言った友香は、いつもの親しみやすい笑みをたたえている。ああ、やっぱりそうだよな。お前も俺と同じように考えてたんだな。良かった。……でも、改めてはっきり言われてみると、ちょっと傷つくもんなんだな……。


「……ああ、そうだ。腐れ縁だよ。そんな甘い関係じゃないよ、俺たち。たまたま幼稚園から一緒ってだけだ」


 俺がそう言うと、すかさず竜ヶ崎が、


「いやお前、それはそれで運命じゃね!?」


と言ってきた。いや、別に運命とかじゃないし。というかお互いに否定してんだからいい加減諦めろよ。


 その時、菊池が不意にこんなことを言い出した。


「あっ、そういえばさ。僕、昨日、伊藤さんが、高嶺さんと只野くんの跡をつけてるの見ちゃった」


 いらんことを言うんじゃないよお前は。問題をややこしくするなっての。せっかく収まりかけてたのにさ。


「えっ!? マジか! ……もしかして、伊藤さんもお前のこと好きなんじゃねーの!? あの人割と地味だし、お前にお似合いなんじゃないか?」


 ほら見ろ、竜ヶ崎に食いつかれた。だから違うってのに。そっちにも同じことされただけだよ。あとお前声デカい。


 たちまちクラス中が再びざわめきだす。竜ヶ崎は「よっ、只野! お前、モテモテだなー!」なんて呑気にはやし立てているし、菊池は「これは大スクープだね。いい記事が書けそう!」とかほざいている。……おい、そういうプライベートなことは記事にすんじゃねえ! しかもそれ、学校規模で掲示するやつだろうが!


 俺はとりあえず、この喧騒から逃れるために、トイレへと逃げ込んだ。


 この日から俺は、高嶺さんに憧れる人たちとか、密かに伊藤さんを気にしている人たちとかを敵に回すことになってしまったのである。とんでもない誤解のせいで。


 ……まあでも、曖昧な言い方をした俺が悪いのか、そこに関しては。




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