第5話 籠絡作戦開始(前)

 今日は散々な目に遭った。


 事の発端は朝のホームルーム後だった。何の前触れもなく、いきなり高嶺さんに、 


「只野くん、今日は委員会決めだよね。……あのさ、一緒に学級委員やろうよ!」


と言われたのである。


 俺は平凡で存在感の薄い一男子生徒に過ぎない。もちろん特に成績優秀なわけでもないし、責任感が強いわけでもない。できれば書記みたいな、あんまり仕事のなさそうなのをやりたかった。それなのに学級委員とか……俺に一番向いてない委員のうちの一つだろう。


「あ……えっと……」


 本当は速攻で断りたかったのだが、昨日のことなど忘れたかのように振る舞う彼女のことを不審に思う気持ちもあり、返答次第ではどうなるか分からないと思ったので、俺は答えにきゅうした。


 俺が何と答えるか決めかねてためらっていると、突然、


「高嶺さん、あなた何言ってるの? 只野くんは、私と一緒に図書委員をやるってことになってるんだから。ね、只野くん?」


と、伊藤さんが話しかけてきた。やけに積極的だった。……急にどうしたんだ? 昨日屋上で見せた態度そのままになってるぞ? 今までアンタ、ずっと地味キャラで通してきたはずじゃなかったのか?


 ……というか、いや、だからそっちも俺初耳なんですけど! 何? 何なんですか二人とも。そんなに俺と一緒の委員会になりたいの? 何で?


 その時、ふと俺の頭にある考えが浮かんだ。


 ……この人たち、ひょっとして、俺と一緒に過ごす機会を増やすことで、自分の陣営に俺を引き入れようと説得する時間も増やそうとか思ってるのでは……?


 それはまんざらあり得なくもないように思えた。……だとしたら、その手は食わないぞ。俺はアンタ方二人のどっちにもつく気はない。詳しく事情も説明してもらってないし、面倒なことに巻き込まれるのはごめんだからな。そうなれば俺のとるべき行動は……?


 で、俺は、二人を退けようとしてこう言ったのである。


「友香。一緒の委員になろう」


 クラスがざわめきたった。女子二人(しかも一人は学校一の美少女だし、あと俺は知らなかったのだが、もう一人の方にも隠れ美少女という噂があって、それなりにファンはいるらしい)に同時に誘われておきながら、両方を蹴ろうというのだ。まあ、周りの連中からしたら信じがたい行為だったんだと思う。……俺としても、我ながら何であんなこと言っちまったんだろうって、あとで猛省したくらいだから。でも、俺は、この状況で二人の誘いを断るには、誰か他の女子に声をかけるしかないと思ったのだ。で、俺が気軽に話せる女子が友香の他にいなかったというだけの話である。……友香には悪いと思ってるけど。


「……えっ? マサくん? ……私と、同じ委員になりたいの?」


 友香も驚いた表情をしていた。どうやら彼女としても、俺はてっきりどっちか……多分高嶺さんの方と一緒の委員になるものだと思っていたようだ。


「……ああ。駄目か?」

「……」


 友香は少しためらった後、


「……私はいいよ。でも……」


と言って、ちらりと高嶺さんと伊藤さんを見た。……気まずいよな。ごめん、ホントにごめん友香。俺の問題に巻き込んじゃって。後で絶対この埋め合わせはするから。……と、俺は自分のしたことに対して後ろめたさを感じていた。でも他に解決策が思い浮かばなかったのだ。果たして友香は許してくれるのだろうか……。


 俺も怖くなって、二人の女子を見た。


 ……高嶺さんは人の良さそうな笑顔を貼り付けていたけど、目が笑ってなかった。伊藤さんに至っては、顔から表情という表情が全て消え失せていた。


 ……あ、これ、俺終わったかも。


 俺は本気で命の危険を感じた。しかし、その時高嶺さんが、


「……そっか。他に一緒にやりたい子がいたんだね。じゃあしょうがないな。またの機会にするわね」


と言ったのだ。


 ……え、マジで? いいの? 俺はちょっとホッとした。すると伊藤さんも、


「……そう。残念ね。でもきっと只野くんは図書委員向いてると思うから、2学期では一緒にやりたいな」


と言ってくれた。……俺は、許してもらえたってことでいいんだろうか?


 気持ちが少し軽くなった俺は、二人に、


「そういうことだから……ごめん。でもいつか一緒にやろう」


と言った。すると、二人は、


「分かった。またの機会にね」


と言って自分の席へと戻っていった。しかし、去り際に、高嶺さんは俺の耳元で、


「……今回のところは身を引いてあげる。でも、これで終わったと思わないでちょうだい」


ささやいたのだ。


 …………。


 ……誰か助けてください。まだ何か仕掛けてくるつもりなんですか? 一方の伊藤さんの方は特に何も言わずに立ち去ったが、それはそれで空恐ろしいものがある。二人とも一体何を考えているんだ? これから俺に何をしようっていうのか……?


 憂鬱な気持ちのまま、委員会決めが始まった。俺は事前の申し合わせの通り、友香と共に保健委員になった。高嶺さんは竜ヶ崎と一緒に学級委員を、伊藤さんは菊池と一緒に図書委員を、それぞれやることになった。……って竜ヶ崎、菊池、お前らちゃっかり(少なくともお前らにとっては)いいポジションゲットしてんじゃねえか。竜ヶ崎は前から高嶺さんのこと気にしてたし、菊池もなんか前伊藤さんと話してみたいって言ってたからな。まあ菊池の方は多分、恋愛感情からじゃなくて、単なる興味とか好奇心からだろうけど。


 ……でもまあ、ひとまず俺は心の平穏を手に入れた。しかし、それもほんのつかの間のことに過ぎず、俺はまたもや面倒臭い事態に巻き込まれることになったのである。


 昼休みに、今度は伊藤さんから呼び出されたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る