第6話 籠絡作戦開始(後)

 昼休み、俺は再び屋上に行った。ただし今回俺をここに連れ出したのは、学年一の美少女ではない。一部の人から熱狂的な人気を集めると言われている(らしい)、地味系眼鏡美少女だ。


 ……「地味系」とは言ったが、最近の伊藤さんは目に見えて変わった。授業でも積極的に発言するようになり、休み時間に女友達と話しているのをしばしば見かけるようになった。極め付きには、……俺に頻繁に話しかけてくるようになったのである。


「只野くん、待ってたわよ。遅かったじゃない」


 俺が姿を現すと、伊藤さんはパッと顔を輝かせた。そして、二言目には、


「ねえ、私、お弁当持ってきたの。あなたと二人で食べようと思って。食べながら話せば親睦しんぼくも深まるでしょう?」


と言った。


 ……君が俺に対して持ってる感情というのは、仲良くなりたいとかそういうのではないんじゃないのか? 君は単純に俺を自分の陣営に取り込みたいだけなんだろ? だったらそんなことしなくたって、俺をさらうなり洗脳するなり何なりやればいいんじゃないのか? 俺としてはそんな暴力的な仕打ちは絶対にごめんだが。……駄目だ。やっぱり女子……もそうだけど、人外の心は分からない。まあ、男子の心なら読めるわけじゃないけど。


「いや、ちょっと待って。その前に……君には聞きたいことがあるんだ」


 どういう反応を返したらいいのか分からなくなった俺は、とりあえずそう言った。


「……分かってるわ。大天使補佐官として、あなたが何をすべきかでしょう?」


 ちょっと待って? なんかもう、君の中では俺は天使側につくことになってるみたいだけど、俺にはまだそんな気ないからね?


「いや、ちょっと待って伊t」

「あのね、まず前提から話しておくと」


 俺の話なんぞ全然聞く気がないらしい。彼女はマイペースにどんどん言いたいことを言っていく。


「今から数ヶ月前、魔界の主である魔王が、人類を襲うことに決めたの。理由はよく分からないわ。でも、事は一刻を争うの。そんなこと気にしてる場合じゃないのよ。それで、私の主君である大天使様が、人類を救済しようと立ち上がったわけ。で、そのお方が、悪魔が地上に降りて調査をしてるっていう噂を聞いて、対抗策として私を地上に派遣するとおっしゃったの。とても名誉だと思ったわ、私」


 ……もうノリと勢いでついていけばいいんだろう。俺は全部「ふーん。……で?」で流すことにした。


「それでね、あの悪魔……高嶺花澄が、ここの高校に潜入してるって分かって、私もここに入ることにしたのよ。彼女は目立つことであなたの興味を引こうとしたみたいだけど、私はあえてその逆を行ったわ。……地味で無口な人って、いざ喋り出したら、派手な人よりもみんなの注目を集められるんじゃないかなと思ったから。それで、どうなの? 彼女からはあれから何か言われた?」

「何か、って?」

「だから、魔界に勧誘されたりしてないかってこと」


 普通にそんなことは言われていないので、俺は「いや、特に」と答えた。すると、伊藤さんはホッとため息をついて、


「そう。なら良かったわ。あなたが彼女になびかないか心配で」


と言った。


 ……言っとくけど、今のところ、俺は君にもなびくつもりはないから。そんな俺の気持ちなど無視して、彼女は続ける。


「天に召されるのは、決して怖いことではないわ。むしろ人類の安寧に貢献した者として、最高の栄誉を手に入れられるのよ。……ね、とっても魅力的でしょ?」


 あのね、忘れてるみたいだから一応補足しとくと、俺もその人類の一人なんですわ。だからさ、要するに、俺だって君たちに救ってもらう権利があるんじゃないのかな? そもそもその補佐官とかいうやつ、俺じゃなきゃダメな理由でもあるんですか?


 俺がそんな気持ちを伝えようとすると、伊藤さんが、


「お願い。あなたの力が必要なの。だから……」


と、俺を上目遣いで見てきた。……ああ、やめろ! 不覚にも可愛いとか思っちゃったじゃないか! 頼むからそういう行為で俺を誘惑しようとしないでくれ!


「いや、あの、だから俺……」


 俺がテンパっていると、その時屋上と校舎を結ぶドアが開いた。


「……伊藤沙綺。あなただって人のこと言えないじゃないの。もしかして抜け駆けするつもりだったのかしら?」


 やってきたのは高嶺さんだった。この前の時と、二人の立ち位置が逆になっている。が、そんなことは俺にとっては大差ないし、どうでもいい。


「……ふん。只野くん、今日のところはこれで引き上げるわ。でも、よく考えておいてちょうだいね」


 伊藤さんはそう言ったかと思うと、次の瞬間にはたちどころに姿を消していた。いつの間にか高嶺さんもいなくなっていた。


「……おーい」


 なんだか虚しくなって、誰もいない屋上で一人、誰を呼ぶともなくそう言ってみた。



 彼女たちの狙いは、やはり俺をたらし込んで自分の言いなりにさせようということなんだろうか。……俺は美少女に限らず、女子には弱い。今まで女子に好かれた……というか、女子と付き合ったり、甘い言葉をかけられたりしたことなんて、ただの一度もないから、下手したられた弱みでどちらかの言うことを聞いてしまうことになるかもしれない。そんなのは絶対駄目だ。というかまず、俺が欲しいのは偽りの恋愛感情なんかじゃない。……こんな歯の浮くような言い方はできればしたくないのだが、言うなればそう……本物の愛情が欲しいのだ。もし恋愛するのであればの話だけどな。


 今回は何とか回避したようだが、俺が極めて劣勢に立たされていることには変わりない。これから俺はどんな目に遭うんだろうか……。あと、巻き込まれた友香のことも心配だ。とばっちり食わないといいんだけど……。


 ……今日の俺の受難はこれだけに留まらなかった。むしろこれからが大変だったのである。


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